第24話
ホームにつくと同時に滑り込んできた電車に飛び乗った。
さすがに十分間ノンストップで走り続けるのはきつく、電車の中で私たちはゼエゼエと息を切らしている。
平日の昼間の電車は空いていて、その中で汗だくの私たちは明らかに浮いた存在だった。
座席には座らずに、ドアの前に立って呼吸を整える。
「俺は最近まで部活やってたからあれだけど、黒川ちゃんって結構体力あるんだね」
感心したように相良が言ってきた。
「私に、あるのは、体力じゃなくて、ガッツです」
実際そうだ。私の膝は現時点でもうガクガクで、明日の筋肉痛は確実だろう。
「てか、意外なんだけどさ。黒川ちゃんもこういう大胆なことするんだね。根っからの優等生だと思ってたのに。
ほんとによかったの?」
自分のとった行動に一番驚いていたのは、他でもない自分自身だった。
担任の森田を目の前に、明らかな演技をして、午後の授業をさぼって、街を駆け抜けて。
それでも不思議と、悪いことをした気分にはならなかった。
今の私には、そこまでしても会いたい人がいる。
「相良がその気なのわかったから。そこに乗ろうと思って。
後悔はしてないよ。絶対京平のこと説得してやる」
私の言葉に、相良はなぜかにやついた。
「なに?気持ち悪い」
「いや、なんかいいなって思って」
「なにが」
「京平、めっちゃ黒川ちゃんに愛されてんなって思ってさ。黒川ちゃんは京平のことが好きなんでしょ?」
違うよ、と言いかけてやめた。誰かのことを好きでいることは、恥ずかしいことでも悪いことでもない。
それでも―。
「あんな人のこと、嫌いになる人なんていないでしょ」
あえて好きという言葉は選ばなかった。
「確かにね、ほんとそうだよな。俺あいつのこと悪く言う奴あったことないし」
一瞬相良の表情が翳った気がしたのは、気のせいかもしれない。
電車が速度を緩めて、駅のホームに入っていった。京平がいる病院の最寄り駅まではあと三駅ある。
「本人にいうのもおかしいのかもしれないんだけどさ」
さっき開いたばかりのドアがもう閉まって、電車が動き出した。
「ん?」
「俺、黒川ちゃんと京平のこと、すっごくお似合いだと思うよ」
相良は遠くの海を見つめていた。私の視線に気がついているはずなのに、その目は私を見ようとはしない。
「えっと、なんて反応すればいいかわかんないんだけど」
「でも、本当にそう思うんだよ。二人の持ってる空気感とか。別に悪い気はしないでしょ?」
「それはね。でも、京平はみんなに、平等に優しいから。みんなとお似合いだよ。私は特別でも何でもない」
自分で言った言葉だが、なぜかさみしさを感じた。
「そっか。そうだよね」
相良は外の景色を眺めた。
晴れていることもあり、真っ青に染まった川がとてもきれいだった。相良も何か考えることがあるのかもしれない。
「ねえ、相良。京平のところに行ったらどうする?」
「ん?あー、全然考えてなかった。どうしよう。なんかある?考えとか」
「いや別に特にこれといったことはないんだけど、勝手に押しかけようとしてるわけだからちょっと考えなきゃかなって思って」
私たちが京平のもとヘ行こうとしていることを、京平は知らない。京平は森田に、退学のことについて私たちに言わないように口止めをしていたのだ。
「確かに。そういわれればそうかもね。何か見られたくないこととかあるかもしれないし。それに、彼も男の子だからね」
「ちょっと、何それ」
京平も、男の子。あたりまえのことなのに、なぜか心臓がドキッとした。
「知らないけどね。まぁあるかもしれないから。どうしようね」
相良はそんな私に気づいている様子もない。
「あ、じゃあわかった。とりあえず俺が先に病室入るよ。で、なんで来たのかとかいう話とかをちょっとして、そんで黒川ちゃんのこと呼ぶわ。
ちょっとの間、廊下で待っててくれる?よさそうだったら声かけるから」
「そうだね、わかった。じゃあよろしく」
それっきり、私たちは電車に乗っている間一言もしゃべらなかった。
二人とも、京平に会えるのを楽しみにする一方で、これから先に待っている出来事が怖かったからかもしれない。
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