第10話 仇
「うぉぉぉぉッ!」
前衛部隊の雄たけびと共に、魔物との戦闘が始まった。
相手は犬型の魔物五体、その奥に青い鎧で身を固めた人型の魔物が二体、立っている。犬を飼いならしている魔物だろうか。
「スカムさん、私たち後衛は前衛部隊の援護をするんですね」
「そうだよ。でも、ライピスちゃんはまだ初日だし先輩たちの動きを観察するのが今日のすることかな」
私たちパトロール部隊は、前衛六人、中衛五人、後衛五人の計十六人で構成されている。
私は任務初日ということで後衛に配属。先輩たちの動きを観察しつつスカムさんたち弓兵の三人を私ともう一人で護衛することになっている。
お父さんやおじさんに教わった剣術を積極的に使いたいところだけど、仕方がないよね。まずは部隊に慣れることを考えないと。
前衛の人たちは、敵の攻撃を中衛、後衛に行かせないよう留めながら敵を始末すること。いわゆる最初の砦のような感じだ。
黒い毛並みで覆われた犬型の魔物五体が一斉に、前衛部隊に向かって突撃してくる。目を赤く血走らせ、よだれを垂らして牙を剥き出している。
「そんな単調な動きで俺をやれるか!」
おじさんは一歩前に出ると左足を踏み出す。前のめりになった状態で大剣を力強く握りしめて、右わき下に構える。
数匹の犬が大剣の間合いに入った途端、大剣は空気を引き裂く勢いで横薙ぎを一閃した。
ザシュッ!
その一撃は、三匹の犬を葬った。犬の体は大きく切り裂かれ、紫の鮮血が舞う。
さすがおじさんだ。あんな素早く動く魔物を大剣一振りでまとめて倒すなんて簡単にできる芸じゃない。
おじさんの一撃を見た人たちは、さらに士気が上がって興奮冷めやらぬといった状態。気持ちが昂る勢いのまま、前衛部隊の人たちはおじさんの攻撃から漏れた二匹の犬に襲い掛かかった。
各々が連携を取りつつ、犬型の魔物を確実に葬っていく。
おじさんのように簡単に倒せている訳じゃないけど、阿吽の呼吸でとる連携は目を見張るものがある。
そして、魔法使いで構成されている中衛部隊は、回復や攻撃、補助魔法を使って前衛部隊を補助する。
「魔物が束になったところで俺達に敵うものか!」
前衛部隊のひとりが怒声とともに振り下ろされた大剣は、最後の一匹を葬った。
そうして犬型の魔物をすべて倒すと、今度は奥にいた青い鎧を全身に纏った人型の魔物が太刀を構えて襲い掛かってきた。
「気を付けろ、青鎧だ! 他の魔物鎧の中でも最弱だがゆだんするな! 我々前衛部隊で攻撃を惹きつけつつ、中衛、後衛部隊に援護をさせるぞ!」
「了解!」
おじさんの合図とともに、前衛の人たちは三人一組に分かれて迫りくる青鎧に突撃した。
前におじさんから聞いたことがある。
お父さんを殺した黒鎧のほかに、青鎧・赤鎧・紫鎧・灰鎧・漆黒鎧がいるって。
青鎧が最弱で、最強が漆黒鎧。黒鎧は灰鎧よりも強く漆黒鎧よりも弱い位置にいる存在なんだって。
「うぉぉぉぉぉ!」
おじさんを含めた前衛の三人は青鎧を囲み、多方向から斬撃を加える。青鎧も身の丈以上のある太刀を木の棒を振るうかのように応戦してくる。
対し、ひとりが真っ向から攻撃を受け止め、残りの二人が袈裟切りを浴びせる。確実にダメージを与えている。
中衛、後衛からの援護もあるし、このまま押し切ればおじさん側は大丈夫そうだ。
「ウガァアァァ!」
突然、耳を塞ぎたくなるような雄たけびが響く。私はびっくりしつつ、咄嗟にその大声のする方へと視線を向ける。
もう一方の青鎧に対処していた三人が、太刀の一閃に耐えられず吹き飛ばされていた。
青鎧の動きを封じる者が一時的にいなくなってしまった。
守りに穴ができてしまった。
青鎧は、好機とばかりに中衛部隊に向かって殺意を向け襲い掛かってきた。
速い! 人の脚で逃げるのは難しいほどに。
中衛の三人が慌てて攻撃魔法で応戦する。当たってはいるが、さほど効果がなく青鎧のスピードは落ちない。
吹き飛ばされた三人は慌てて立ち上がって、青鎧を追うけど間に合わない。
このまま青鎧が近づけば、近接攻撃を不利とする中衛、後衛が一気に瓦解する。
まずいと思った私は、何かを考えるよりも早く体が動き出していた。
「ライピスちゃん!」
スカムさんの呼び止める声を無視して、私は愛用のブロードソードを手に握って走った。
昔から走るのだけは早かった私は、あっという間に中衛を通り過ぎる。
そして、青鎧が中衛部隊にたどり着くよりも早く私が敵の間合いに入った。
瞬間、青鎧の太刀が振り下ろされる。
大人よりも頭一つ分ほど大きい身の丈から繰り出される太刀の一撃は半端じゃない。
私は即座にステップで避けたけど、切り裂くような風が私全身に襲い掛かった。
「今の攻撃、もしく受けてたら多分死んでた」
最初の一撃をサイドステップで避けたと同時に、大きく踏み込んでブロードソードを振るう。
「このっ!」
攻撃は当たった。けど、敵に与えた傷は浅く小さな傷が付いた程度だった。
私が剣を振りきった隙を突いて、太刀の横薙ぎが首に迫りくる。
体の大きさにそぐわない攻撃の速さ。でも私の目はお父さんとおじさんとの稽古で鍛えられているんだら!
私は体を屈め迫りくる太刀と交差するようにローリングして攻撃をかわす。
そして、避けた先でブロードソードを握り締めて素早くバッテンを描くように攻撃を繰り出す。お父さんに習った攻撃手段のひとつだ。
今度は私の攻撃が効いたのか、青鎧の装甲に穴が空き一瞬よろめいて見せた。
「ライピスちゃん下がって!」
スカムさんの声が後方から聞こえて、振り返る。後衛から中衛まで上がってきていて、矢に魔法を付与してクロスボウに番えていた。
私は言われたとおりに、バックステップで青鎧から距離を取る。
同時にスカムさんの放った矢が私の横を通り過ぎて、青鎧に突き刺さる。
瞬間、矢の先端が紅蓮の如く赤くなり、そして小さな爆発を起こした。
青鎧は大きく仰け反って、バランスを崩す。
そして休息の間も与えることもなく、今度は中衛部隊の魔法が私の左右を通り過ぎる。
集中砲火するかの如く、青鎧に炎や氷魔法と言った属性攻撃魔法を浴びせる。
足止めにはなっているようで、持続する攻撃に青鎧はさらにバランスを崩す。
最後の締め。追いついた前衛部隊の三人が、倒れている青鎧へ一斉に武器を振り下ろした。
「グガァァァアァッ!」
私の攻撃に爆発する矢、そして属性攻撃魔法を浴びた青鎧に避ける力などない。振り下ろされた前衛三人の武器の餌食となって息絶えた。
アクシデントはあったけど、何とか窮地を乗り越えた。同時に、初めての実戦で生死の戦いを切り抜けられたことにホッとして、私は腰を抜かす様に尻餅をついた。
もう一体の青鎧に対処しているおじさんの方へ視線を向けると、すでに戦闘は終わっていた。おじさんの実力なら青鎧程度、簡単にいなせるみたいだった。
「ライピスちゃん、大丈夫!?」
後方からスカムさんの声が聞こえ、振り返ってみると心配そうな面持ちで私へ近寄ってきていた。
「ケガしてない?」
「大丈夫です。でも、すみません。指示を無視するような行動をしてしまって……」
「それは大丈夫。気にしないで。ライピスちゃんは危機が迫っていると思って自ら動いたんでしょ? それは簡単にできる事じゃないし、すごいことなんだから胸を張ってもいいんだ」
「そうですかね……」
「そうだよ。それに近接攻撃を得意とする青鎧に自ら挑むなんて勇気ある行動だよ。褒められるべきだ」
そう言われて、私は周りに視線を向ける。すると、「助かった、ありがとう」や「よくやったな」と親指を立てて褒めてくれた。
私はみんなの命を救ったんだなって思って少し自分に自信が持てた。
「ライピス、大丈夫だったか!」
「おじさ……隊長。はい、大丈夫です。しかし、指示を無視してしまいすみません……」
私はいつもの癖でおじさんと呼んでしまうところを、なんとか軌道修正して隊長と呼びなおす。
そして足に力を入れて無理やり立ち上がる。
指示を無視したこと怒っているだろうなと、思いながら私は謝罪の意を込めて頭を下げた。
「気にするな。ライピス、おまえはよくやった。みんなを助けたんだぞ。初陣にしては良い功績を残せたな」
弾むような声でそう言うと私の頭を撫でてくれた。
おじさん、みんなが見ている前で恥ずかしいからやめてぇ……。
みんなが安堵しきった空気間に包まれたいたときだった。
——ドゴーンッ!
何かが私たちパトロール隊の近くに落ちて爆発音に近い音と地鳴りが響いた。
私は即座に頭を上げて周りを見回す。けど爆発音と同時に舞った砂埃が舞っていて視界が遮られて、何も見えない。
確認できる人は目の前にいるおじさんと、隣にいるスカムさんだけ。
「ゲホッゲホッ……何が起きて……」
その刹那。
「ぐぁぁぁっ!」
砂煙の中から隊員の悲鳴が聞こえる。
明らかにパトロール隊の人の悲鳴だ。鉄や肉を切り裂くような音と一緒に、悲鳴は休む間もなく聞こえてくる。
「ライピス、スカム、俺から離れるな!」
そう言って、おじさんは大剣を構える。
砂埃が薄くなるころ、悲鳴は一切聞こえなくなった。
そして、手前の方の砂埃が晴れた瞬間、私たちは絶句した。
「えっ……」
私とおじさんとスカムさん以外のパトロール隊、みんな体を真っ二つにされて死んでいた。
「な、なにが……」
おじさんも動揺を隠しきれない。スカムさんも同様のようだ。
生き残ったのは私たち三人だけ。こんな甚大な被害、お父さんが死んだとき以来だ。
私たちが戸惑っているその刹那、完全に晴れた砂埃の中から何かが姿を現した。
それは黒い鎧を纏った人型の魔物。両手には人の横幅はあろうかという巨大な剣が握られている。
その姿に私たちは恐怖心を覚えた。
「お、おじさん、あれって……!」
「黒鎧……、ライピスの父親……俺の親友を殺した野郎だ!」
「あの魔物が……一瞬で僕たち以外の全員を殺したの……。青鎧とは比較にならない強さだ……」
黒鎧。私のお父さん殺した魔物。
私は怒りを覚えるよりも何とも言えない威圧感から恐怖心が沸き起こり、再び腰を抜かしてしまった。
「ぐっ……ライピス、スカム! お前たちは村へ戻れ! ここは私が食い止める。じゃないと全滅する。誰かが村に戻って報告しなければならない」
「で、でも。お、おじさん、ひとりじゃ……絶対に……!」
絶対に死んじゃう。また大切な人を失うなんて嫌だ! だから私はおじさんを止めて一緒に逃げようと提案しようとした。
けど、恐怖心で体がこわばって言葉がうまく出ない。
そうしていると、スカムさんが言葉を挟む。
「僕も隊長の援護をします。ライピスちゃんは村へ戻って報告をするんだ。パトロール隊は壊滅と!」
スカムさんは矢に魔法を付与してクロスボウに番える。同時におじさんは武器を構えていた。
「スカム、おまえはまだ若い! ライピスと一緒に!」
「隊長、あの村の剣豪を葬った黒鎧ですよ! ひとりで対処するなんて無理です! だから僕も戦います!」
スカムさんの表情はいつもと違って決意に満ちていた。
あんな化け物と戦ったら絶対に死んじゃうって分かっているのに。
「分かった。スカムお前は後方から俺の援護を! 俺は奴と真っ向からぶつかる!」
おじさんは空高く咆哮を叫び、自分を鼓舞する。
そして、私の方へ視線を向けて口を開いた。
「ライピス、俺は親友に託されたんだ。私に何かあったときは娘を頼むと。だから、その使命を、今、
私は震える足を抑えて立ち上がった。でも怖くて、体はまだ震えている。震えを抑えようとすればするほど、恐怖心が湧き出てくる。
でも、何としてでも村に戻らなくちゃいけない。弱音なんか吐いてられない!
私がおじさんたちに背を向けて走りろうとした瞬間だった。
「人間、まだ生き残りがいたか。この世界はもはや魔王様の手に落ちる。反抗する人間は邪魔だ。死ぬがよい」
黒鎧が口を開いた。どこか機械的な声音で気味が悪い。
でも、おじさんとスカムさんは怯えることなく、覚悟を決めた表情で立っていた。
おじさんたちの決意を無駄にしてはいけない。私は足に力を入れて、おじさんたちに背を向けて走り出した。
「人間はひとりも逃がさぬ。貴様ら二人を殺した後に、女も殺そう」
恐怖のどん底に陥れるような言葉すらも耳に入らないように、必死に足を動かして逃げる。
「——うぁっ!」
でも、すこし進んだところで足がもつれて転んでしまった。恐怖心が拭えない足を必死に動かすのがやっとで、全力で走るなんて難しかった。
ふと後ろへ視線を向けると、おじさんと黒鎧が激突していた。
黒鎧は青鎧と比較にならない動きで攻撃を仕掛けている。一閃の如く振るった巨大な剣はそれだけで空気を切り裂き、その衝撃派だけでおじさんに傷を与えていた。
その後方ではスカムさんもおじさんを援護するように、黒鎧に向けて矢を放っている。何発も何発も放っている。けど、人の目では追いつけない速さで動く黒鎧には当たらない。
「小賢しい人間小僧! 我の邪魔をするな!」
刹那、黒鎧はスカムさんへ一気に間合いを詰める。そのスピードは目に負えない。
そしてスカムさんの目と鼻の先に黒鎧が立ったとき、一閃が空気を穿つ。
「——スカムッ!」
「——ガァッ!」
まるで生肉を切り裂くかのように、黒鎧の刃は鎧を貫通して胴体を引き裂いた。一瞬にしてスカムさん上半身は宙を舞い、下半身は力なく地面に倒れた。
「スカムさん!」
私はためらうことなくスカムさんの名前を呼ぶ。
でも、返事が返ってくることなかった。
「ライピス! なにをしているんだ! 早くいけ!」
おじさんの怒号が飛ぶ。
刹那、おじさんは黒鎧の背後から襲い掛かる。でも、超反応とも言える速さで振り向いて、黒塗りの刃はおじさんの剣を防いでいた。
私は再び前を向き走り出そうと、立ち上がった。
絶対に死んでなるものか。絶対におじさんなら勝ってくれる。そう信じて、金属音が擦れる音を背中に走った。
「ぐがかぁぁぁっ!」
けどおじさんの悲鳴が私の耳に届いたと同時に私は再度足を止めてしまった。
そしてまたしても私は、振り返っておじさんに視線を向けてしまった。
おじさん自慢の大剣は真っ二つに折れて、鎧の胸の部分は大きくひしゃげて、横一文字に穴が開いていた。そして、穴の周りには血が付着していた。
鎧の隙間からは鮮血が流れ出し、手足を伝って地面にしみ込んでいっていた。
「——! おじさーーーーんっ!」
私はたまらず、大声で叫ぶ。
おじさんが、大切な人がまた死んじゃう! やだ!
でも、おじさんはまだ立っていた。まるで私を絶対に逃がすまで
おじさんは千鳥足になりながら、黒鎧に近づき折れた大剣を振り下ろした。
でも、力がなくてただ重力に従うように振り下ろしているだけだった。
「小賢しい! 人間!」
黒鎧は一閃の如く武器をおじさんに薙いだ。
その攻撃をおじさんはただ受けることしかできず、吹き飛ばされ砂漠の上を力なく転げた。
攻撃を受けた部分は鎧が大きくひしゃげて、砂粒に赤いシミが伝わっていく。もう息の根はないのは遠目からでも分かった。
「死んだか。人間にしては、なかなかやった方だ……。だが、我の前では雑魚に変わりはない」
おじさんを見て、そう言葉を吐き捨てると黒鎧は私の目と鼻の先に瞬間移動してきた。
「女、貴様で最後だ。この地に生きる人間の居場所を白状するなら命ぐらいは取らぬぞ? どうする?」
目の前の魔物は私のお父さんも、おじさんも殺した。他のみんなも殺した。そんな奴を絶対許さない。
(負けることを考えるな! 勝つことだけを考えて先を見据えろ!)
おじさんの言葉、こんなところで負けられない。おじさん、そしてお父さんの仇は私がとる!
怒りの感情が恐怖心を上回って、体の震えは止まっていた。そして私は敵意を見せる視線で睨みつけ、愛用のブロードソードを構えた。
「そんなことしない! おまえはここで殺す!」
私は怒りのままに、武器を握り締める。言葉も荒々しくて、今までの自分じゃないみたい。
「お父さん、そしておじさん、他のみんなの仇だ!」
そして私は、怒りのままに武器を構えて黒鎧に突進した。
「うぁぁぁぁぁ!」
奇声とも言える声を上げて私は相手の間合いに入る。
「愚かな人間。死——」
黒鎧が何かを言い終える瞬間だった——。
ドガーンッ!
目の前で爆発が起きた。その熱が私にも伝わってきて、私は思わず瞳を閉じて腕で顔を覆った。
瞼を上げると前の前にいたはずの黒鎧の姿はなかった。
視線を横に向けると……。
黒鎧は不意打ちとも言える謎の爆発に巻き込まれて吹き飛ばされて、地に手を付けて怯んでいた。
「えっ!?」
そして、吹き飛ばされた黒鎧に迫るひとつの影。手には珍妙な武器を装備している。
それは人で、珍妙な格好をした男の人だった。
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