第36話 最強 VS 最恐
屍の山が築かれるまでそう時間はかからなかった。
地面が真っ赤に染まるほどの鮮血が
誰もがこの場に立てば、気分を害し、目眩や頭痛といった不調を覚えるだろう。
しかしその様な気分を害すような者はここにはいない。いなくなったと言った方が正しい表現だろう。
漆黒鎧の魔法によって白銀の騎士団は壊滅した。
騎士団の象徴である白銀の鎧は潰れ、切り刻まれ、赤く血塗られ、地面に転がっている。
「はぁ……、はぁ……。くッ……」
「他の人間共は雑魚であったが、貴様は違うな。我輩の攻撃を受けてもまだ立っているられるとは、中々根性のある人間よ!」
ただ1人を除いては。
「気に入った人間! ボロ雑巾のようになりながらも、我輩に向ける敵意の視線! 天晴れなり! 良い記念だ、名を聞かせよ!」
最強の騎士団全員を1人で相手したのにも関わらず、漆黒鎧は元気そのものだった。
体力・魔力共にまだ余力があるようで、底知れない強さを感じる。
「名を聞いて……どうする!」
すでに深手を負っている騎士団の唯一の生き残りは息を切らしながらも、怒声を浴びせる。
対し、漆黒鎧は弾んだ声音で返事をする。
「我輩の攻撃を受けても立っていたのだ。そのような強者の名を知るのも、また一興であろう?」
「魔族のくせにッ! 不快だ!」
白銀の鎧を纏った騎士は、握りしめた聖剣の先を漆黒鎧へと向け鋭い眼光で睨みつける。
「そう怒鳴るな人間。死闘を繰り広げる前に互いの名を語るのは、人間の世界でいう礼儀なのだろう? ならその礼儀の乗っ取ろうではないか」
漆黒鎧は、魔法で形成した水色に光る太刀を消滅させ、武装を解除する。
敵意がないことを証明したいようだった。
このような状況下で誰も相手の話に乗ることはないだろう。
しかし、敵は万全とも言える状態。こちらは深手を負っている状態。今戦いに持ち込んでも勝ち目などないのは明らかだった。
「ぐっ……。分かった、いいだろう」
一時的にも休息を取れるならと、相手の話に乗る。
渋々ながらも、白銀の騎士は相棒の聖剣を先端から地面へと突き刺し、柄から手を離す。
「それで良いよい! 我輩が言い始めたことだ。こちらから自己紹介させてもらおう! 我輩は漆黒鎧・チェムノスター・シュティレ。3種の神鎧のトップに君臨する王である!」
その名を聞いて白銀の騎士は驚いた表情を見せた後、どこか納得したような表情を見せる。
「ふむ、3種の神鎧と聞いて及び腰になるかと思ったが、意外と冷静であるな」
「だいたい予想はしていた。私の仲間を一瞬で倒せる相手など、3種の神鎧か神ぐらいだからな」
「ほーう、なるほど。人間にしては頭の回る奴よ!」
漆黒鎧は「ハッハッハッ!」と高笑いをしてみせ、愉悦に浸る。
「さぁ、次はお主の番だ! 名を申してみよ!」
しばらく笑い、満足すると、白銀の騎士に人差し指を向けた。
「私は……レイ・フォース。白銀の騎士団の隊長だ……。王都では世界一の剣豪として慕われている」
「そうであったか! どうりで我輩の攻撃を受けても、立っていられるわけだな!」
戦う相手が最強と名高い人間だったことに歓喜を覚えたのか、漆黒鎧はさらに声を弾ませる。
「最強の人間が、我輩の前に立つことがあろうとは、これほど嬉しいことはなかろうぞ!」
自己紹介も終わった。このまま、死闘が再開されるかと思いきや、漆黒鎧が愉悦に浸った声でとある提案をする。
「レイ・フォースよ。我輩の仲間にならぬか?」
「こんな状況でよくそんなふざけたことを言えるな」
まるで仲間になれば世界の半分を分けてやろうと言わんばかりの提案。
互いの視線がぶつかり合い、今にも死闘が行われそうな雰囲気で、馬鹿げた提案をしてくることに、レイはふざけているとしか思えなかった。
しかしそれはすぐに、ふざけたものではないと悟る。
「ふざけたことではない。大真面目であるぞ。お主の手は血に汚れ、目の奥にはドス黒いものが渦巻いている。多くの人間を見てきた我輩には分かる。お主は騎士団を続けることを、窮屈に思っているのだろう?」
先ほどの弾んだ声音と打って変わって、真剣そのものの冷静な声で提案の理由を告げる漆黒鎧。
その言葉と雰囲気に、レイは驚きを隠せなかった。
「何を言ってッ……!」
レイは、それ以上言葉を紡げなかった。
瞳を伏せ、歯を食いしばり、黒い瞳を見開く。拳をギュッと力強く握り、自分の心の中にある邪悪な部分を否定しようとする。
しかし、体は正直なもので、心臓は早鐘を打ち、額からは脂汗が滲み出ていた。
「お主の本質は人殺し、殺人鬼。過去に何があったのかは知らぬが、騎士団はお主の邪悪な部分を隠すための面の顔であろう」
核心となるものも、証拠となるものも何もない。
ただ前に立つ1人の人間を見て、漆黒鎧は自信を持って言い切る。
「ハァ……ハァッ!」
ただの揺さぶりと思われる発言だったが、レイの心臓は早鐘を打ち、呼吸の感覚も短く浅くなっていく。
レイの脳裏に何かがフラッシュバックしているようだった。
「違う、違う……。私は、人類の希望となる騎士団の隊長だ……。私は変わったんだ! あれは村の奴らが悪いんだ! 自己防衛のための犠牲だったんだ……。私は……俺は何も悪くない」
レイは過去の過ちを否定し、自信を肯定するような言動を呟きながら、膝を地につける。早鐘を打つ心臓を押さえ込むよに自身の胸に手を力強く押し当て、片手を地面につける。
そんな彼を目の前にした漆黒鎧はさらなる甘い言葉を放つ。
「もう良いのだ。自分を偽り、窮屈な人生を送るのは苦しかろう。我輩の仲間になれば、その苦痛から逃れられる。お主の好きな、『快楽殺人』も躊躇なくできる。お主の本性を曝け出して見よ」
本性を隠すために偽ってきた人生。苦しく辛かった。それから解放されるのかと思った途端、レイの中で何かがプツリと切れた。
その時だった。
「レイ……様。私も……戦います……」
レイの後方から、人の声がしたのだ。
そこには、白銀の鎧を身に纏った人物が立っていた。
血の海と化したこの場所で、レイの他にもう1人生き残りがいたのだ。
その人物は数少ない女性団員のひとりだった。
「ハァ……ハァ……」
片腕は潰れ、白銀の鎧は赤く染まり、ボロボロ。鎧に空いた穴から血が流れ重傷を負っていることが窺える。
残った片腕で白銀の剣を握り立ってはいるが、体はふらつき、気を抜けば倒れてしまいそうだ。
それでも騎士団員はレイを助けるべく、全身に力を入れてふらつく足で前に進む。
「フゥー……、フゥー……」
苦しみの表情を浮かべ痛みに耐えながらも、呼吸を続け自分の使命を果たそうとする。
まさしく騎士団の鏡だった。
過呼吸になりながら倒れそうな体を鍛えた体で踏ん張り歩み続ける。そしてレイのすぐ後ろまで近づいた。
「あの時の快楽をもう1度……」
レイは何かを呟くと突き立てた聖剣を握る。
「レイ様……どうぞご無事でッ――!」
騎士団員が労いの言葉を言いかけた刹那――、レイは振り向きざまに聖剣を一閃させた。
「――レ、レイ……様っ」
レイの薙いだ聖剣は白銀の鎧を貫通し、仲間の生身に傷をつける。
その攻撃は明らかに命を刈り取るもので、彼の握る聖剣からは殺意が漏れ出ていた。
「どう、して……!」
斬られた反動で騎士団員は数歩後ろへ下がると、裂かれた鎧から鮮血を垂れ流し仰向けに倒れる。
「悪いな。やっぱり私は人間が死ぬ様を見るのが好きなようなんだ。痛めつけて、弄んで、なぶり殺すのが」
そう言いながら仰向けに倒れる団員の側に立つ。
レイの目は明らかに今までとは異なっていた。隊長として意気揚々としていた時とは違い殺戮者の目をしている。獲物を逃すまいとする狂人の目だった。
「これから私は何も我慢せず、自分を曝け出して快楽のために生きる。幸せを掴む。お前は最初の礎となってくれ」
仰向けに倒れ、今にも意識が途切れそうなかつての仲間に、レイは冷たい視線を向けて、冷静に言い放つ。
その声音は抑揚がなく、冷酷さが伝わるほどに恐ろしさを覚えるものだった。
「まだ、お前は楽しめる。死ぬその時まで痛ぶってやるよ」
「ぐぁぁぁ! やめて……! やめて下さいレイ様……グハァッ!」
騎士団員の瞳に映っていたのは、凛々しく誰もが尊敬するレイではなく、悪魔のように歪んだ笑みを見せる不気味な存在だった。
聖剣を何度も振り下ろされるたびに、女性団員は苦痛と悲嘆の声を上げる。
「や、めて……」
聖剣が白銀の鎧に突き刺さるたびに、火花を散らせ甲高い音が鳴り響く。
加えて肉を切り裂くグシャリグシャリという生々しい音が混じる。
「この音と感触、一緒だ。あの時の気持ちよさを思い出す」
音がなるたび、レイの歪な笑顔は狂気とも言えるものへと変わっていき、騎士団の隊長を務めていた面影などどこにもない。
そこにいるのは誰が見てもただの快楽殺人者だ。
(レイ様……、どうしてしまったの、ですか。かっこよく、皆が憧れるレイ様は、どこへ……)
騎士団員の瞳からは光が失われ、口からは血を流し、もう声を出す気力などなかった。
最後の力を振り絞って、頭の中でレイが正気を取り戻してくれることを願うほかなかったのだ。
そうして最後の生き残りだった騎士団員は、レイの手によって惨殺され、見るも無惨な姿へと変わっていた。
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