第43話
七月のよく晴れた日の放課後、私はいつものように玄関の柱から肩を並べて歩く二人の姿を見ていた。でもその日の私はいつもと違った。
二人が学校の敷地内から見えなくなると、二人に気づかれないように走ってあとを追いかける。
ずっと気になっていた、二人は毎日放課後どこへ向かっているのか。始めはただ一緒に帰っているだけかと思ったが、電車で通っているはずの二人は駅とは反対の方向へ曲がっていく。
こんなことをしてはいけないという罪悪感と、幸せそうな二人を目前にする苦しさで、ずっと酸素が薄いところにいる気分だった。
京平くんが何か言うたびに、亜美は京平くんの顔を嬉しそうに見上げる。その視線に気づいた京平くんが亜美の方ヘ顔を向けるも、その頃には亜美はもう前を向いてしまっている。
私が後ろからついてきているなんてことを、考えもしていないだろう二人は、学校を出たときからずっとこんなことを繰り返していた。
手こそ繋いでいないが、二人は傍から見れば付き合っているようにしか見えなかった。お互いがお互いと一緒にいることに喜びを感じている、遠く離れた第三者の目から見てもそれは明らかだった。
私は今から、そんな二人を引き離そうとしている。
こんなに幸せそうな二人を、私はどうしたいんだろう。結局私はなんのためにこんなことをしようとしているんだろう。
小さい頃からなんでも自分で考えてきた私は、こういうとき普通の人ならどうするのかわからなかった。一番相談したい親友は今、私の前を京平くんと歩いている。
今すぐにでも計画を中止して、早く二人が見えない場所へ逃げ出してしまいたい気持ちに駆られた。このままずっと二人のことを見ていたら、わたしはどうにかなってしまいそうだ。
ブオオオオン。ブオオオン。
突然、閑静な夕方の住宅街には似つかわしくないバイクのマフラー音が聞こえた。
驚いて振り返ると、二人乗りのガラの悪いバイクが近づいてくる。狭い道にも関わらず、バイクはかなりのスピードを出していた。ぶつからないと頭ではわかっていても、思わず体を歩道の内側に寄せる。
私を通り過ぎたバイクは、そのまま前を歩く二人の方へ向かっていった。近づいてくる爆音に、京平くんが振り返る。
まずい。気づかれる。
とっさに塀に体を向けスマホをカバンから取り出した。髪の毛で顔を隠し、できるだけ自然な女子高校生を装う。こんなところで気づかれてしまっては、私の今日の計画は台無しだ。
数秒ほどその姿勢のままで立ち止まり、スマホの画面を見ているふりをして視線だけを前方の二人へ向けた。
接近してくるバイクの存在を認めた京平くんは、優しく亜美の袖を引くと、亜美を歩道側に寄せて自分は車道側に立った。そのすぐ横をバイクが通り過ぎていく。
そのしぐさは、あまりにも自然であまりにもできすぎていた。自分が守られたことになんて気がついてもいないだろう亜美は嬉しそうに京平くんの顔を見上げると、再び二人は肩を並べて歩き出した。
たった数秒の出来事だったが私の中で何かが溢れ出した。
羨ましかった。亜美のことが心の底から羨ましかった。
目には見えない優しさで、亜美はこんなにも京平くんに大切にされていた。京平くんの笑った顔を一番近くで見て、京平くんの隣を独り占めして。
何も知らないくせに。京平くんの病気も、私の苦しみも、何も知らないくせに。無条件に京平くんのそばにいて、京平くんを自分のものにしようなんて、そんなの絶対に許せない。
前を歩く二人が、角を曲がっていくのが見えた。
角を曲がった先は、狭い道が入り組んだ住宅街になっている。二人のことを見失わないよう、私は走り出していた。
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