第52話 最強の4人

 ――サンドワームが負傷した同時刻――


「2人とも止まってくれ!」


 細くもたくましい背中を見せて走る2人に声をかけ静止を呼びかけるリアン。


 突然の呼び止めに、ライピスとマオは逸る心を殺し足を止めて振り返る。


「なんだリアン。止まっている暇はねぇぞ」


「そうですよリアンさん。前線の援護に行かないと、この街もマオの友達もみんな死んでしまいます」


 焦りの表情を見せるライピスとマオを尻目に、リアンは空を見上げこめかみに指を当てる。


 インプラント化したリアンの義眼は一定の間隔で、赤い点を光らせる。


「それは分かっている。けど、マリガンとの通信が復旧しそうなんだ。無線のノイズに微かに声が乗っている」


 ここにくるまでの間、リアンはマリガンとの通信を何度か試みていた。


「マジか! ならアタシらにも勝機はあるってことだな!」


「ああ、そうだ。さっきも言った通り、サンドワームはたぶん異物だ。異物に対処するには、それ相応の支援と装備がいる」


「この世界のものではない、別世界の存在。『異物』。リアンさんから話を聞いたとき、そんな存在が敵として立ちはだかるわけがないと思っていましたが、以前、リアンさんが召喚したタイタンや、この街の惨状を見る限り信じるしかないですね」


 ライピスたち人類にとって、魔王軍という存在は強力な相手だ。それが、先代魔王軍として枝分かれしても、相応の強さを持つ。


 先代魔王軍も以前は魔王軍に所属していた者の集まりのため、戦いに長けた魔族が多くいる。


 そんな者たちが集まる先代魔王軍がサンドワームにを止められないとなると、異物がどれだけ恐ろしく強い存在なのかが、見えてくる。

 

 先代魔王軍が止められないサンドワームの進行を一時的に止めることはできても、完全に停止させることはできるだろうか。


 答えは難しいの一言だろう。


 その理由は、サンドワームが異物と呼ばれる存在であることに起因する。


 異物とは、別世界のものが、なんらかの原因で、本来存在し得ないものが出現したものこと示す。


 リアンがサンドワームの異物である可能性に気付いたのは、魔都を襲った発射物だ。


 以前、リアンは旅していた世界で見かけたことがあり、凶悪すぎる武器として人類に認知されていた。


 加えて、あの発射物はミサイルのような人工的に作られた武器であり、この世界には存在し得ない技術なのだ。


 しばらく通信を繰り返すと、無線に混じるノイズが鮮明になっていき、やがて聞き覚えのある声がリアンの脳内に届いた。


「――リ――ン! 聞こえる!? リアン!」


「マリガン! ようやく繋がった!」


 通信が無事つながったことで、リアンは安堵の表情を見せる。


「また、話ができなくなったらどうしようかと……。不安だったわ……」


「俺もだ。こうやって話ができて嬉しいよ」


「私もよ」


 イチャイチャとしているようなリアンに、ライピスとマオは首を傾げ、ため息をつく。


「リアン、久しぶりの再会でイチャイチャしてーのは分かるけどよ、今は一刻を争うってことを忘れてねぇか」


「えっちした相手が目の前にいる状態で、他の女性とイチャイチャするとか、とんだお猿さんですね」


 あらゆる角度から攻められる彼女らの言葉に、グサリと刺されたような痛みを覚えるリアン。


 決してイチャついていないとリアンは否定するが、言い訳じみたことを述べるほど、ライピスたちの表情は怪訝なものとなっていく。


「その、ごめん。ちょっと浮き足立ってた」


 リアンは咳払いをひとつすると、頬を少しばかり赤らめながらライピスたちに頭を下げた。


 その行動に、2人は再度ため息をつく。


「わぁーたから、話を進めろ」


 マオは呆れたように、そう言い放った。


 マリガンが愛しきリアンの元を離れると、現在の状況について話し始める。


「まず、私が知っている限りの現状を伝えるわ。まず、あなたたちが呼称しているサンドワーム。その正体は、ブロウクラーワームタイプと呼ばれるものよ」


 ブロウクラーという言葉が出た途端、リアンは驚きと戸惑いの表情を見せる。


「どうしてブロウクラーが!? なんでそんなものがこの世界に!」


 そして、冷静であるリアンが別人格が乗り移ったかのように取り乱す。


 リアンにとって、ブロウクラーは過去の仲間を殺した憎き存在。思い出したくも、出会したくもない存在なのだ。


 その光景に、ライピスとマオは戸惑いを見せる。


「お、おいリアン。落ち着いて……」


 そう言って、マオはリアンをギュッと抱きしめる。昔母親にやってもらったときのように。


 すると、リアンの表情はいつもの冷静さのあるものに戻す。


 リアンも反射的に抱きしめ返すと、「ありがとう、マオ」と言っていつもの雰囲気がその場に訪れた。


「辛いだろうけど、続きを聞いてほしいの」


「分かった。続けてくれ、マリガン」


「ブロウクラーワームタイプは、大型タイプの特殊機械兵器。強固な装甲で覆われた、ワームタイプは並大抵の力では倒せない。それこそ、ペスやカラメルといったフレムでも、厳しいと思うわ」


 以前の仲間であり、助けられなかった仲間も名前を久しぶりに聞いたリアン。


 少し取り乱しつつも思い出に浸る。


 思い出したくもないものだが、それでも彼女たちと培ってきた思い出は1番濃厚に脳裏に刻まれていたものだからだ。


「なるほど。大体の状況は把握しました。それで、これからどうしますかリアンさん」

 

「あ、ああ。以前のようにタイタンを送ってもらう。それでサンドワームに――」


「それは無理よ、リアン」


 リアンが言葉を言い終える前に、マリガンが割って入る。


 2人にも聞こえるように、マリガンの声を手持ちの小型スピーカに切り替える。


「あ? 無理ってどういうことだ? 前にタイタンを送り込んで、アタシたちを助けてくれたじゃねか。今回も同じことをすりゃぁ、いいだけの話だろ?」


「マオちゃんと言ったわね。確かに、タイタンを送り込めればいいけど、無理なのよ」


「どうしてなんだ、マリガン」


「今まで通信が繋がらなかったのは、何者かによる電波妨害。それもかなり強力なやつ。今通信できているのは、妨害電波が弱まったからなのよ」


「なるほど。それと何が関係あるんですか?」


「妨害電波は弱まったのだけど、まだ電波は発信されている。この電波が除去されない限り、タイタンのような大きな兵器は送れないのよ。送れるのは小さいものだけ」


 何者かによる電波妨害。


 リアンが真っ先に思いついたのは、この世界のものではない何者かの仕業ということ。


 この世界の文化や世界観的に、住人が電波妨害などという、高騰技術を持ち合わせているはずがない。


 そうなると、異物や異世界トラベラーの存在が関係している可能性が高いことだ。


「なら、どうすればいい。タイタンが使えない以上、大型のブロウクラーを相手するのは厳しいぞ?」


「1つだけ案があるの、リアン。それは――」


 マリガンによって伝えられた作戦内容にその場にいた3人は納得したように頷いた。

        


 ――2分後――


 3人の前に小型のワープゲートが現れる。そこから姿を現したのは、1人の女性。


 灰色のショートヘアーに、赤く優しい目つきをしている。


 肩と太ももの部分は肌艶のいい肌色が露出しており、他の部位は白や黒といった装甲で守られている。


 背中には頭身の2倍はあろうかという武器が担がれていた。


「こうやってリアンの前に姿を現すのは何年振りかしらね。アンドロイドドールでの対面だけど」


 ハリのある聞き慣れた声が女性の口から響き渡る。


「そうだな、マリガン。アンドロイドドールという機械の肉体だけど、心は本物の人間と同じだと思う。どんな姿になっても素敵だよ」


「そう? 優しいところはいつまでも変わらないのね」


「1番最初に愛した女だからな」


 リアンとマリガンのやり取りを見ていたライピスとマオは、「まただよ……」と呆れたようにため息をついた。


 2人の痛い視線に気づいたリアンは、咳払いを合図にその場を仕切り直した。


「初めまして、ライピスちゃん、マオちゃん。マリガンよ。仮物の肉体で失礼するわ」


 マリガンは初対面ながら、相手の懐に飛び込むかのように距離感を詰めると、丁寧にお辞儀をする。


 つられて、ライピスとマオもお辞儀を返した。


「仮物の肉体ってどういうことですか? 私には人間にしか見えないのですが」


 ライピスは視線を上げると、気になったことをマリガンに質問する。


「この肉体はアンドロイドドールと呼ばれる機械人形。外見を人間に似せた機械の肉体なのよ」


 外見は特殊シリコンを使った肌で覆われている。そして中身は、鉄や鉛、導線による配線などがびっしりと詰まったものとなっている。


「つまり、人間の姿をした化け物ってことか」


「まぁ、この世界での考え方では間違ってはいないけど……。バケモノ呼ばわりはちょっと傷つくわね……」


 マリガンは続ける。


「そして今ここにいる私は、マリガンステーションに搭載されているAIのコピーなのよ」


 一応、分かりやすく説明したつもりのマリガンだったが、AIだのコピーだの、この世界にはない言葉に困惑するしかなかった。


「その、なんていうのかしら。私、マリガンの分身がこの場にいるって考えてもらって大丈夫よ」


「そのくらいなら、バカなアタシでも理解できる」


 なんとなく理解できたことが嬉しかったのか、マオはグッと力強く親指を立てた。


「それで、サンドワームにどう対処するんですか? マリガンさんが来た以上、何か戦略があるのでしょう?」


「これを使うのよ。ライピスちゃん」


 マリガンは背負っている武器に手を伸ばし、ズシンッ、と地面に置いた。


 自分たちの背丈の倍はある巨大な武器に、ライピスたちは呆気に取られる。


「大きな武器ですね……。それも、かなり重そう」


「レールライフルって言うんだけど、これで大体、1トンかな」


 そう言って、マリガンはレールライフルを構えてみせる。


「1トン!? そんなもん、よく持てるな」


「私はアンドロイドドールで、中身は機械だから。どんなに重くても大抵のものは持てるわ」


 証明するように、マリガンはレールライフルを担いで、屈伸や片足立ちなどをして見せる。


「マリガン、そのレールライフルでどうするんだ?」


「大型のワーム型ブロウクラーについて調べたところ、どんな攻撃をも防ぐシールドを纏っているみたい。このレールライフルはそのシールドを剥がす武器なのよ」


「つまり、シールドを剥がしたら、アタシらが直接攻撃を加えればいいんだな?」


「そうなんだけど、頭部を覆う円錐の装甲をまず壊してほしいの。そして頭部本体に搭載されているレーザー兵器を破壊してほしいの。あれがある限り、この魔都は破壊され続けるわ」


「分かった。そいつはアタシに任せてくれ」


「1人で大丈夫か?」


「こんなかで1番火力を出せんのは、アタシだろ? 1人で戦った方が、周りを気にせず戦える」


「なら、俺とライピスはマオを援護しつつ、前線に出ている番兵たちをサンドワームから遠ざける役目を担おう」


 大まかだが、作戦内容は決まった。


 早速、サンドワームの元へ向かおうとマリガンに背を向けた途端、呼び止められる。


 3人は再び、マリガンに向き直る。


「もう1つ報告。ワーム型についてより詳しく調べていたんだけど、どうやら電波妨害機能が装備されているみたいなの」


「じゃあ、マリガンと通信ができなかったのは、ワーム型が現れたからってことか?」


「そうかもしれない。でも、辻褄が合わないのよ。シールドを剥がす力を持つ技術はこの世界にないはず。直接ダメージをあたられる力はないはずなのよ」


「でも、電波妨害は弱まった。考えられるのは、意図しない形でシールドを破ることができたのか、もしくは他のトラベラーが手を貸したかだ」


 妨害電波が弱まった理由はいまだに分からない。


 しかし、意図しない形で、マリガンとの通信を再開できたため、終わりよければすべてよしである。


「これから作戦を手短に説明するわね。内容は簡単、私がレールライフルを撃ったら、自分の持て余す力をぶっ放せ、よ!」


 安直な作戦ではあるが、勝機の見えるシンプルなものだ。


 4人は顔を見合わせて頷くとマリガンは発射体勢を取り、リアンたちはレールライフルを背に走った。


 



「マオ、これを渡しておく」


「あん? こいつは指輪か?」


「特殊な力が吹き込まれた、指輪だ。薬指にはめるとその人物が持つ能力を最大限に引き出してくれる。もしものときに使うといい。万が一もあり得るから」


「分かったよリアン。ありがたく、使わせもらう」

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