第25話
目的の駅に着くと、ドアが開くと同時に相良が電車から飛び出した。周囲の人々がさっと端によけていくほどの勢いで階段を駆け下りていき、迷うことなく改札を全力疾走する。
「ちょっと、相良!バス乗らないの!?」
バスターミナルに見向きもせず通り過ぎた相良の背中に必死で食らいつく。
「次のバス待ってる間に走ったら病院につけるから!」
交差点の信号が点滅しているのを気にも留めず、私たちは街の中を走り抜けた。
最初は電車で一休みしたこともあって順調に進んでいた私たちも、五分もするとスピードが落ちてきた。
信号に引っかかり、立ち止まっている間でなんとか息を整える。
病院は徐々に徐々に近づいてきて、気が付くと私たちは入口に立っていた。
相良も相当疲れたようで、肩で息を切らしながら膝に両手を当てている。
「ちょっと、息整えてから入ろう。さすがにほかの患者さんがビビっちゃう」
そんなこと言われなくてももう私の体力は限界だった。
普通ならバスで行くような道のりを、私たちはほとんど休むことなく走り切ったのだ。口がカラカラに渇ききって、頭はガンガン痛い。マラソン大会よりもずっとずっとしんどかった。
倒れこむようにその場に座り込んだ私に、相良がペットボトルの水を差し出した。
「帰宅部なのにお疲れ様だったね」
声も出せずにお礼の意味を込めて会釈する。
のどに飛び込んできた水は、渇ききった私の体全体を潤していった。
「大丈夫?もう立てそう?」
「うんもう大丈夫。後で水代請求して」
「いいよ、そんなの」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
病院に入ってすぐに、ゆっくりと動く大きなエスカレーターが視界に飛び込んできた。
もとはといえば一年前のちょうど今頃、すべてはここから始まったのだ。
あのとき、もし京平のことなんて考えていなければ、冗談めいたおかしな質問をしなければ、京平は今頃どうやって過ごしていただろうか。
私がここまで京平の人生に介入することもきっとなかっただろう。
誰にも、相良にさえも病気のことを知られないまま、静かに京平の人生は幕を閉じていたのだろうか。
「―黒川ちゃん、黒川ちゃん」
相良に呼びかけられて、はっと現実に引き戻された。
「大丈夫?もう少し休んだほうがよかったかな」
「ううん、大丈夫。早く京平のところに行こう」
あのとき乗ったエスカレーターは、私たちを京平がいる二階へと連れて行った。
相良がナースステーションで二〇八号室の場所を尋ねてくれている。
ふと、自分がこれからしようとしていることの意味が分からなくなった。京平は自分の意志で学校を辞めると言っているのだ。
あんなに勉強を頑張っていた京平が、人一倍努力していた京平が、自分の意志でそう言っているのだ。そこに私たちが勝手に介入してしまって、ほんとうにいいのだろうか。
「黒川ちゃん、あっちだって。行こう」
気が付くと隣に相良が戻ってきていた。
「ねえ」
「ん?」
「私たち、今日何のためにここにきたんだっけ?」
「なんのためにって?京平を学校に連れ戻すためでしょ」
「それってなんのため?」
「え?どうしたの急に。さっきまであんなに張り切ってたのに」
「ごめん、なんか私たちがしようとしていることの意味が分からなくなっちゃって」
「ちょっとあっちに座ろうか」
そう言うと相良は私を談話スペースに案内した。
「何か不安になった?」
外の景色がよく見える場所に、私たちは隣り合って座った。
「なんか、京平にとって私たちがやろうとしてることってどうなのかなって思って」
「どういうこと?」
「京平は自分の意志で学校辞めるって言ってるみたいじゃん。あんなに将来の夢のために頑張ってた京平がだよ。
病気になったのは京平で、私たちはそこに干渉っていうか、その、自分たちの考えを押し付けていいのかなって思って」
うーんと相良は腕を組んで遠くを見つめた。白い車が駐車場から出ていくのが見えた。
「完全に俺の個人的な意見なんだけどさ」
「うん、いいよ。教えて」
「京平がどれだけ素晴らしい人間かっていうのはもちろん黒川ちゃんも俺もよく知ってるし実際そうなんだけど、京平にだって間違いはあると思うんだよね」
「それは、要するに京平の判断は間違ってるって相良は思ってるってことだよね?」
困ったように相良は頭をかいた。
「なんて言ったらうまく伝わるのかよくわかんないんだけどさ、間違ってるとは言わなくても、いつもならしないような判断しちゃうことってあるじゃない。
京平なんて今特にさ、ほら、人生がかかってるわけだから」
「なるほど」
「頭ごなしに、お前の判断は間違ってるから学校に戻ってこいとかそういうことを言うつもりは一切なくて。その、なんだ、ただ俺は京平が考えてることが何なのかを純粋に知りたい。もしそれを聞いて、ほんとに納得出来たら俺も京平のこれからに協力したいって思ってるし、まあ仮に納得できなかったとしても、それはそれで受け入れようとは思ってる。俺は京平に黙って学校を辞めてほしくないの。それだけ」
相良の言うことはよくわかった。
二人は小学生のころからの仲だ。
京平が病気のことを相良に隠していたとはいえ、勝手に学校を辞められてしまうのはさすがに嫌だろう。
「わかった。なんか変なこと言ってごめん。行こう」
「ありがとう。ちゃんと京平にあって、話を聞きたいんだ。さっき言った通り、いったん俺が先に入るのでいい?」
「うん、そうして。私廊下のところで待ってるから」
私たちは立ち上がって、京平のいる病室へと歩き始めた。
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