第57話 異物の脅威
「くっそぉぉぉぉ!」
魔王の娘は苦悶の表情で叫びながら親友を抱き抱え、走る。
「亜空喰いさえ使えれば、すぐに移動できんのによ! 肝心なときに愛武器の戦斧ねぇ!」
亜空喰いができるマオの戦斧は、魔都に着いたと同時に没収されている。
場を離れるには、走る他ないのだ。
マオが走り始めてから数分後、サンドワーム周辺の空気に熱が籠る。
風が吹き荒れ始め、近づけば熱風に体を焼かれるだろう。
「グギャアアアア!」
不快な咆哮を響かせると同時に、サンドワームは塔のように反り立つ。
そして……。
――グゴォォォォン。
電気を帯びた球体状のエネルギー爆弾がサンドワームを中心に放電された。
近くを飛んできたコウモリが放電に巻き込まれ、体を小刻みに震わせる。
その直後、黒く変色し塵となって熱風と共に消えた。
マオたちはあと1歩遅れていたら、コウモリのようになっていただろう。
「まだ隠し球を持ってるかも知れねぇ。もう少し、デカブツから離れるか」
その後もマオはしばらく走り続け、鉄塊との距離を確保できたところで、親友をそっと地面に座らせる。
「スフィー、具合はどうだ?」
「ええ、何とか……。アルこそ大丈夫?」
「アタシのことはいい! 黒竜の力を使いすぎだ! 顔色が悪いぞ!」
「大丈夫よ……。力は解いたから……。黒竜の力を使用した反動がきているだけ……。一時的なものよ……」
呼吸を荒くし、苦悶の表情を浮かべながら力のない声で答えるスフィア。
弱りきっているのは明白だった。
「無理をさせてしまって、すまねぇ、スフィー」
「……気にしなくていいのよ、マオ……。親友が困っていたら、助けるのが普通でしょ?」
苦しい中で、マオに微笑むスフィア。
その笑顔はどこか切なく、マオ自身も胸を締め付けられるような苦しさを感じていた。
そんな親友の苦痛を少しでも和らげてあげるべくマオは優しく寄り添う。
大きく脈打つ背中を摩り、乱れる呼吸を整えさせる。
「少し休もう。サンドワームからは距離をとったから大丈夫だ」
苦しむスフィアを介抱しながら、自分たちが走ってきた方向に視線を向けるマオ。
視線の先には、塔のように高く聳え立つサンドワームが視界に入った。
マオが強烈な一撃を加えてから、サンドワームは急に聳え立ち動かなくなった。
けたたましい咆哮を響かせ、分厚い鉄で覆われているはずの体側は人間の皮膚のように脈打っている。
まるで、機械兵器ではなく生き物のようだった。
「何が始まろうとしている……」
サンドワームが反り立ってから、変化がない。
状況が分からないまま、刻一刻と時間は過ぎていく。
「デカブツが動かないうちに、リアンたちのところに――」
次の行動を試行していた突如、咆哮が止んだ。
同時にサンドワームの顔部から5つに裂け始める。
顔部から始まった枝分かれは、徐々に下へと下がっていく。
ミシミシと音を立てて分かれていくその姿は、まるで花が開花を始めたかのよう。
別生物に変わり始めている、もしくは進化していると言ってもいいだろう。
「何が起きてやがる!」
苦虫を噛み殺したような表情でサンドワームの行末を見守るマオ。
鉄塊はメキメキという不愉快な音を響かせながら開花を進める。
まるで、人間の皮膚が裂けていくような気持ち悪さがあり、見る者を不快にさせる。
白銀の騎士団や黄金の騎兵団と行動を共にしている番兵たちの何名かは、不快な音と見た目に気分を悪くしている。
「グギギギギィィ……」
地を切り裂くようなサンドワームの嘶きが響き渡る。
同時に開花が最後尾手前で止まった。
ラフレシアのように花を開かせた鉄塊。
裂けた部分からは、血のような色のオイルのような粘り気のある液体が体側を伝って地面に落ちる。
次の瞬間だった。
タコの足のように広がった5本の体側が同時に地面を叩く。
グォン! という音ともに鉄塊は高く飛び上がる。
宙で頭と尾を反転させ、分断した体側が下に向ける。
そして5本の体側を足にして、ドシンッ! と空気を揺らし地面に降り立った。
タコやクモのような見た目に変貌したサンドワーム。
尾だった部分が頭部となり、東西南北に向かって4つの赤い目を光らせた。
「第2フェーズってことかよ。こりゃぁ、アタシも死ぬ気で戦うしかねーな」
その様子を誰よりも近くで見ていたマオは親友のスフィアを介抱しながら呟く。
「スフィー少し場所を移す。一度抱き抱えるぞ」
「……大丈夫よ……。自分で動けるわ……」
スフィアが苦しそうに咳き込むと、少量の吐血が見られた。
(スフィーの体調が芳しくねぇ。ここは一旦、スフィーを安静に休ませることができる場所に移動した方がいいな。その後はアタシ1人でデカブツを何とかする)
マオは彼女の要望を無視して、両手で抱き上げる。
サンドワームに背を向けると、安全な地へ向けて走り出した。
(一刻も早く、スフィーを安全な場所に!)
親友の回復を願うと自然と足に力が入るマオ。
自身の命を犠牲にしてでも、救いたいという気持ちが強いようだ。
しかし、その気持ちは簡単に破られる。
――ギロッ――
東西南北に向いたサンドワームの赤光の目。その1つがマオの背中を捉えたのだ。
サンドワームは顔部を地に着くギリギリまで落とすと、一気に顔部を持ち上げ勢いのまま高く飛び上がった。
弧を描くように移動し、地面に着地。
そこは、マオの背後だった。
「なんでアタシらのところに来んだよ!」
スフィアを守りつつもサンドワームを退ける。
そんな曲芸ができないことぐらい、今のマオには分かっていた。
戦えば死ぬ。逃げても死ぬ。八方塞がりの状態だった。
マオが袋の鼠の状態だと理解したのか、赤光の目はより強く赤く光る。まるで嘲笑うかのように。
すると、赤光の目が熱を帯び始め、光を集め始める。
赤く不気味な目はマオを捉え、同時に赤光のレーザーを放った。
迫るスピードは、マオが走るスピードの数十倍。
逃げ切るのは確実に無理だと理解した。
マオは咄嗟にレーザーを背にしてスフィアを抱きしめた。
「すまねぇ、スフィー……。お別れだ……」
「マオ……。ずっとそばにいようね」
スフィアは切ない声で微笑み、マオの頬を優しく撫でる。
まるで、昔に戻ったかのような懐かしい気持ちに包まれた。
地を揺らしながら一直線にマオの背中へ向かうレーザー。
迫り来る熱を感じながら、マオはより強く、スフィアを抱きしめた。
――テリトリープロテクション展開!――
マオは絶対に離れまいとスフィアを抱きしめて、数秒。
いつまで立っても死が訪れないことに違和感を覚える。
一時もスフィアから目を話したくないマオだったが、恐る恐る振り返った。
「――! リアン!」
「ごめん遅くなった!」
そこに鉄塊に向かって仁王立ちしていた人物が1人。
救世主とも言えるタイミングで来てくれたリアン・マティアスだった。
インプラントに備え付けられた球体型のエネルギー防壁『テリトリープロテクション』を展開し、レーザーを防いでいた。
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