第50話 異世界トラベラーは魔都を救う

「――ルガァァァ!」


 空気を震えさせるほどの強烈で機械的な咆哮を轟かせ、荒れ狂う鉄塊の大蛇。


 プロテクトシールドを破ったサンドワームは、さらさらとした土の中を泳ぐように体をうねらせ、魔都へと進行を再開する。


「来たな……」


 南部の正門付近でサンドワームの様子を伺っていたクイーンガードがポツリと呟く。


 彼女を取り巻く番兵たちは、迫り来る鉄塊に表情を強張らせ固唾を飲む。


「クイーンガード様、どう対処いたしましょう」


「奴が魔都に辿り着く前に、こちらから打って出る。命を削ってでも、奴の動きを阻害し、ニードルランチャー発射まで時間を稼ぐ」


 プロテクトシールドが破られた場所から、魔都の外壁まで距離がある。


 わずかな距離ではあるが、クイーンガードたちはそのわずかな距離で時間を稼ごうと言うのだ。


「――行くぞ皆の者! 我ら先代魔王軍は決して敗れない! 魔王軍から人類を守るぞ!」


 クイーンガードの気迫の掛け声を合図に、その場に集まった一同はサンドワームに向かって走り出した。


 


 鉄塊が地上に体を出すたびに、体側から何かが打ち出され、弧を描き魔都へと飛んでいく。


 撃ち出されたそれは、魔都へ着弾すると、爆発を引き起こし、熱風と灼熱を生み出す。


 生み出された爆発は、建物を瓦礫の山にし、熱風は住人たちを容赦なく襲う。


「熱い! 熱いっ!」


 熱風は逃げ惑う住民を襲い、衣服を簡単に燃やし、皮膚を簡単に溶かしてしまう。


 そうして逃げ遅れた住人は、熱さのあまり、痛みを訴えながら地面を這いずり回るのだ。


「焼き払われる前に、北部へと急げ!」


「ここは、我ら番兵が市民を守る!」


 住人のいる地区に止まっていた番兵たちが集まり空を見上げる。


 次々と迫り来る発射物に番兵たちは着弾させまいと攻撃に魔法や剣技をぶつける。


 地面へと着弾する前に、サンドワームから発射されたそれに攻撃を加えると、爆発することなく破壊された。


「落とし損ねるなよ! 一発でも地面に着弾すればここも吹き飛ぶぞ」


 数名の番兵たちは、逃げ惑う住人に向かって弧を描く発射物を次々と落としていく。


 極度の緊張感の中で番兵たちは、汗を拭うことも許されず、攻撃の手を緩めない。


 心拍数が上がり、肩で呼吸する状況になっても、番兵たちは武器を振い続ける。


 着弾すれば、住人の命はない。


 住人の中にはまだ子供もいる。


 番兵の家族もいる。


 命を散らしてでも守らなければならない理由がそこにあるのだ。


「次の発射物は数が多い! 絶対に落とし損ねるな!」


 番兵の指揮を取る隊長が空を見上げると、大量の発射物が弧を描いてい落ちてくる姿が視界に入る。


 緊張感がさらに高まる。


 疲労が限界に達している中で、この攻撃を落としきれるか。


 一同は不安と焦燥感に駆られた。


「きたぞ! 一同、気合いを入れてかかれ!」


 爆発物の嵐が舞い降りる。


 空が見えなくなるほどの、大量の発射物。


 番兵たちは命を散らすことを覚悟し、より一層、攻撃の手を激化させた。


「1人、15個は落とせ!」


 嵐は番兵たちの攻撃の手によって次々と落ちていく。


 落とし損ねたとあれば、他の番兵がカバーをする。


 そうやって、連携をとっているおかげか、少しばかり行動に余裕が生まれる。


 なんとかなりそう。一同がそう感じ始めたときだった。


「――ッ! 一発、落とし損ねた! 誰かカバーを!」


 番兵の1人が発射物を1つ落とし損ねる。


 発射物は運悪く弧を描いて住人へと迫っていた。


 ここで誰かが落とせば、住人たちの命は救える。


 しかし……。


 誰も動けなかった。


 発射物の量が多く、対応できなかったのだ。


「そんなぁぁぁッ!」


 番兵たちの頭上を通り過ぎた、発射物は住人へと迫る。


 誰かが動いてももう遅い。


 住人たちはもう助からない。


 落とし損ねた番兵が、絶望に拉がれた。


「――スピードライズ――」


 住人たちの悲鳴が聞こえる。


 きっと落とし損ねた発射物が住人たちに直撃したのだろう。


 誰もがそう思った。皆が悔しく、苦い顔をした。


 しかし、住人たちに視線を向けている、落とし損ねた本人だけは違った。


「発射物が……消えた……?」


 住人たちに迫っていた発射物は、一瞬にして消え去った。


 何が起きたのか、全く理解できなかった。


 やがて、必死に発射物を落としていた他の番兵も異変に気づく。


「発射物は、発射物はどこにいった!?」


 空を覆っていたはずの、発射物が瞬きを終えると同時に姿を消したのだ。


 番兵たちは辺りを見回すが、状況を理解できずにいた。


 思考が停止したように、皆がキョロキョロと見回す。


「た、隊長! 住人たちが戦線を離脱! このまま安全に北部へと進むことができると思います!」


 発射物を落とし漏らした番兵が、住人たちの背中が戦線から離脱したことを報告する。


 その言葉に、我へと帰った一同は、隊長の元へと駆け寄る。


 まだ、状況が飲み込めないものの、隊長は他の者に示しをつけるべく、なんとか言葉を発する。


「こ、この地区の住人たちは無事、戦線を離脱した。半分は住人の警護、残りの半分は私と次の地区へ――」


 言葉を発している途中に、隊長はふと前方の舞い上がった砂埃が視界に入る。


 砂埃の中に、黒い影。それが、人であることを理解するのに、時間はかからなかった。


「な、何者だ!」


 隊長の気迫ある声に一同が砂埃に視線を移し人影に向かって武器を構える。


 しかし、返事は返ってこない。


 隊長が問いかけてから数秒後、砂埃は風によって流れ、その人物があらわとなった。


「き、貴様は! 魔王の娘と共にいた、人間!」


「隊長、確かリアンとかいう奴です! あの男、どうやって脱獄を!」


 番兵たちは身構える。


 この人間が、あの鉄塊を呼び寄せたのかもしれない。そう考えると、番兵たちに再び緊張が走る。


 敵かもしれない目の前の人物に気を取られ、周りが見えていない様子だった。


「お前ら、住人を護衛するんだろ。こんなところで突っ立てていいのかよ」


 リアンはそういい、番兵たちの後方を指差す。住人たちが逃げていった方向だ。


 住人たちが戦線を離脱したとはいえ、何と遭遇するか分からない状況だ。


 安全な北部まで護衛する必要がある。


 本来の目的を思い出した、隊長はリアンに視線を合わせながら苦い顔をする。


「グゥ……」


 隊長は一言、唸り声を上げると武器を収め、番兵たちに視線を移す。


「一同よく聞け! 半分は住人たちを北部まで護衛。残り半分は私と次の地区へ行く!」


「隊長! あの男をほっといていいのですか! 何をしでかすか分からないですよ!」


「黙って私の言うことを聞け! ここは私がなんとかする。急いで住人たちを北部まで安全に届けろ!」


「わ、分かりました!」


 気迫ある隊長の言葉に、番兵の半分は戸惑いつつも、住人たちを追いかけていった。


「おい、リアンと言ったか」


「そうだ。俺に構っている暇はないんじゃないか? 次の地区で助けを待っている住人がいるぞ」


「分かっている。一言申したくてな」


 隊長は、兜を外し脇で持つ。


「この度は助力を感謝する。貴様のことを少しばかり、誤解していたようだ」


「……。俺は何も……」


「貴様が現れてから、攻撃が全て消えた。そしてその言動。敵意がないと見える。どんな能力を使ったかは知らぬが、貴様が助けてくれたことだけははっきりしている」


「……。バレてんのね。別に悪い気はしないからいいけど」


 隊長は再び、兜を被り直す。


「リアンさん! 大丈夫でしたか!?」


 剣を携えた少女、リアンの名をよび駆け寄る。


「こっちは大丈夫だライピス。そっちはどうだった?」


「住人たちを助け出して、北部までの護衛は番兵に任せました。最初は信用されなかったですけど、協力したことでなんとか信用を得ました」


「でかした!」


 番兵たちはライピスへと視線を向ける。その人間が魔王の娘と一緒にいた人物だと言うことを思い出し、驚いた表情を見せる。


「リアン! こっちはやるだけのことやったぞ!」


 今度は別の少女が、ライピスとは別の方角から両手斧を持って現れる。


 それが誰なのか、番兵たちは一瞬で見抜き、さらに驚いてみせた。


「ま、魔王の娘! 貴様も脱獄を!」


「あぁ? ピンチなんだから脱獄したっていいだろうが! なんなら、鉄クズ野郎の攻撃から住人を救ってやったんだから、礼のひとつでもあってもいいと思うけどなぁ!」


 マオは、両手斧を肩に担ぐと、隊長をギロリと睨み、眼を飛ばす。


「こいつ、隊長に何て口を――」


「よい、気にするな!」


 マオの態度にイラだちを覚えた番兵の1人が気迫の表情で迫ろうと武器を構えるが、隊長がそれを抑える。


「なんとなくだが、貴様たちは先代魔王軍を救うべく動いているのが分かる」


「へー、信用してくれるのか?」


「リアン、貴様がこの場を救ったのだ。他の2人の言動も信じていいだろう」


「それはありがてぇな! アタシらとしても信用を得られて願ったりだ」


 マオは無邪気な笑顔をリアンに向ける。


(――魔王の娘があのような笑顔を。随分と印象が変わったな)


 どこか感慨深いのか、隊長はマオの笑顔からしばらく視線を外せなかった。


 信用という価値を手に入れた、リアンたちに隊長は歩み寄る。


「貴様らを信用して頼みがある。クイーンガード様、率いる戦闘部隊はサンドワームの足止めに向かった。貴様らのその力、クイーンガード様に貸してはいただけまいか」


 隊長は再び頭を下げる。


 リアン、ライピス、マオの3人は顔を見合わせると、ニヤリと笑った。


「はなからそのつもりだ。ここで恩を売っておくのも悪くないからな」


「私たちの実力が、助けになるならぜひ手を貸します!」


「クイーンガード……、スフィーはアタシのダチだ。手を貸さねぇ理由なんてねぇな!」


 3人の言葉に隊長はおずおずと頭を上げた。


「そうか。助かる。なら、貴様らに任せよう。一同、聞け! 我々は逃げ遅れた住人を探し、北部まで護衛する。次の地区へ向かうぞ!」


 隊長の言葉に、番兵たちは同時に頷き、隊長のあとを追って次の地区へと向かった。


「さぁて、アタシらも仕事やるか!」


 マオの言葉で、3人はサンドワームが暴れている方向に視線を移す。


「そうだな。俺たちで魔都を救うぞ!」


 それぞれ武器を構えると、3人はサンドワームが迫る南部へ向かって走り出した。


 

 

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