第21話
京平が久しぶりに学校に来るということで、昨日から私は浮足立っていた。
朝の支度を手早く済ませ、いつもより二本早い電車に乗る。
わちゃわちゃと騒ぐ小学生たちの姿はなく、普段なら見かけないような人たちの姿が見られた。
私が認識していた電車というものが、単なる一部分でしかなかったことに気づかされる。
見慣れているはずのまちの景観も、今日はいつもよりきれいに見えた。
京平に会える。
そう思うだけで心が明るくなった。
学校に行くのがなんだか楽しみだった。
トンネルに入り、反射した電車のドアに自分の姿が映る。
ガラスの中の私は、とてもいきいきとして見えた。
もしかしたら私は、京平のことが好きなのかもしれない。
今までの私は、誰かに対してこんな感情を抱いたことはなかった。
冷静に自分を客観視すると、少し照れくささはある。
でも、早く、今すぐにでも京平に会いたいと思う気持ちに嘘はなかった。
京平が学校生活を再開するというだけで、京平がいつもより早く来るとは限らない。
それでも、少しでも早く京平に会いたかった。
京平の久しぶりの学校生活は私が少しでも楽しいものにしてあげたかった。
私が勝手に望んでいることなのだから、してあげたい、という表現はふさわしくないかもしれない。
ただ京平の、喜ぶ顔が見たかった。
たとえあと少ししか生きられなかったとしても、その人生は笑っていてほしい。
久しぶりに会う京平に、なんて声をかけよう。
今日の放課後はまた一緒にどこか出かけられるだろうか。
そんなことを考えていたら、電車は学校の最寄り駅についた。
まだ朝早いということもあり、私と同じ制服を着て降りる高校生の姿はあまり見られない。
でも、そのなかに、いた。
後ろ姿だけでもわかる。
私が乗っていた車両の二つ前の車両から降りた彼は、私に気が付いていない。
駅の階段に向かってまっすぐ歩いていく。
私と彼との間にはまだ距離はあったが、そんなことは気にならなかった。
「京平!京平!」
ホームに響く自分の名前を呼ぶ声に驚き、振り返る。
そして彼は、私を見つけた。
階段に向かう人々の流れから外れて、ゆっくりと私のほうに近づいてくる。
「おはよう、久しぶりだね」
頭の上から降ってくる京平の優しい声は、私を包んであったかい気持ちにさせる。
そうだ、この人はこんな風に話すことができるんだ。
「おはよう。ほんとによかった。生きててくれてほんとに、ほんとによかった」
心が口とつながっているみたいに、思ったことがするすると言葉となって私から出ていく。
京平は、嬉しそうに、そして少し恥ずかしそうに微笑んでいた。
「ごめんね、心配させて。俺のこと見つけてくれて、救急車呼んでくれてありがとね」
私たちを駅まで連れてきた電車がホームから出て行った。
つられるように、私たちも歩き出す。
「真っ暗なところに人が倒れてるのだけでもめちゃめちゃ怖いのに、それが京平だったからほんとに怖かった」
「どういう意味?」
「いや、だって、お化け系の怖さに足されるものがあるじゃない。死んじゃったらどうしようって」
そう、あのとき。ストレッチャーに載せられて運ばれていく京平の顔は青白く、本当にこのまま死んでしまうのではないかと思ったほどだった。
「なるほどね。そっか、そうだよね」
京平の表情が曇った。
「でも、ほんとによかったよ。もう大丈夫なの?また普通の生活に戻れるの?」
私の言葉を聞いて、京平は少し困った顔をした。
「いやーそれなんだけどさ。なかなか厳しい状況みたいで」
「え、それって」
「俺の病気って詳しく説明すると結構難しいんだけど、免疫が下がっていくのね、病気にかかりやすくなるっていうか。だからあんまり体に負担かけちゃいけないって言われた」
「じゃあ学校は」
「登校はするよ。でも、これからは休む日が増えていくと思う」
「そっか、残念だね」
「うん。でも学校に来れるだけまだいいよ。今の俺から学校取られたらほんとに俺、廃人みたいになっちゃうと思うから」
学校が、京平にとって大きな存在であることは京平のことを見ていたら誰でもわかる。
京平は、どの授業も全力で受けて、購買のパンを知り尽くし、休み時間はチャイムがなるギリギリまで遊んでいるから。
京平は、学校が大好きだから。
「京平が学校休んだときとか、なんか私にサポートできることがあったらいくらでも言ってね。ノートとかも見せるし」
「ありがとう。助かるよ」
「あ、学校来れない日とかは相良と一緒にお見舞いとかも全然行けるから」
「来てくれるの?」
「あ、京平がよければだけど」
「いいよいいよ。全力でおもてなしするね」
それから学校までの道のりを、私たちは京平の病気とは全く関係ない話をして歩いた。
私の家の近所に住むバカ犬の話、先生の面白い言い間違い。
私が新しい話を京平にするたびに、京平はとても楽しそうに笑った。少し食い気味に、それでそれで?と尋ねてくる。
私の中ではそんなに面白い話ではないが、京平はずっと笑いっぱなしだ。
いっぱい笑う人は、いっぱい泣く人。
どこかでそんな言葉を聞いたことがあった。
もしかしたら、京平もそういう人なのかもしれない。
そう思ったら、心の隅っこがちくりと痛んだ。その痛みを隠すように、私はその後も京平に話し続けた。せめてこの時間だけは、京平にとって楽しいだけの時間であってほしかった。
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