第62話 覚醒

「……さん……、リ……さん! リアンさん!」


 無機質な部屋の一室。


 8畳ほどの空間で、天井、壁、床が同色の木材で作られている。


 窓はあるが、わずかな光しか入らず、天井に吊るされた魔法石の光だけが頼りだ。


 そんな無機質な部屋の中央にあるベッド。


 薄汚れており、かなり使い古されている。


 そのベッドに寝ているリアンに向かって名前を呼ぶ、ライピス。


 声を震わせて、一生懸命に名を呼ぶ。


 無数の傷がついた手のひらを握り、目を覚ますことを願っていた。


 熱意の籠った言葉と行動に、リアンは呼応してみせた。


「ライ……ピス……?」


 ゆっくりと瞼を開き、焦点が定まらない瞳でライピスへと視線を向けるリアン。


「リアンさん! 目を……覚ましてくれたんですね……。よかったです……。うぅ……」


 手を握りながら、その場に泣き崩れるライピス。


 その表情は安堵しており、嬉しさのあまりに感極まった故の涙だった。


 未だ握り続ける温もりのある手のひらを優しく握り返すリアン。


 呼応してライピスも優しく握り返した。


 数分後、落ち着きを取り戻したライピスは、ベッド横にあったスツールに腰掛ける。


「ライピス。サンドワームとの戦い、ご苦労だったな」


「私は何も……。全く力になれなかったと恥じています」


 膝上で指をモジモジさせながら、か細い声で言葉を紡ぐ。


「きちんと、先代魔王軍を守っていたと思うよ」


「それだけしかできなかったんです。人類最強と謳われるレイ・フォースが裏切ったことに勝手に絶望して、皆さんのお荷物でしかありませんでした」


 今の心境を打ち明けると、彼女はそっと瞳を伏せる。


 サンドワームとの戦いで、自分がどれだけ弱く、無能で、役立たずなのか身にしみて実感しているようだった。


「それは違うよ。ライピス」


 そんな彼女の思いを、即座に否定するリアン。


「ライピスは十分役に立っていたよ」


 リアンは続ける。


「ライピスがいたからこそ、ここまで来れたし、白銀の騎士団とも交流ができた」


「それは……」


「レイ・フォースが裏切って、絶望したことが良かったとは言わない。けど、ライピスがレイを慕う気持ちは白銀の騎士団に伝わっただろうし、何よりも味方は多いほうがいい」


「でも私が絶望なんてしなければ、正気を保っていれば! 誰も傷つかずにサンドワームを!」


「自惚れないでよ。ライピス」


 熱の籠った声をリアンが冷静な口調で遮る。


「こんなこと言うのは酷だけど、ライピスには無理な相手だったと思うよ。もし、サンドワームとやり合っていたら、ライピスはここにいないはずだ」


「……。確かにそうかもしれませんね。もしも私がリアンさんに加勢していたら、足手纏いになっていたかもしれません」


 ライピスは自信を無くしたように瞳を伏せる。


 これまでの戦いで、多くの経験を積んできた彼女。


 出会った頃と比べて、強くなっているのは事実。


 しかし、サンドワームのような異物と対等に戦えるほどの、力はない。


「勘違いしないでね。ライピスにはまだまだ成長の余地が残っていると思っているんだ」


 様々な流派を見てきたリアンだが、ライピスの剣捌きには光るものがあると感じている。


 父から受けた稽古と譲り受けた才能、ライピスはなるべくして剣士になったと言えるだろう。


「だから、生きているだけでも立派な成果なんだよ」


 ライピスと旅をしていく中で、少しずつ強くなってく彼女がリアンの楽しみであり、この世界での使命でもあると感じていた。


 だからこそ、死んでほしくなかったのだ。


「ありがとう……ございます……。リアンさん……」


 瞳を伏せたまま、眉に皺を寄せ雫が零れ落ちる。


 自分は役立たずだと思っていた彼女に、希望を与えられたかと思うリアンだった。




 ――しばらくして――


「リアン!」


 湿気に満ちた雰囲気をぶち壊すような元気な声と共に、勢いよく入り口の扉が開かられる。


「リアン、大丈夫か! 死んでねぇだろうなっ!」


 空気も読まずズカズカと部屋に入ってきたのは、マオだった。


「マオ、無事でよかった! 俺はこの通り――」


 上半身を起こし、いつもの声音で元気な様子を見せようとしたリアンに、マオは飛び込むようにして抱きついた。


「この野郎……! 心配させやがって!」


 涙ぐんだ声でリアンを力一杯に抱きしめるマオ。


 リアンの匂いに安堵し、涙腺が緩む。


「マオも無事でよかったよ。本当によかった……」


「何言ってやがる! リアンがあの場から逃がしてくれたから、アタシがここにいるんだ! 他人の心配より自分の心配をしろ!」


 力強い口調で一喝を入れるマオだが、その声音はどこか嬉しそうであった。


 しばし抱きつき落ち着きを取り戻したのち、マオとライピスは現状を話し始める。


「それで、ここは?」


「魔都の中心から少し離れたところにある小屋だ。昔は、見張り役の休憩所として使われてたボロ屋だと」


「俺は何日眠っていた?」


「5日だ。その間、ライピスが体を拭いたり世話をしてたんだ」


「ありがとう、ライピス」


「お礼を言うのは私です。リアンさんに助けてもらった命ですから。それぐらいのことは……」


 言葉を尻窄み、頬を硬直させるライピス。


 心臓は早鐘を打ち、どこか落ち着かない様子だった。


「サンドワームはどうなった?」


 気を使ってか、ライピスに質問を投げかけるリアン。


 呼応してライピスは息を整えると、答えを返す。

 

「サ、サンドワームはリアンさんとマリガンさんのおかげで、倒すことができました。想定よりも死者も少なかったため、なんとかなったと言う感じです」


「そっか」


 リアンはどこか寂しそうな口調で一言返す。


 大きくため息をつき、どこか後悔しているようだ。


「戦いに死はつきもんだ。クヨクヨしてらんねぇ。それを1番分かってんのは、リアン、テメェ自身じゃねぇか?」


 図星を言い当てられたリアンは、黙って頷く。


「救えない命があるのは分かっているよ。異世界を旅してきて、散々思い知らされたから」


 リアンは、視線を伏せ過去の出来事を思い出す。


 救えなかった命。


 大切にしていた人。


 死を目の前にして、涙を流す人々。


 悔しい思いは、誰よりも経験してきた。


 それでも、リアンは救えなかった命を前に、後悔することをやめられないのだ。


 後悔は異世界トラベラーの呪いでもある。


「リアンさん……」


 ライピスは悲しげな表情をするリアンの背中を優しくさする。


「俺は……」


 リアンは視線を上げる。


「俺は多くの死に直面してきた。死は俺にとって切り離せない呪いだ」


 青年は言葉を紡ぐ。


「俺は呪いを払拭するために、強くならなくちゃならない。ここで縮こまっては、強くもなれない。目的も果たせない」


 言葉に熱が籠る。


 目を見開き、視線の前で拳を握る。


「だから、俺は今できることをする。そして、目的を果たすために強くなる」


 リアンはそう言うと、ベッドから飛び出た。


「やるべきことをやる! すぐに行動だ!」


 病み上がりとは思えないほどの、活力さにマオは笑い、ライピスは心配そうな眼差しを向ける。


 改めて決意を固めた彼を止めることは、誰にもできないだろう。  

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