第56話
京平くんが亡くなったという知らせを聞いた翌日、私と想介はバスに乗って市民病院へと向かった。そこに勤務している京平くんのお父さんに会うためだ。
たった一人の息子がなくなってしまったというのに、京平くんのお父さんは毅然とした態度で私たちを迎えてくれた。
どうしても代わることのできない手術があって、お父さんはそれが終わるまでは帰ることができない。冷たくなってしまった京平くんは家にたった一人で、お父さんは私たちにあるものを渡そうとしていた。
「君が相良想介くん、そして君が―」
「藍沢です。藍沢栞です。私も京平くんの友達です」
京平くんによく似た優しい目をしたお父さんは、白衣のポケットから一通の封筒を取り出した。中身を見なくても、私にはそれがなんだかわかる。それは、私が京平くんに言って書いてもらったものだ。
「息子のわがままに付き合わせてしまって…、お二人には本当に感謝しています。京平からもよく話は聞いていたんです。息子が大変お世話になりました」
そう言って、私たちに深々と頭を下げた京平くんのお父さんの目からは、ぽたりと一つ綺麗なしずくが落ちた。
京平くんと最後に会ったあの日、私と京平くんはどうすれば亜美が京平くんから離れていくか真剣に考えた。京平くんが亜美に中途半端に想いを伝えてしまったら、亜美には未練が残って傷つくことになる。その苦しみを知っていた私は、亜美には絶対にそんな想いをしてほしくなかった。
真っ暗になるまで京平くんと話し合った末、私たちが考え出したのが、亜美に京平くんが自分を嫌っていると思い込ませることだった。亜美は京平くんのことが大好きで、大切に想っている。それは何日も二人を尾行していた私が確信したことだ。
亜美は大切な京平くんのためなら何でもしたいと心の底からそう思っていただろう。だから私たちは、それを逆手に取った。
森田と想介に協力してもらい、あの日亜美が京平くんのいる病室に向かうように仕向けた。亜美が自分からも京平くんを説得したがっていたと想介から聞いたときは心が痛んだ。
私たちの思惑通り病院に向かった亜美を、わざと想介と一緒には病室に入れさせずに廊下で待たせて二人の会話を立ち聞きさせた。あのとき想介と京平くんが交わした会話はすべて、私が徹夜で作ったシナリオに即したものだ。
翌朝すっかり元気をなくして登校してきた亜美を見て、私は自分たちが考えた作戦が成功に終わったことを知った。一緒に帰ろう、と私が声をかけるまで京平くんの下駄箱をじっと見ていた亜美の姿が目に入り、私は少しだけ泣いた。
「今日中に、私がシナリオを作って想介に渡すから。明日京平くんはその通りに想介と話をして。亜美に聞こえるように、少し大きめの声で。あと、想介には自分で事情を説明しておいて」
「藍沢さん…、ほんとに…」
「いいの。私はずっと、京平くんの役に立ちたかった。京平くんのためにできることがあるなら何でもしたいってずっと思ってた。だから、嬉しいよ。これは想介にも亜美にもできることじゃない。私だけが京平くんにしてあげられることがまだあってよかった」
「俺が病気じゃなかったらと思うと悲しいよ。こんなに素敵な彼女を俺は手放しちゃったんだから」
「真面目な顔してキザなこと言うね。あ、ごめん私からも一個だけいいかな?」
「なに?」
「亜美に、手紙を書いておいてほしい。私から見ても、やっぱり二人はお似合いだったと思うし、京平くんも亜美もお互いと一緒にいて過ごした時間に感じてた楽しさに嘘はないと思う。
だから、亜美に本当のことを教えてあげる手紙を書いてほしいんだ。亜美はもう大丈夫って思えるまで、それは責任をもって私たちが預かっとくから。想介にでも渡しといて」
「わかった」
「じゃあ、そろそろ行くね」
「藍沢さん、本当にありがとう」
京平くんは、まだ何か言いたそうでそれをためらっているようにも見えた。でも、私にはそれが何だか言われなくてもわかった。
「大丈夫だよ。亜美のことは、私に任せて」
言われるよりも、自分から言ってしまう方が楽だった。驚いて、そしてすぐにありがとうと頭を下げた京平くんに言った、元気でねという言葉。
京平くんが頭を上げるより早く、京平くんに背を向けて私は歩き出していた。そのときの私は、こみあげてくる涙を必死でこらえていた。
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