第22話
着いたばかりのときは私たちの他に誰もいなかった教室も、時間がたつにつれて登校してきた生徒たちでにぎわい始めた。
みんながみんな、京平のもとへ集まっていく。
「おぉー京平じゃん!久しぶり!」
「斎藤君、もう大丈夫なの?心配したよー」
京平に向かってかけられるあたたかい言葉の一つ一つに京平は丁寧に答えていく。
「おう久しぶり!俺がいなくてさみしかったかい?」
「レディにご心配をおかけしちゃって、俺は大変心苦しいよ」
京平が何か言うたびに、みんなが笑顔になる。
自分は苦しい思いをしていても、それを表に出すことはしない。やっぱり京平は生粋のエンターテイナーだと思う。
「あ!京平!」
廊下から京平を見つけた相良が、教室に入ってきた。ものすごい勢いで京平のもとに駆け寄る。
「おはよう。元気だった?」
相良に接する京平の様子はいつもと変わらない。一方の相良はといえば、嬉しさのあまり今にも泣き出しそうな顔をしている。
京平は盲腸で休んだ設定なのに、こんなところで相良に泣かれてしまっては困る。
「そうだ、京平。先生が休んでた分のプリント取りに来いって。いっぱいだから一人じゃ無理かもって」
私の言葉に京平も察したようだった。
「そっか、じゃあ相良ついてきてくれる?」
「いいよ、もちろん。喜んで」
異常なまでに喜ぶ相良の肩に腕を回し、京平は教室を出て行った。
私たちクラスメイトが見慣れた、京平と相良の日常。それが戻ってきたことに私も内心喜びをかみしめる。
京平たちと入れ違いに栞が入ってきた。
一瞬京平に向けられたその視線がきになったが、栞はいつものようにまっすぐ私のもとへ歩いてきた。
「亜美、おはよ 」
「うん、おはよ」
あの日以来、私と栞の間でまたあのような空気が流れることはなかった。栞もあの日自分が取ってしまった態度を気にしているように見えたし、私はそれを気にしていないと栞に伝わるように努めた。たぶんそれは、栞にも届いているだろう。
「京平くん、戻ってきたんだね」
「そうだね。元気そうでよかった」
栞から京平の話を持ち出してきたのがその証拠だと思う。
とりあえず、京平も戻ってきたし、栞との仲も問題はない。
今までならなんとも思わなかったような小さなことも、私にはすごく大きな幸せに思えた。
春が来て、私たちは三年生に進級した。
進学校である私たちの学校では、二年生の後半の時点ですでにその雰囲気はあったものの、三年生になると受験モードはますます高まっていく。
もちろん、京平もそこに後れを取ることはなかった。
出られなかった分の授業のノートは私と相良の二人に見せてもらいながら、朝早く学校に来て、昼休みも休むことなく勉強し、放課後は私と一緒に図書館に通った。
夏を迎えて相良が部活を引退してからは、三人で相良の家で勉強するようになった。
「ほんとに、京平はすごいよね」
京平がトイレに立ったとき、相良がしみじみといった。
「そうだね」
「俺だったら、自分がいつ死ぬかもわかんないようなときに勉強なんて頑張れないもん」
「京平、弁護士になりたいらしくてさ。そのために絶対に行きたい大学があるんだって」
「そっか。あいつのお母さん弁護士だったんだよね。やっぱあいつマザコンだな。いい意味で」
「そうだね。きっとお母さんも京平のこと応援してるんじゃないかな」
「なんか言ったー?」
何も知らないような顔をした京平が戻ってきた。
「京平は頑張り屋さんだよねって話。ほめてたんだよ二人で、京平のこと」
「おっ、嬉しいね。ほめてもなんも出てこないけど」
「いいよ、別に何もほしくないから」
私が言うと、京平が笑った。
つられて相良も笑った。
なんてことのないただの放課後が、あんなに愛おしくなる日が来るなんて、あの時の私はまだ知らなかった。
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