第2章 魔王の娘
第14話 アルディート
「ぬぐぅ……! あの小賢しい人間め! 次こそは必ず!」
逃げかえるようにポータルを通り魔王城へと帰還するなり黒鎧は、脱力したかのように近くの壁にもたれ掛かる。
予想以上に腹部に負った傷が深手であることが原因だろう。どことなく足取りもフラフラとしている。
しかし人間に傷を負わされたという屈辱と苛立ちで、痛みなど忘れ壁に拳の脇腹をドンッと打ち付ける。
彼がポータルでテレポートしてきた先は、魔王城の廊下。横幅が広く、突き当りまでの距離が長い。さらには天井もかなり高く設計されており、廊下という場所でありながら開放感のある作りになっている。
外に面している壁には窓枠が等間隔ではめ込まれており、薄暗い光が廊下を照らす。魔王城の周りはいつも雲がかかっており、太陽を拝める日はない。
向かい側の壁には、個室や大部屋に続くドアノブのついた扉が廊下が続く限り並んでいる。扉の大きさは、人間たちの建造物で使われるものよりも二回りほど大きく、図体が大きい黒鎧でも問題なく通れる大きさだ。
そして黒鎧の目の前には、目的の個室へと続く薄い黒色の扉が静かに佇んでいる。
「早く、救護魔族に回復してもらはねば……」
腹部に空いた風穴が思ったよりも深手だ。いち早く救護魔族による治癒を受けなければならない。
腹部から溢れ出る緑の鮮血を押しとどめるように自身の手のひらを当てつつ、ドアノブに手を掛けようとした瞬間だった。
「おいおい、黒鎧のスヴァヘレスじゃねぇか! つーか、その傷どうした? まさか、人間にやられたのか? だっせーな!」
突如、快活な声音の少女が廊下に木霊し、黒鎧に向かって前方から歩いてくる。
その声音に、黒鎧は体をびくりとさせドアノブから手を離し、近づいてくる少女に向き直った。
「ア、アルディート様! 魔王のご息女様がなぜこのようなところに!」
黒鎧のスヴァヘレスは、驚いた声音で声を上ずらせる。
傷口を塞ぎつつ、片足と膝を地面につけ少女の前にひざまずく。
「なんでって、ただ暇だったから魔王城を歩いてただけだけど? 珍しいことでもねぇだろ。それよりも、その傷を負った経緯を教えろよ!」
スヴァヘレスの前に現れた赤い髪の少女は、腰に手を当て目の前に居る黒鎧を嘲笑うかのような笑顔を見せる。
華奢な体で整った顔つきでありながら、目つきは鋭く近づきがたい雰囲気を纏っている。
加えて装備しているものは一級品。赤を基調として、黒の花柄や線が装飾された少し派手めの服装をしている。
豪快でヤンチャな性格を表すかのように、外はねしている赤い髪には剣と盾のヘアピンが可愛らしく止められている。加えて頭部の両サイドから二本の青黒い角が円を描いたあと、天に向かって生えている。
「教えろと申されましても……。まずは、治癒を行い、その後、速やかに魔王様と漆黒鎧のチェムノター様にご報告しなければ……」
「ああ? 治癒を必要とするような傷を負うようなてめぇがいけねぇんだろ! それに親父の報告なんか後でいい! それともなんだ、てめぇの生みの親であるチェムノターにいち早く報告して褒めてもらいてぇのか?」
「そういう事ではなく、いち早く危険な人間がいることを伝えなければならないと……」
組織の在り方として、イレギュラーが起きた場合はまずその組織のトップに報告するのが鉄則だ。魔王軍も例にもれず、何かあれば魔王軍を指揮する魔王に報告する体制を取っている。
「はぁ……。親父もチェムノターも今は城を離れてる。つまりスヴァヘレスてめぇの上司は今、アタシだ! だからアタシに報告する義務がある!」
半ば荒々しい口調で、アルディートはひざまずく黒鎧に近寄り問い詰める。
スヴァヘレスに傷を負わせた危険な人間とやらに興味を持った彼女は、半ば脅迫のような形で聞き出そうとしているようだ。
(ここで、アルディート様に何を言っても私から人間について聞き出すまで、問い詰めるであろう。ならばここは素直に従った方がよさそうだ……)
スヴァヘレスは早くこの場を乗り切って治療を受けたい。魔王や漆黒鎧への報告は後回しでも、問題ない。まずは早めに治癒を受けなければ彼の身も持たないだろう。
(傷も深い。アルディート様との話が長引けば私の命に係わる)
それならば素直に答えた方が手っ取り早く終わると踏んだスヴァヘレスは、遭遇した危険な人間について話し始める。
容姿から始まり、特徴や仲間、傷を負った経緯など覚えている限り、詳細に話す。
その話を聞き終えたアルディートは疑問符を浮かべる。
「なぁ、そいつって人間なんだよな?」
「はい、そうだと思われます……。肌の色も髪の色も見た目そのものは人間でした」
「んー、にしちゃあその人間の武器やら防具やらが人間たちの持つ技術を凌駕しているように思えるんだよなぁ」
「と、申しますと?」
「まず防具。甲冑を付けている訳でもない、防御力皆無の布切れを装備してたんだろ? そんな布一枚同然の防具で、てめぇの攻撃を防いだなんて信じらんねぇ」
「私の攻撃は魔法を付与して防御力を上げた甲冑すら真っ二つにする代物です。ですが、現に私の攻撃は防がれました」
スヴァヘレスの持つ武器は、二刀の大剣。一撃の攻撃力が凄まじく、どんな鉄すらも紙切れのように引き裂いてしまうほど強力なものだ。
そんな黒鎧の攻撃を、鉄でもない服同然の防具で防がれるというのは、異常な事だった。
加えて、スヴァヘレスの攻撃を防げるほどの防具を人間側が開発したとなれば、ただことではない。
人間側の戦力が大幅に増加し、魔王軍の敗退が濃厚になるかもしれないからだ。
「それに、その人間が持つ武器。魔法を使っている訳でもねぇのに、遠距離から攻撃を仕掛けてきてたんだろ? しかも速い何かを連続で飛ばして攻撃してきた。改良したクロスボウでもそんな速く矢は飛ばねぇ」
アルディートはその人間についてさらに考え込む。
防具に武器、いずれも今まで出くわした人間が持っていないものだ。人間たちの希望の星でもある勇者ですら持っていない代物だろう。
「さすがアルディート様。私の話でそこまで考察を深めるなど、剣術を極めているだけのことはあります」
「あたりめぇだろ! アタシはてめぇやチェムノターに負けねぇぐらいの技量は持ってんだ! それにアタシだって人間に化けて、人間たちと交流を深めることもあるんだ。人間の技術を把握していて当然だろ!」
アルディートは褒め称えられていることに気を良くしたのか、上機嫌な笑顔を見せる。
「スヴァヘレス、てめぇは治療に入れ。その人間のことはアタシが何とかする」
「何とかするって、どうされるおつもりで?」
スヴァヘレスは少し心配な声音でアルディートに問いかける。
アルディートは人間に化けて人間の街に繰り出すような行動力を持つヤンチャな魔王の娘だ。
そんな彼女の「何とかする」という言葉は、どうも不安で仕方がなかった。
そして案の定、スヴァヘレスが思っていた以上の答えが返ってくる。
「アタシがその人間に近づくんだよ。いつも通り、人間に化けてな!」
そう言い残し、「ギャハハハ!」と高笑いを上げなら、アルディートはその場を去っていった。
やめた方が良いと言葉を掛けようとするが、喉元まできたところで口を紡ぐ。言うだけ無駄だと分かっているからだ。
(あの躊躇ない行動力は素晴らしいが、魔王様がアルディート様に手を焼くのも分かる。あんなのがご息女など、魔王様も顔に泥を塗られたようで気分は良くないであろうに)
魔王の娘としてふさわしくないと思いつつ、スヴァヘレスはドアノブに手をかけ、ようやく救護魔族のいる治癒室へと入っていくのだった。
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