第37話 最悪の朝
リアン・マティアスは混乱していた。
目を覚ますと、裸の美女2人が自分の隣で寝ていたからだ。
それどころかリアンも裸になっていた。洞穴の中は妙な生臭さが漂い、湿気も多く額や背中、胸などに汗が滲み出ていた。
「あっ、いぇ?」
目の前の状況にリアンは言葉にもならない声しか出せなかった。
洞穴に身を隠して6日の朝を迎えた。
1番傷の酷かったマオも元気さを取り戻し、全員が再び不毛の地を探索できる状況までに回復した。
人類を救うため、旅を再開しようとした矢先に起きた事件である。
脳が徐々に覚醒し状況を把握し始めたリアンの顔は青ざめていく。
「も、ももも、もしかして、おお、俺、過ちを犯した?」
この状況から予測できるのは、過ちを犯したかもしれないということ。
その可能性に、リアンは声を震わせ、しどろもどろになる。
本当に過ちを犯したのなら、ただことではない。大事件だ。
今の状況で2人が目覚めたら最後、軽蔑され、リアンは仲間を失うこととなるだろう。
「で、でも、俺も裸だし2人も裸だ……。も、もしかしたら、同意の上ということも……」
最悪の結果を直視したくがないために、現実から逃避しようと別の可能性を模索する。
「……」
しかし模索したところで、結果は変わらない。
とりあえず服を着衣し、深呼吸をして冷静さを取り戻す。
「……。2人とも顔は幼いのに体つきは……、大人びている……。エロ……」
2人の生身を見て、思わず小声で感想を述べる。
幼い顔立ちをしていながら、出ているところでて引っ込むところは引っ込んでいるのだから、そう思うのも仕方がないだろう。最低ではあるが。
目に毒と言わんばかりに、2人にそっと服を被せてあげると、リアンは一度冷静になり、どう行動すべきか考える。彼の行動次第では、最悪の結果は免れるかも知れないからだ。
そこでリアンは顎に手をあて目を瞑ると、昨晩のことを脳裏に甦らせる。思い出すことができれば何か誤解が解けるかもしれないからだ。
匂いや手触り、2人との会話、できるだけ思い出そうと、脳をフル回転させた。
―
――
―――
「やっぱ、元気になった暁には酒が1番だろ!」
昨晩のことを思い出して、1番最初に出てきたのはマオの言葉だった。
傷が癒えて、いつも通りの活発さを取り戻した彼女。自分の体が自由に動かせるほどに回復したのが嬉しかったのか、病み上がり早々にそんなことを言う。
「マオ、夜も遅いですし病み上がりなんですから、早く寝ましょう。傷口が開いたりしたら、また数日間はここにいることになりますよ!」
そんな活発さを取り戻したマオに、母親のようなことを言い注意するライピス。
ライピスは年齢こそマオより若いが、容姿以上に大人びた考えを持っている。やんちゃなマオのお目付役のような存在となっているのだ。
「アタシの体はそんなやわじゃねえ! それに、復活したからこそ、酒を飲んで祝うってのがいいんだろ」
「もうッ! 酒なんてありませんし、早く寝ましょう! リアンさんからも何か言ってやってください。私から言ってもマオは言うこと聞きませんし」
ライピスは困り果てた表情でリアンに助けを求める。その表情はまるで母親が言うことを聞かない子供に手を焼いているときのような顔だ。
マオが復活し元気なことはいいことなのだが、元気すぎるのも問題だなとリアンは視線を伏せため息をつく。
一度この場を収めたほうがいいと考えたリアンは2人の間に割って入る。
「マオ、ライピスも一旦ストップ」
リアンが2人の間を取り持ったことで、洞穴内にこだましていた声がピタリと止む。
「その、まずはだな、俺のことを受け入れてくれた2人には感謝している。ありがとう」
2人を咎めるかと思いきやリアンは礼を言うなり深々と頭を下げる。
「リアンそれはさっきも話した通り、お互い様だ。アタシを魔族でありながら仲間として受け入れてくれたから、アタシもライピスもリアンのことを受け入れた。まあ、まだ半分信じられねぇけどな」
「そうですよ、リアンさん。確かに、異世界トラベラー? って言葉は初めて聞きましたし、私たちが住む世界以外にも他の世界があることも信じ難いです。でもリアンさんが持つ武器や戦い方、全てがこの世界では見たことがないものですから、私は半ば信じています」
「それでもアタシらはリアンのことを受け入れた。短い付き合いだが、誠実で嘘をつくやつじゃねぇことも知ってる。何よりも異世界の力をアタシらを助けるために使ってくれたんだ。全く信用しないってのは失礼に値するだろ」
まさしく両手に華とはこう言った状況を指し示すのだろう。
2人の可愛く凛々しい笑顔は、リアンだけに向けられていた。
「あぁ……。そう言ってくれると助かる……」
ライピスもマオもどこか幼いながらも丹精な顔立ちをしている。そんな2人に笑顔を向けられれば、女性に対し耐性が多少あるリアンでも気恥ずかしくなり、頬を赤くして顔を背ける。
「そうだ! アタシの快気祝いと互いのことを信用しあえる仲になったことに、酒を飲もう!」
マオはワザとらしく閃いたかのように、人差し指を立てると、再度酒の話題を取り上げる。
何かにこぎつけて、酒を飲みたいようだ。
「だからマオ! 病み上がりなんですし、酒なんてどこにもありませんから、諦めて寝てください!」
もちろんライピスは黙っていない。
マオが酒を飲めばどうなるか分かったものではないし、翌日に響けば目も当てられないからだ。
「なんだ知らねぇのか、酒ならそこらじゅうに生えてるじゃねぇか」
「生えてる? 一体何を言って……」
ライピスの言葉を遮るように、マオは洞穴の隅を指差す。そこには拳大ほどの白いキノコが群生していた。
「あれは『リカーダケ』って言ってな、エールやウィスキーに使われるキノコだ。『お手軽酒キノコ』って異名もあるぐらいで、すりつぶして水と混ぜれば、簡単に酒ができる。味は保証しねぇが、酔うだけならあれで十分だ」
通常酒を作るには様々な工程を踏まなければならない。しかしリカーダケはそれらを省いて酒にすることができる。
リカーダケをウィスキーやエールとしてお店に出す際は、きちんとした工程を挟んで、美味しい酒を作る。つまりリカーダケはハイブリットアルコールなのだ。
「魔族の娘であろう高貴な存在が、そんなことまで知っているんですね。意外です」
「魔族だって酒を飲みたいときはある。どこでも酒を飲めるよう、知識として蓄えておくことは悪いことじゃねぇだろ?」
あまり役にも立たなそうな情報を知っていたことに呆れるライピス。対し、マオは自分の知識深さを自慢するように大笑いして見せた。
早速、マオは群生の元へと行きリカーダケをブチブチと抜いていく。
ライピスもすでに諦めたのか、ため息をついてマオの背中を見ていた。
「ほのかなアルコールの匂いがするな」
「そうだろ? こいつはもぎ取るときにアルコールの匂いを発して、抜いたやつを酔わせるんだ。酒に抵抗がねぇ奴は匂いだけで酔うだろうが、アタシらみたいに、耐性があるやつはなんの問題もない」
洞穴の中に、アルコール独特の匂いが充満する。
鼻を塞ぎたるなるほどの不快な匂いではなく、むしろほのかな甘みが感じられる心地の良い匂い。
リアンはゆっくりと息を吸ってみる。
(味は保証しないって言ってたけど、匂いは心地いい。アルコールを抜いてアロマにでもしたら、気持ちを落ち着けるいいものになるかもしれないな)
過去の記憶を思い返しながら、リアンは自身の顎を撫でリカーダケの使い道を考える。
何度目か顎を撫でたとき、唐突にリアンの懐に何かが飛び込んでくる。
「わっ、とっとッ!」
咄嗟にそれを両手で受け止め、視線を向けるとそこにいたのはライピスだった。
「リアンさ〜ん……。ヒクッ!」
いつもと違うライピスは甘える猫のように厚い胸板へ顔を何度か擦り付けると、顔を上げる。
「ライピス、顔が真っ赤だ! もしかしてリカーダケの匂いで酔ったのか?」
「んなことないで〜すよ〜。ただ気分が良くて気持ちいだけで〜す」
頬を真紅に染めながら、再びリアンの胸に顔を擦り付けるライピス。
普段の彼女は容姿以上に、どこか無理に大人びた行動をとっている。
まだ幼さの残る顔立ちから彼女の甘えるような今の行動はある意味、年相応と言えるべきなのだろう。しかし、子供などあやしたことのないリアンはどうしていいか分からなかった。
「完全に酔ってる。マオ! 今日はもう寝よう! ライピスがリカーダケの匂いで酔ってしまった! 祝賀会はまた日を改めて――」
そう言いリカーダケを採取しているマオの方へ視線を向けた途端、唐突に唇が塞がれる。
「んぐっ!」
同時に液状の何かがリアンの口内に入っていく。
舌で入ってくるものを押し返したり、肺の空気で押し戻そうとしようにも、相手の方が一枚上手で抵抗など無意味に等しかった。
ゴクリと喉を鳴らし、入ってきた液体を仕方なく飲み込むと、塞がれた唇が解放される。
突然押し込まれた液体にリアンは何度か咳き込むと、唇を塞いだ犯人へと視線を向ける。
「ゲホッ、ゲホッ! いきなり何をするんだマオ!」
「これがアルディート流、祝い酒の飲ませ方ってもんよ!」
唇が離れた先にいたのはマオであった。
彼女はリカーダケをすり潰し、洞穴の小池に溜まる自然水と布の水筒の中で混ぜ合わせ、酒を作り上げていた。
即席で作った酒をマオは口に含み、それを接吻でリアンに口移ししたのだ。
「喉が焼ける! 度数はいくらなんだ!」
「そのまま煎じて飲んでるんだし、100近くはあるんじゃねぇ?」
「いくらなんでも高すぎる!」
「だから良いんだろ! 魔族の間では好まれる酒だぞ!」
マオはすでに何口か飲んだようで、頬が赤くしてはしゃいでいる。それでも思考ははっきりしているようで、酒が飲めていることに満足しているのか満面の笑みを浮かべ笑っていた。
「こんな度数の高い酒を飲んだのは久しぶりだ。頭がクラクラする」
リスのように頬が膨らむほどの量を飲まされたリアンの頬が徐々に紅潮する。
度数が高い純粋な酒だけに、酔いの周りが早いようだ。過去に何度か酒を飲んできて耐性があるとはいえ、これほど度数が高いと、リアンでも善悪の判別が出来なくなるほど、酔ってしまうようだった。
「リアンさ〜ん。私、悲しいですぅ〜」
そこへリアンの懐に顔を埋めていたライピスが涙を流し顔を上げる。匂いだけで酔いが周り、訳がわからなくなっている状態のようだ。
頭をクラクラしながらも、彼は目の前の少女に「どうしたんだ」と問いを投げかける。
「私ってぇ、そんな魅力がない女ですか〜?」
「そんなことはない……ぞ! ライピスは好きは人には尽くしてくれる言い女性だと思う……」
「そうなんですかぁ〜! じゃあ、私と結婚してくださ〜い。魅力を感じているなら出来ますよねぇ〜」
酒を飲むといつもとは違うライピスに、リアンは少し面倒くささを感じ、ため息を漏らす。
酔うと人が変わるタイプの人間がいるが、面倒なことしか起こらない。
リアンはあまりそう言った人とは関わることを避けてきたのだが、今回ばかりは相手にしないといけないようだ。
酔いが周り正常な判断ができなくなる前に、適当に返事してこの場を乗り切ろうと言葉を紡ぎ出した。
「分かった、分かったから。そうだな、そのうち結婚しような」
リアンとしては適当に受け流し、あとは彼女が寝るのを待つのみだった。
しかし、それが裏目に出てしまう。
「ヤッタァ〜。婚約成立です! これで将来も安泰ですよ〜! それじゃぁ、婚約記念として子作りしましょうか〜!」
そう言いライピスは唐突にリアンの目の前で鎧を脱ぎ捨て始める。
「ちょっと待って! 何言ってるの! なんで脱ぐの!」
突然の暴挙にリアンは慌てふためく。
すでに鎧を脱ぎ捨て、服を脱ぎ捨てようとする彼女を手を握り止めにかかる。しかし……。
「落ち着い、――んぐっ!」
頭を掴まれ顔を上向きにされると、再び唇が塞がれ酒を流し込まれる。
「男気がねぇなリアン! 女が求めてきたら男は素直に受け止めてやるもんだろ!」
マオによる2度目の酒の注入はリアンの判断を鈍らせるのに十分だった。
「そう……かもな……」
酔いは加速し、善悪の判断どころか、何も考えられなくなるほど頭がぼーっとしていた。
ライピスの腕を止めていた手を離したところで彼の記憶は途切れた。
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