第9話 村人たちの希望

「じゃあ、行ってくる。今回こそは、この村から皆を救い出す方法を探して見せるからな」


「行ってらっしゃい。だけど無理はしないでね」


「ああ、分かっている。数日間、村を空けるが、その間は頼んだぞ」


 翌日、パトロール隊の隊員は村の入り口前で集合していた。


 私も今日からパトロール隊に所属するので、他の隊員と一緒に集まり並んでいる。縦に三人の五列に整列していて、私は一番後ろの左端に並んで前を見据えている。


 私の防具は動きやすい軽装備のもの。


 肘から先を覆う紫を基調とした籠手タイプの鉄装備を装備。胸の前面のみを守る甲冑とその下に、布製の軽量防具を装備している。


 ショートパンツを履いて、太ももから下は厚さの薄いタイプの甲冑を履いている。


 こうすることで、全身を甲冑で固めるよりも、素早く動けて足の速さだけが自慢の私には丁度いいんだよね。

 

 先頭ではダイランおじさんと奥さんのマーガレットおばさんが、ハグをしていた。


 出立前のルーティンみたいなもので、出立する前はいつもハグをしてお互いの安全祈願をしているのだとか。


「隊長と奥さんって仲がいいよね」


 隣にいたパトロール隊のひとりが私にコソコソッと弾んだ声音で話掛けてくる。


 私は少しだけ顔を動かして、視線を前から横に向けた。

 

 その人は胸と腕、ひざ下を灰色の鉄甲冑で身を固めていた。背中には使い古されたクロスボウを背負っている。


 短く切り揃えられた髪に、身長は高め。全体的にひょろっとしたイメージの男性が背筋を軽く伸ばして立っていた。


「そうですね。おじさ……、隊長はおしどり夫婦だって有名ですもんね」


 いつもの癖でおじさんって言っちゃうところだった。


 今はパトロール隊の一員なんだから、隊長って呼ばないといけない。他の人に示しがつかなくなっちゃう。


「羨ましいよ。あんなに仲良さそうな姿を見せつけられたら、俺も早く嫁さんを貰わなきゃって思う」


 おじさんとおばさんの二人を見て、男の人は小さくため息を付いた。


 羨ましさと焦る気持ちで落ち込んでいるのかな。


 なんだかちょっとかわいそうと思った私は咄嗟に話題を変える。


「スカム・ハラネルさんでしたよね。昨日あいさつに行った……」


「ライピス・シュマーちゃん、だよね。覚えてる。若い子が入ってきたって大喜びだったから、みんな、君のことを覚えていると思うよ」


 昨日、ダイランおじさんと村の見回りをして最後に、パトロール隊のみんなと顔合わせをした。そこにスカムさんもいて一番最初に話をしてくれた人だ。


 すこしチャラチャラとした感じで苦手なタイプかなと思ったけど、話しやすくて思いのほか話が弾んで顔見知りになった。


 みんな頼りがいのある先輩方で筋骨隆々な人や手先が器用な人ばかり。でも、少し怖い見た目に反してみんな優しく私を出迎えてくれた。


 少し驚いたのは、女の人もいたこと。しかも戦士だっていう。加えて、扱う武器は身の丈以上にある戦鎚せんついだとか。


 男の人に負けず劣らずの、強力な戦士なんじゃないかって思う。


 私も彼女とたちと肩を並べるぐらい強く、戦鎚を持てるぐらいの強い戦士になれたらと思った。

 

「今日がパトロール隊に所属して初の任務だったね。武器やアイテム、食糧なんかは持った?」


「はい、大丈夫です。武器は愛用のブロードソード。回復アイテムと食料は背負っているリュックに入れています」


「いいねぇ~。分からないこととか、何か足りないものとかあったら僕や他のメンバーに言うといいよ。力になってくれるから」


「ありがとうございます。これからよろしくおねがいします」


 私は軽く会釈した。


 私とスカムさんがキリのいいところで話を終えると前方に視線を向ける。おじさんとおばさんの会話も終わったようだ。


 おじさんは今回もパトロール隊の隊長を勤める。


 隊長であることを示す赤いトサカのついた兜を被る。そして身の丈の八割ほどの大きさとかなりの横幅がある大剣を背負う。


 そうして装備が調ったところで整列するパトロール隊の十五名へ向き直った。


「俺たちパトロール隊はここに住む人々の希望だ。絶対に失敗は許されない。気を引き締めろ!」


「ハイッ!」


 鼓舞とも言えるおじさんの気合の入った声音にみんなは一閃の如く鋭い返事をした。それにならって、私も鋭く短く返事をした。


「今回の任務は、村周辺のパトロールと村人たちが安心して暮らせる移住先を見つけることだ。人々が暮らす街や王都なんかがいい」


 たぶん、今回は数日間かけての任務になる。魔王軍の支配下にまだ入っていない場所を見つけるのにどれだけの時間を要するのか分からない。


 そもそも、私たちの他に生き残りがいるのか分からないし、魔王軍がどこまで侵攻しているのかすら分からない。


 だから最低でも、希望となりえる情報だけでも持ち帰らないといけない。どれだけ被害が出ようとも、村人たちを救い出す手段を探すのが私たちの任務だ。


 おじさんが話を終えると、最後に隊員たちに武器や防具を装備しアイテムや食料をチェックするよう指示する。


 私も抜かりないよう武器や装備品、リュックの中身を確認する。外に出たら、任務を終えるまで戻れないから念入りに確認しないと。


 そして……。


「では、行ってくる。パトロール隊、出立!」


 おじさんの大きな掛け声に、パトロール隊は入り口に向けて歩み出した。その様子を後方から見ていた村人たちは手を振り、私たちを見送ってくれた。


 村の外に出るには、細く長い洞窟を抜けていく必要がある。奥まで進むと突き当たりにぶつかるので解除魔法を唱える。すると、外から村の入り口を見えないようにしている偽装された岩が消える。同時に洞窟内には光が入り込んできた。


 隊員のみんなは光に吸い込まれるように、歩いて行く。私もその後ろをついていった。


「こ、これが外の世界……」


 光の先には外の世界が広がっていた。


 初めて来た村の外。窮屈な村の中とは違って、とこまでも視界が広がっている。


 他の隊員は見慣れたような表情をしていたけど、私だけは物珍しさで周りを見回した。


 でも、第一に抱いた感想は……。


「外の世界って……こんなにひどい場所なの……?」


 魔王軍に侵攻される前、アリ村が前の場所に会ったとき、周りは緑に覆われてきれいな空気で澄んでいたって聞いていた。


 だから、村の外もそんな感じだろうと思っていた。


 でも違った。空は薄暗く灰色の分厚い雲が覆っている。微かに太陽のある位置は見えるけど、青空は全く見えない。


 周りには緑なんてものはなく、ほぼ見渡す限り砂漠と地面から吐出した岩だけ。他には黒く焦げた丸太とかしかない。


 みんなが外に出ると、村への入り口は偽装の魔法で岩山と同化して隠された。


 隊員たちは再度、整列するとおじさんを先頭に歩み始める。


 私もあとを付いて行く。足元は細かく砕けた乾いた砂で足場が悪くて歩きづらい。足を前に出すたびにバランスを崩して転びそうになる。


 加えて心地いいと噂の風が、砂嵐を起こして視界を奪う。それに肌や目に砂粒が当たって痛い。


「ライピスちゃん、大丈夫?」


 慣れない環境に遅れて歩く私の前を歩いていたスカムさんが、心配な面持ちで声を掛けてくれた。


「大丈夫です。ありがとうございます」


「浮かない顔だけど、どうしたの?」


「はい。すこしショックだったもので……」


「ショック?」


「はい。アリ村が前の場所に会ったときは緑に囲まれた自然豊かな場所だと聞いていました。だから、今も外の世界は緑がある場所だと思っていたんです」


「でも、予想と違かった?」


「こんなにも、不毛の地だとは思わなかったですから」


 スカムさんは話を聞きながら、ズンズンと先を行く隊員を尻目に遅れている私の手を握る。そして他の隊員と遅れをとらないように先導する。


 無理に引っ張らないよう、私に歩幅を合わせつつ、本部隊を見失わないように先導してくれる。スカムさんのその優しさが私には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「元はここもこんな不毛の地じゃなかったんだ。それこそ、たくさんの木々が生えて緑に囲まれていたらしいよ」


 手を引っ張っりながらスカムさんは話を続ける。


「だけど、魔王軍の侵攻で森は焼き払われた。そして残ったのは不毛の地」


「じゃあこの砂漠も……」


「不毛の地と化した影響。不毛の地と化した場所じゃ魔王軍と遭遇しやすい。だからパトロール隊の本体と離れないように気を付けるんだ、ライピスちゃん」


 歩きなれない砂漠を、スカムさんが先導してくれているおかげで何とかついていけてる。もしスカムさんや他の隊員が遅れる私に気づかなかったらきっとはぐれて、迷子になる。そして私一人ではどうしようもなくなって死んでいたと思う。


 そう考えると、怖くて仕方がない。パトロール隊って本当に厳しくて大変なんだなって思った。


 そんなことを考えていたときだった。


「——敵襲ッ!」


 突然、前方からおじさんの怒号とも捉えられるような声音が聞こえた。


 きっと魔王軍と接敵したんだ。

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