第18話

 京平の秘密を打ち明けられた直後は取り乱していた相良も、落ち着きを取り戻し普段の様子が戻りつつある。

「ごめん、相良。ありがとう。」

「話って京平のことだよね?」

 相良が隣に腰を下ろした。

「うん、そう。ごめん、京平の前では言えないことで」

 そう、と相良が足をのばした。

 相良の身になって考えると、これから私が言おうとしていることはあまりにも自分勝手な気がする。

 何から話せばいいか、最終地点ははっきりしていても言葉が出てこない。それでも相良は私を急かすことはなかった。

「黒川ちゃんがいま話したくないんなら無理に今日言わなくてもいいよ」

「ううん。何からばいいかわかんなくて。てかほんとにごめんね、相良今すごいショック受けてるのに」

 そうだねー、と相良はうなずいた。

「でも、今一人だったら多分俺いろいろ考えちゃって涙が止まらないと思うから。一人じゃなくてよかった」

 隣り合って座っていても、相良が私が話しやすいように気を使ってくれているのがよく分かる。

「とりあえずその肉まん食べようか」

「え?」

 相良の顔を見ると相良も私を見ていた。

「その肉まん、二人で食べるために買ってきてくれたんでしょ?早く食べないと冷めちゃう。」

 私は持っていた肉まんを一つ相良に差し出した。

 ありがとうと言って相良が受け取る。

 私もすぐに肉まんをほおばった。

 6月とはいえ、冷たい風に5分ほどさらされた肉まんはもうあつあつではなくなっていた。でもそのほんのりと残っていた温かさが心をあっためる。

「あのね、私ね」

 口に肉まんが入ったまま私は話だした。口の中がパサついて少し話づらいがそんなことは気にしない。

「京平に言ってないことがあるんだ」

「うん」

 相良も口にいっぱい肉まんが押し込まれていて、声がくぐもっている。

「それをこれから相良に言おうと思ってさ。自分でやったことだし、私が一番いけないのはもう十分わかってるんだけど。ほんとなら自分で蒔いた種なんだから自分でどうにかしなきゃいけないのわかってるんだけど、京平のことは絶対に傷つけたくないし。ごめん、何言ってるのかわかんないよね」

 また一口肉まんにかぶりついた。

 相良は何も言わないが、私は飲み込む前に続けた。

「今からいう話最低なんだけどさ、私の一生のお願いで最後まで聞いてほしいんだ。

 私のこと最低だって思ってもらって全然かまわないしさ、必要であれば京平と私が二度と口を利かないようにしてもらっても全然いいんだけど。

 ただ、何が一番京平にとっていいことなのかっていうのを一緒に考えてほしいんだ」

 またしても相良は何も言わなかった。

 いつもはおしゃべりな相良が口をつぐんだままでいることが、相良が真剣に聞いてくれている証拠だと思う。

 なんだかジーンときて横を見ると、相良は口の中の肉まんを咀嚼しているところだった。

 私の視線に気づき、左手で待ってのジェスチャーをしてくる。

 その間に、私もまた肉まんを一口かじった。

「なんのことか全然わかんないけど、でも、わかった」

 相良の言葉を聞いて、口の中の肉まんをすべて飲み込むと私は話し始めた。

 どこまで話すべきかは正直迷ったが、今の私が一番に考えるべきことは京平の幸せであって自分の保身ではない。

 相良を信じて、洗いざらいすべて打ち明けた。

 あの日病院で京平と偶然出くわしたこと。

 自分がしてしまった不用意な質問が、余命宣告を受けて絶望していた京平に勘違いをさせてしまったこと。

 京平のためになると思い、自分も病気だと嘘をついたこと。

 京平は私の嘘を信じて、私のことをよりどころにしてしまっていること。

 話せば話すほど、自分がしてしまったことの罪深さに心が締め付けられる。

 どんなに面倒な状況になろうが、悪いのはすべて私なのだ。

 ところどころ言葉に詰まる場面はあったものの、時間をかけて、私はすべてを相良に打ち明けた。

「相良は私がどうすることが京平にとって一番いいと思う?」

 私が話している間、一言も発することのなかった相良は、私の質問に即答した。

「何もしなくていいよ」

「え?」

 待ってのポーズをして、肉まんを飲み込み切った相良はもう一度、私の目を見てはっきりといった。

「黒川ちゃんは、何もしなくていい。今と同じ関係を京平と続けてくれればそれでいいと思う」

 相良はいたって真剣だった。

「あの私今、京平のこと騙してるんだけど」

 相良が私のほうに体を向けてきた。

 心なしか少し怒っているように見える。

「あのさ、」

「はい」

「さっきから黒川ちゃん自分が京平のこと騙してる騙してるっていうけど、それってほんとに騙してるっていうのかな?」

 相良の質問の意図が全く読めないがとりあえず小さくうなずいた。

「ほんとに?黒川ちゃんって意外とバカなんだね」

「それどういう意味」

 相良は落ち着いた口調で言った。

「じゃあさ、普通に考えてさ、同じクラスの人間が同じ日に同じ病院で違う病名で、余命宣告を受けることなんて考えられるかな?」

「え、まぁ、かなりのレアケースだよね」

「レアとかじゃなくてさ、普通にそんな偶然ありえないと思うんだけど。だって黒川ちゃん、今までの人生で余命宣告された人間に会ったことある?京平以外で」

「いや、ないけど」

「俺もないよ」

 だんだん相良の言いたいことがわかってきた気がした。

「じゃあ、相良は京平が嘘をついてるっていうの?京平の病気の話は全部冗談なんじゃないかって思ってるってこと?」

「いや、そうじゃなくてさ」

 相良が困ったように頭をかいた。

「あのね、俺、京平のことずっと知ってるから、まあ病気のことはほんとに気づけなかったんだけど。俺が黒川ちゃんの話聞いてて思ったのは、京平が、ほんとは気づいてるんじゃないかなってこと」

「えっと、何に?」

「黒川ちゃんがほんとは病気でも何でもないってこと」

「え、嘘だ」

「これはあくまでも俺の推察だけど。でも、京平だってそんな偶然心の底から信じるほど馬鹿じゃないと思うんだよね」

 そう言われれば確かにそんな気もした。

 相良を巻き込んで病気の説明をしている時点で、京平が自分自身のことについて嘘をついていないのは確実だろう。

 そうなれば今のこの不自然な状況を作り出しているのは私がついた嘘なのだ。

 嘘をついた側の私は、完全に自分サイドに偏った考えをしてしまっていたのかもしれない。

 でももし京平が気づいているんだとしたら、なんのために演技をしているのか。

「それってほんとなの?」

「いや、わかんないけど。これはあくまで俺の憶測ね」

「京平は何のためにそんなことしてるの?」

「いやだから、わかんないって。もしかしたら本気で信じてるのかもしれないし」

 そう言うと、相良はしばらく考え込んで言った。

「でも、京平がもし騙されたふりをしてるっていうか、黒川ちゃんのこと、気づかないふりをしてるんだとしたらそれは京平なりの考えがあってのことなんだと思う。それが京平のためなのか、黒川ちゃんのためなのかは俺にはわからないけど。だから、黒川ちゃんは今のままでいいよ」

 相良の言葉には確信めいたものがあった。

 小学生のころから、京平とずっと一緒にいた相良。

 どんな京平もずっと見てきた相良。

 その相良が言っている言葉は、ほかの誰が言うことよりも信じていい気がした。

「そっか」

「うん。俺は何が正しいとかそういうのよくわかんないし、正直まだ京平のことについて受け止めきれてない部分もたくさんある。っていうか、多分そっちの部分のほうが大きい。でも、俺はもし京平が何かやりたいことがあって、おれがそこになにか協力できることがあるなら、なんでもやりたいってずっと思ってたんだ。だから、京平が何か自分から言ってくるまでは、京平が俺らに望むように俺らも京平に接すればいいよ」

 相良は、肉まんの最後の一口にかぶりついた。

 今にも泣きそうな、変な顔をしながら。

「でも、ほんとなんで京平なんだろうな。なんで」

 私の肉まんの最後の一口は、塩味が効いていた。

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