第23話
京平が再び入院することを知ったのは、その日からたった三日後のことだった。
朝、教室に入ると、いつもは一番に来て勉強しているはずの京平の姿がなかった。
京平は欠席するとき、いつも必ず私か相良に連絡をよこしてくる。でもその日は、二人のどちらにも、何の連絡も来ていなかった。
二人で心配していたところ、昼休みになって私と相良は担任の森田に呼び出された。
栞には怪しまれたが、提出物を出し忘れたのだといってごまかしておいた。悪い予感がして、心臓がどきどきした。
教務室へ向かって隣を歩く相良の表情もこわばっていた。
考えまいと思っても、最悪の事態が頭をよぎる。
「ねぇ、京平生きてるよね?死んじゃってないよね?これってきっと京平とは全然関係ないことだよね?」
口にしたことで私の中でますます恐怖は大きくなった。
相良も同じことを考えていたようだ。
「やめよう、そんなこと言うのは。大丈夫。京平は絶対に生きてるし、これはきっと京平とは関係がないよ」
私に、というよりかは自分自身に言い聞かせるように、相良はゆっくりと言った。
「そうだよね、ごめんね、ちょっと不安になっちゃって」
わかるよ、という相良の声も震えていた。
教務室の前には、森田が私たちのことを立って待っていた。
「ここじゃなんだから、談話室行こうか」
森田の後ろに、二人でついていく。
談話室、と呼ばれたその部屋はまるで取調室のようだった。
森田と、私と相良。無機質で真っ白い机を挟み、向かい合って座る。
「あの、話って、」
最初に沈黙を破ったのは相良だった。
森田は、とても言いづらそうに、大きく深呼吸してから言った。
「京平のことなんだけど」
二人とも予想していた事態といえ、その続きを聞くのは怖かった。机の下で相良がこぶしを力強く握ったのがわかった。
「はい」
しっかりしなきゃだめだと、後に続く言葉を覚悟して待つ。
「昨日、京平の保護者の方から連絡があって」
胸がどきどきする。体が熱くなって、自分の見ている世界が揺れているように感じられた。
「京平が、学校を辞めると言っているらしい」
続けて放たれた、森田の言葉は私たちが予想していたものとは違った。
「え、それは病気のせいでってこと?」
私が口を開くより早く、相良が訊いていた。
「どうもそうらしい。詳しいことはまた後日と言われたけど、このままじゃ高校を卒業するのは厳しいという判断に至ったみたいで」
そう言う森田の顔はとても苦しそうだった。きっと私たちと同じ気持ちだろう。
「そんな、京平あんなに勉強頑張ってるのに」
「それは、俺も知ってるよ。俺だって、京平が朝早くから勉強頑張ってるの知ってるし、どんなテストにも全力で挑んできてる。
だから俺もそういったんだ。登校することは難しくても、高校は卒業できますって。学習に必要な道具は俺が届けますからって」
「じゃあなんで、」
相良が悲痛の声をあげた。森田は私たちの目をしばらく見つめると、覚悟を決めたように大きく息を吸った。
「京平が、自分で望んだらしいんだ、学校を辞めること。京平のお父さんが説得しても頑なに拒んだらしくて」
体中に一気に冷や水を被ったような、衝撃が走った。
京平が、あんなに学校が大好きだった京平が、学校を辞めようとしている。
何かがあったのだ。直感的にそう思った。京平がそんな決断をしなければいけない何かが。
「なんで」
相良よりも早く、言葉が喉をついて出た。
「それはお父さんにもわからないらしい」
ふー、と森田はため息をついた。
「俺もつらいよ。立場的にこういうこというべきじゃないのかもしれないけど、京平は本当に最高の生徒だから。
頭がいいからとか、そんな理由とかじゃなくて、あんなになんでも一生懸命頑張って。
変われるもんなら変わってやりたいし。ほんとに、なんなんだろうな」
そういって、森田は頭をかいた。
生徒にタメ口を利かれても、笑って許してくれるような、私たちのお兄さん的存在。お兄さんからすれば、きっと私たちだって兄弟みたいなものだろう。
特に京平は森田と仲がいいから森田のつらさは聞くまでもなく察することができる。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「ごめんな、貴重な休み時間に。京平のお父さんに言われたわけじゃないんだけど、二人にはとりあえず伝えておきたくて。
お前たち、京平のことほんとに大事に思ってるみたいだったから。京平からもいろいろ聞いてたし。
今日の放課後、俺京平が入院してる病院に行ってこようと思う。なんか伝えてほしいことはある?」
かわいそうなものを見るかのような目で森田が私たちを見てきた。
私は、伝えてほしいことなんてない。ただ、京平に会いたかった。京平と会って、話がしたかった。その考えは相良も同じだったようだ。
「病室」
意を決したように、静かに相良は言った。
「え?」
森田は、聞き取れなかったようだ。
「京平が入院している病室を教えてください」
「二〇八号室だけど」
森田は反射的に答えてしまったようだ。言ってすぐしまったという顔をした。
「京平からは、この話は誰にもするなと言われてるんだ。お前たちが病室に行ったら、俺が約束破ったことがばれるだろ。
勝手に行くなよ」
必死で私たちを止めようとしているが、もう遅い。
「約束破ったのは森ちゃんが悪いって」
相良の考えていることはもはや明らかだった。
私もすかさず援護射撃に回る。
「先生すみません、実はさっきから気分が悪くて早退したいんですけど」
いかにもという表情を作って、上目遣いで森田を見つめる。
「黒川ちゃん大丈夫?あれっ、もしかして熱があるんじゃない?大変だ」
相良も私に合わせて、オーバーに心配する演技をする。
「どうしよう先生、私ひとりじゃ帰れないかもしれないです。」
私の一連の演技を、森田は驚いた顔をして見ていた。
さすがにこの手は通用しないか。そう思った。しかし―
「黒川もそういうことするんだな」
感動したように森田は言った。
そしてなぜか泣きそうになりながら笑顔を向けてくる。
「俺、やっぱりお前らがこういうこと言ってくるの少し期待してたんだよな。だから二人に話しちゃったし。
いいよ、わかった、俺の負け。次の授業の先生方には俺から伝えておくから。
教室の奴らになんか言われたら、二人してインフルエンザにかかったとでも言えばいい。俺は、何にも知らないから。
クラスの生徒二人が熱を出して早退しただけ。俺が行くまでには病室から出ていけよ」
「森ちゃん、ありがとう!」
森田が最後の言葉を言い終わる前に、私と相良は教室に向かって駆け出した。
急いでリュックを取り、玄関へと猛ダッシュする。
「森ちゃんが担任でよかったよね」
息を切らしながら相良が言った。
「私も、いま、おんなじこと思ってた」
京平が頑なに学校を辞めたがる理由はわからない。
ただ、あんなに頑張っている京平を辞めさせたくなかった。
どんなに余命が短かったとしても、絶対に一緒に卒業したい。
卒業式には、看板の横で、京平と、相良と私の三人で写真を撮りたい。
何がなんでも絶対に京平を辞めさせるもんか。その一心で、私と相良は駅までの道を駆け抜けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます