第48話

 真っ直ぐな目で京平くんが私のことを見ながらそう告げる。あのとき、一年前もそうだった。

 大好きな人の視線を独り占めしているはずなのに、こんなにも胸が締めつけられるのはきっと、京平くんが私の瞳越しに亜美のことを見ているからなんだろう。

「亜美なんだね。私じゃなくて、亜美なんだよね…」

 私の問いに、京平くんは答えなかった。この場においてつらいのは間違いなく私のはずなのに京平くんはなぜか、痛みを噛みしめるような、そんな顔をしていた。

 そんな顔を見ていられなくて思わず視線を足元に移すと、真っ白なスニーカーが目に入った。京平くんが履いているのはもう、私がプレゼントしたスニーカーではなかった。

 それは一年前に私が頼んだことだ。私がプレゼントしたスニーカーを捨てるように。でも―。

「私さ、」

 大きく吐いた息に織り交ぜて口にしたその言葉は、京平くんの耳にははっきりと届かなかったようだ。

 もう一度呼吸を整えると、今度ははっきりと自分の想いを言葉にしていく。

「私さ、本当に京平くんのことが好きだった。最初は正直そうでもなかったんだけどさ、でも、結構好きだった。京平くんのこと。

 恋愛って人の気持ちだからさ、私が京平くんのこと好きな気持ちと、京平くんの私への気持ちが釣り合わなくても仕方がないことくらいわかってるんだけど。でもさ、そんなのってないんじゃない?」

 京平くんのスニーカーだけを見つめて話し続ける。一瞬、京平くんの足がビクッと動いたように感じた。

 京平くんは何も言わない。

「京平くんが初めて入院するって言ってきた日、私が、振られた日。私あの日のこと今でもすごい後悔しててさ。私があんなこと言い出さなければ、偽物同士でもずっと一緒にいられたのかなとか、今でも京平くんのこと、隣でずっと支えてあげられてたかもなとか、そういうこと、何度も思ったよ」

 この四年間、私はずっと後悔していた。あの日、自分の想いを京平くんに伝えてしまったことを。でもこの人はきっと、そんなことになんて気づいてもいないんだろう。何も感じていないんだろう。

 またしても京平くんは口を閉じたままだ。

「別に頼まれた訳じゃないからさ、私が勝手にやったことだけど。私、京平くんの気持ちがいつ戻ってきてもいいように、やっぱり私が必要だって思ったときのために、バカだったけどめっちゃ勉強して同じ高校に入ってさ、本当は理系だけど京平くんのそばにいたくて文系にしてさ、それでも京平くんの病気を治したくてお医者さん目指してさ。京平くんが頼んだ訳じゃないんだけどさ、私の自己満なんだけどさ、でもさ。京平くんの隣りにいるのは…、亜美じゃなくて私がよかった」

 乾いた地面に、一滴の雫が落ちた。一滴、また一滴。目からとめどなく落ちていく涙を拭う気にもなれなかった。

 この人は、何も知らない。どれだけ私が大切に想っていたかも、私がこの人のためにどれだけ自分を犠牲にしてきたかも。それでもまだ、私がこの人への気持ちを捨てられないでいることも。

 この人は、何も知らない。

 自分の声が震えているのがわかった。

 ずっと大好きだった人にこんな姿を見られている自分が嫌だった。京平くんを好きでいた自分の気持ちが大きな弱さに思えた。一刻も早く、彼のことを大嫌いになってしまいたかった。

 そんなことを考えてしまっている自分が一番最低だと思った。

 たった今落ちたばかりのはずの雫はもう、あっという間に地面に染み込んで色が薄くなってしまっていた。私のこの想いも、京平くんの中に簡単に染み込んで、すぐになかったことになってしまうのかもしれない。京平くんの中での私は、そんな存在になってしまうのかもしれない。

 そのとき、また乾いた地面に一滴の雫が落ちた。一滴、また一滴。でもこれは―。

「…え?」

 顔をあげると、そこには無言のまま涙を流す京平くんの姿があった。

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