第19話
あっという間に七月がやってきた。
進学校でありながら部活動も盛んにおこなわれているうちの高校では、多くの部活が県大会を勝ち抜き、インターハイに向けての練習に力を注ぎ始めていた。
京平が抜けた男バスも相良が指揮を執り、なんとか北信越大会までこぎつけた。
京平の病気のことは、三人で話し合った末ほかのクラスメイトには打ち明けていない。
相良が朝から練習に励む一方で、生活の一部を切り離された京平は目に見えて元気をなくしていった。
もともと細身だった体はさらに細くなり、手や顔も少しばかり骨ばってきたように感じられる。
部活とは無関係であるはずの私も、京平のことが気がかりで関心をもってしまう。
少しでも京平の気を晴らすことができればと思い、私は学校帰りに近所の図書館に京平を連れ出すようになった。
もちろん、勉強をするためだ。
私が今日の授業中から苦戦している数学の問題をものの五分程度で解き切った京平は、黙々と日本史のワークをこなしていた。
「ちょっと飲み物買ってくるけど、何か欲しいものある?」
机を挟んで向かいに座っている京平が顔を上げて私に尋ねてきた。
ずっと下を向いていて全く気が付かなかったが、窓の外に見える景色はすでに暗くなり始めている。
「ううん、いいかな。ありがとう」
「そっか」
京平が席を立ち、自習室から出て行った。
自動販売機は図書館から出てすぐ左に設置されている。
私はまたプリントに目を戻し、数学の問題とにらめっこを始めた。考え方はあっているはずなのに、いくら考えても答えが合わない。
ふー、とため息をつき、顔を上げる。京平はまだ戻ってきてはいなかった。
少し遅いな、と思いつつまたプリントに目をやる。
そのとき、聞きなれない機械音が聞こえた。
ブブッ、ブブッという音。
私のスマホではなく、誰かのスマホが鳴っているようだった。
図書館の自習室には私と京平のほかに、三人しかのこっていない。
その誰もが、自分のスマホを気にしている様子はなかった。
私が周りを見回している間も、機械音は三回鳴った。何かの通知音みたいな音。
立ち上がってみると、私の向かいに座っていた京平の椅子の上でスマホが光っていた。さっき立ち上がった時に置いて行ってしまったらしい。
何度も鳴った振動で、京平のスマホは椅子から落っこちそうだった。
京平が戻ってくる気配もないため、そっと手を伸ばして拾い上げる。
そのとき、また京平のスマホが鳴った。
パッと明るくなった画面にメッセージが映し出される。
決して見ようとしたわけではない。
視界に入ってしまったのだ。
ゆるさない、という5文字。
―栞と京平が連絡を取り合うような仲だったとは知らなかった。
心臓がどきどきする。すぐにスマホを机の上に置いた。
詮索はよくないと思っても、勝手に頭の中でいろんな考えが生まれてくる。
藍沢栞と私は今年、初めて同じクラスになった。
頭の回転が速くて話が面白くて、一緒にいると安心する少し姉御肌の子。
京平とは確かに中学校が同じだったとは言っていた気もするが、その中学校は地元ではマンモス校で有名だから二人が知り合いだったかどうかはわからない。
いずれにせよ、栞が京平に対してそんな言葉使うのが意外だった。
京平は栞に何をしたんだろう。
なんとなく悪い予感がして気持ちが落ち着かない。
顔を上げると、さっきまで三人残っていたはずの他の学生はいつの間にか帰っていたようで、自習室には私と、京平の荷物だけが残されていた。
京平が席を外してから、もう十五分近くが経過している。
荷物を置いたまま帰るなんてことはたぶん、ない。
それも、私に黙ったままなんて京平は絶対にありえない。
すぐに出られるように自分の勉強道具をまとめ、私は自分と京平のスマホを持って図書館の出口へ向かった。
閉館時間の十分前になると、自習室の外にも残っている人はほとんどいない。
カウンターにはまだ職員がいたが、薄暗い図書館に自分の足音だけが響くのはなんとなく不気味だった。
少し早足で自動ドアを通る。出口の左、自動販売機の前には誰もいなかった。
冷たい風に背中をなでられ、後ろを振り返ってみるも誰もいない。
ほとんどなんの音も聞こえない状況が、体の内側から恐怖心を掻き立てていく。
「京平?」
思わず声が出た。返事は返ってこない。
「京平ー、どこにいるの?京平ー」
京平はおそらく遠くにはいっていない。
もしかしたらと思い、私と京平が自転車を停めた駐輪場へ向かった。
駐輪場は図書館の出入り口からは見えない場所にある。
昼間でもじめっとした雰囲気の、あまり手入れのされてない木がたくさん横に生えているところ。
京平と一緒だったから停めるときは気にならなかったが、真っ暗な夜に一人で行くのは怖かった。
「京平、京平。いるー?」
気味が悪い空間で自分の声だけが響く怖さもあったが、沈黙を破るため声をかけ続けた。
スマホのライトを使って前方を照らす。
その瞬間、私たちの停めた自転車の少し先に、何か黒い塊が見えた。
「わっ!えっ、なに?」
自分で出した声の大きさに驚きつつ、恐る恐る近づいて行った。
動物かと思ったが、そうではなかった。
「嘘!やだ、待って!あぁ!」
それは人の足だった。
自転車を停めた私たちくらいしか来ないような真っ暗な場所で、京平は倒れていた。
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