第59話
春になったら、京平のお墓参りに行こう。それは、京平が亡くなったと聞いてから私がずっと考えていたことだった。
京平がくれた手紙は、折り目が切れてしまうまで何度も読んだ。今日ももちろん、カバンの中に持ってきている。京平がそれを見たらどう思うだろう。恥ずかしいからやめてくれ、と笑って言うんだろう。
三か月も会っていなかったはずなのに、京平がこの世界からいなくなってしまった毎日はすっかり色を失ったようだった。会わないのと会えないのは全然違う。京平が前に教えてくれた、お母さんの話が頭をよぎった。
私がどれだけ泣いても、戻ってきてほしいと願っても、京平はもういない。毎朝起きるたびにそう思い知っては京平からの手紙を読んだ。京平の想いがつづられた手紙。それが私と京平のことを今もつなぎとめてくれている。
「じゃあ、手、合わせよっか」
相良の声を皮切りに、静かに手を合わせる。
今日はずっと待ち望んでいた日だ。京平にどんなことを伝えるのか、もうそれはお墓参りに来ることが決まった日から考えてあった。
深く息を吸うと、ゆっくりと目を閉じた。脳裏に京平の顔を思い浮かべる。
京平。久しぶり。ずっとここに来たかった。
見えてたと思うけど、京平からの手紙何度も読んだよ。相良と栞から話も聞いて、京平が私についた二つ目の嘘ももうわかった。京平の想いは、ちゃんと受け取ったよ。
私、ずっと自分のことが不思議だったんだ。誰かのことが好きとか、そういう経験今までしたことなかったし、そういうのって漫画とかテレビとかに出てくるキラキラした人たちだけのものだって思ってたから。自分にもそういう気持ちが芽生えたのが不思議で、そういう自分は、ちょっと気持ち悪いなとか、思ってた。
でも、今になってやっぱりちゃんと言っておけばよかったかもなって思うようになった。京平は直接じゃないし、多分私が京平のことを想う気持ちとはまた別の種類だったかもしれないけど、それでも京平は自分の想いをちゃんと私に届けてくれたから。
だから私も、正直にちゃんと全部伝えようと思う。
こんなこと知られるの結構恥ずかしいし、私らしくないとも思うんだけど、でも今こんな風に考えてるのもたぶん京平からは丸見えなんだよね。だから、ちゃんと、言葉にして伝えるね。
私、京平のことが好きだった。だったっていうか、今もなんだけど。今も大事で、大切だよ。勇気がなかったから言えなかったけど、手紙で知った京平の私を想ってくれる気持ちに負けないくらい、私も京平のことを想ってた。京平はたぶん、人として、友達として私のことを大事に想ってくれてたんだろうけど。もし付き合ってたら、絶対楽しかったと思う。これは結構本気でそう思う。一緒にお出かけしたの、楽しかった。
京平と歩いた病院からの帰り道も、ファミレスで一緒に食べたパスタも今でもすっごくよく覚えてる。初めて学校をさぼったのは、不良になったみたいな気分でなんかどきどきしたんだよね。あのときはスリルからのドキドキだと思ってたけど、今思えばもう、そういうことだったのかもななんて、なんか勝手に恥ずかしくなってきたわ。
公園も行って、京平の話聞いてさ。京平は自分が泣いちゃったこと、かっこ悪いとか言ってたけど、私は全然そんな風に思わなかったし、むしろ私にそういう話してくれたのが嬉しかったりもしたんだよね。気の利いた言葉はかけられなかったけど、それでも話してくれてありがとう。
そういえば、なぜか二人でスワンボートにも乗ったよね。あそこに連れていかれたときは、京平もとうとう頭がおかしくなっちゃったんじゃないかとかいろいろ思ったんだけど、あれもいい思い出だよね。京平の後ろに見えてた夕日がすっごくきれいでさ。あのとき、私泣いちゃったよね。正直なんで泣いてんのか全然わかんなかったと思うけどさ、なんも言わないでそばにいてくれてありがとう。
京平が部活を辞めてからは一緒に図書館で勉強してさ、表向きは京平を励ますっていう目的だったけど、正直普通に京平と勉強できて多分私のほうが楽しんじゃってた。京平、私が質問するとすぐに手を止めて教えてくれてさ、一回も嫌な顔とかしなかったよね。すっごくわかりやすかったし、ほんとに助かってた。京平は弁護士になりたかったみたいだけど、先生になってもきっと輝いてたんだろうなって思うよ。
学校辞めちゃってからはなんか急に京平が遠くに行っちゃった気がして、心配だとかさみしいだとか、そういう気持ちはもちろんあったんだけど、私だけが勝手に京平のこと想ってたみたいでなんか、それがすごく嫌だった。で、そんな風に思っちゃってる自分もだいぶ嫌だった。たくさん一緒にいたのに、私のことを想ってくれてた京平の気持ちに気づいてなくてごめんね。
だから、最後にお見舞いに会いに行けたのはよかったなって思う。ほんとはあれから何回も会いに行きたいって思ってたけど。私の中での京平は、今もずっと笑顔のまま、車いすに乗ってても、元気なままだよ。
目をつぶっていると、京平の顔が浮かんでくる。子犬のように愛くるしい両目も、ふわっと香る柔軟剤の匂いも、真剣に授業を受けるときの、あのまっすぐなうなじも。
まだ全部全部覚えている。何回も何回も思い出して、今までもこの先も、絶対に
忘れない。忘れたくない。
京平、私、初めてちゃんと好きになった人が京平でよかったって思う。京平のこと、好きになれてほんとによかった。ありがとう。これからもよろしく。私のこと、見ててくれたら嬉しいなって思う。
自分の命が尽きるそのときまで、周りのことを大切に想い続けた京平。私が嘘をついているとわかっていても、たくさんの思い出を作ってくれた京平。私が大好きな京平に、どうかこの想いが届きますように。
合わせた手に力を込めて、ぎゅっと念じる。どうか、どうか。
目を開けると、栞と相良が私のことを優しい目で見ていた。
「あ、ごめん。もしかして、ずっと待ってた?」
私の言葉に二人が笑って首を振る。
「大丈夫。俺らもずっと手合わせてたから。京平きっと三人に同時に話しかけられて、聖徳太子状態だったかもね。ちゃんと言いたいことは言えた?」
「うん。多分届いた、と思う」
「よかったね」
栞が力強くうなずいた。相良も顔をほころばせる。
その瞬間、私の心に温かいものがブワッと広がった気がした。
京平はこの世界にはもういない。でも、今の私にはこの二人がいる。
「あのさ、」
片づけに取りかかっていた二人が同時に振り返る。一気に自分に視線が集まったような気がしてなんだか恥ずかしい。
「どうした?」
「あっと、あのー」
でも、ちゃんと伝えなきゃ。
「今日は、っていうかいつも、ありがとう。私のそばにずっといてくれてありがとう。あの…、二人のことが…、その、大好きです。これからも、よろしくお願いします」
プッ、と二人が顔を見合わせて吹き出した。自分でもわかる、なんだか変な感じになってしまった。でもちゃんと伝わったはず―。
「なんか黒川ちゃん、ちょっと京平っぽくなった?」
「ね!なんか人情味が増したっていうか、まあ面白いから全然いいんだけどさ。こんなにストレートに言われるとちょっと照れちゃうけど、でも嬉しい。こちらこそこれからもよろしくお願いします。ね、想介!」
「おうよ!俺たちだってその…、お互いのこと大事に想ってるんだからさ!」
相良が照れくさそうに言う。その横で栞がおかしそうに笑っている。
ふと上を見上げると、雲一つない青空が広がっていた。車いすに乗った私からは遠くなってしまった空。でも、想いさえあればいつでもつながれる気がする。
京平、見えてる?私これからはちゃんと、自分の想いを伝えられるように頑張るよ。京平みたいに、周りの人のこと大事にできるように頑張る。だから、見てて。
「じゃあ、そろっと行こうか」
相良が差し出した背中に手を伸ばす。しっかりと私が背中にしがみついたのを確認すると、もう一度三人で京平のお墓に体を向けた。
「京平、また来るからな」
「京平くん、ちゃんと見守っててね」
「京平。ありがとう」
この想いが届くとき。京平は私の前にはいない。でも、きっと京平は笑顔ですべて受けとめてくれるはずだ。私が大好きな斎藤京平は、そういう人だ。
今度こそ、お墓に背を向けて歩き出す。バス停に向かう私たち三人を、春の暖かい風が優しく包み込んでいた。
〈完〉
この想いが届くとき 青山海里 @Kairi_18
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