第15話 朝の食事と今後の方針
——翌朝。
洞穴に薄暗い光が入りこむ。雲越しに差し込む、太陽の光だ。
魔王軍に侵略され不毛の地とした場所は、常に雲がかかっており、まともに太陽を拝める日はほぼない。
それでも、日が昇ったことが分かる程度には明るくなるため、朝と夜の区別はできる。
「朝になってもこの場所は暗いんだな……。まるで、フレムたちの居た世界のようだ……」
ジャリジャリとした地べたに体を預けて寝息をたてる少女を尻目に、リアンは洞穴から空を見上げそう呟く。
フレムたちが居た世界でも、ブロウクラーという無人機殺戮兵器に世界を支配され逃げ場なんてなかった。
しかし唯一、人類が住める最後の街として『ヘイローシティ』がある。ブロウクラーから守ってくれる兵器が外壁に備え付けられ、どんな攻撃をも防ぐエネルギーシールドが張られている場所だ。
人々が唯一、安全に暮らせる場所と言っても過言ではないだろう。
しかし、安全とは言っても住みやすさという点では話が変わってくる。
人によってはヘイローシティーのセキュリティーが厳しく住み心地が悪かったり、貧乏人として虐げられ差別される者もいた。そんな苦痛から解放されるべく、自ら街を出る者もいた。
街の外は希望なんてものは何ひとつ存在しないのに。
しかし、この世界『惑星ニムン』はまだ希望がある。
リアン自身の目で確認したわけではないが、アリアンロッド曰く魔王軍による侵攻は世界の三十パーセントほどしか進んでいないとのこと。
つまり残りの七割はまだ侵攻されておらず、不毛の地と化していない逃げ場所は残されているという訳だ。
フレムたちの世界のように、逃げ場のない世界にしてはいけない。そうしないためにも、いち早く魔王の討伐が望まれるのだ。
「魔王軍の侵攻がこれ以上進まないうちに、この世界を救わないとな……。その後はフルー、カラメル。ペスの三人を助けてやらないと……。フレムなら、コアを破壊されない限りスペアボディで修復可能なはずだ」
焦燥感に駆られるが、慌てても何も解決しない。だからと言ってゆっくりしてはいられない。
いち早く、この世界のことを理解し、最短でアリアンロッドの依頼を遂行する方法を見つけ出さなければ。
リアンは自分の袖をまくり、インプラントが埋め込まれた腕に視線を向ける。
腕は肌色の部分の他に、スチールで出来た灰色の人工皮膚が腕の一部分に埋め込まれている。
インプラントを知らない人間が見たら、さぞ気味が悪がられるだろう。
「このインプラントもメンテナンスしないとな。フレムたちを助けた後、インプラントを導入した二つ目の世界に一度戻らないと」
今後の計画を考えていると、リアンの後方からもぞもぞという音と微かな声が聞こえてくる。
「ふ……、んっ、もう朝ですか……?」
リアンが音のする方向へと視線を向けると、ライピスが上半身を起こし霞む目をこすっていた。
「おはよう、ライピス。よく、眠れたか?」
「おはようございます。初めて外で休息を取りましたが……、なんとか寝付くことができました。体中痛いですが……」
ライピスは痛む部分を摩る。
「硬い地面で初めて寝た時は誰でも痛くなるもんだ。何度か経験すれば慣れる」
「リアンさんは、地べたで寝た経験が?」
「俺は旅人だから、地べたで寝るなんて当たり前のようなものなんだ。今や、どんな場所で寝ようとも体は痛くならない。慣れたもんだ」
少女は凝り固まった体をほぐすかのように、体を伸ばし大きく息を吸う。
朝方の心地よい冷たい空気が灰の中を駆け巡り、頭を冴えさせていく。
そして、伸びきったところで脱力したように一気に力抜く。一番気持ちのいい瞬間だ。
ライピスは立ち上がり、リアンの隣に立つと彼と同じく外の状況を確認する。
「外の世界がこんなにもひどい場所だとは思いませんでした。緑もなく、人もいない」
薄暗く、見渡す限り砂漠化した外の世界を眺めてそう呟く。
彼女の瞳は幻想とは程遠い現実を目の当たりにして落胆している眼だった。
「今回が岩山の中にある村から外に出たのが初めてだと言っていたな。もっと、幻想的な場所を期待していたのか?」
「はい。緑が溢れていて、どこまでも続く青い空だと思っていました。アリ村が以前あった場所はそういった自然に囲まれた場所だと聞いていましたから」
「村の中にいたとき、外の世界について聞かされることはなかったのか?」
「ありませんでした。きっと、父やおじさんは私に外の世界に幻想を頂かせ続けたかったのでしょうね」
魔王軍の侵攻によってすべてが焼き払われ、綺麗な緑は灰と化した。残ったのは、ざらざらとした砂と地面から吐出した岩のみ。
大まかに言って何もなくなったと言っていいほどだ。
そんな世界を、少女に現実として知らせるには少し酷な気がした。だからこそ、ライピスの父やおじさんであるダイランはあえて伝えなかったのだろう。
「ライピスの住んでいた村以外にも近隣の村はあったんだよな? その人たちはどこに行ったんだ?」
「恐らくですが、王都や大きな街など魔王軍がまだ侵攻していない場所まで非難したか、最悪の結果を辿ったかだと思います。私たちアリ村の住人も逃げ遅れなければ、今頃は王都に身を預けていたでしょう」
「なら、いち早く魔王の悪行を止めなくてはならないな」
そうして話していると、二人のお腹が「ぐぅー」と音を出す。目を覚ましてから何も食べていないのだから仕方がないことだろう。
それでも、ライピスは少し恥ずかしそうに瞳を伏せて自身のお腹を摩った。
二人は洞穴の中に戻る。
「ちょ、朝食にしましょうか。食料と水はパトロール隊の遺体から拝借しました。これでしばらくは食事に困らないかと」
そう言って彼女が自身のリュックから取り出したのは、黒っぽいコッペパンと茶色の布で出来た水筒だった。
「村を出るときに渡された食糧なんです。パンは村で育てたライ麦を原材料としたパンで携帯食として優秀です。水は村の中で湧き出る天然水で、特に水はのど越しが良くてライ麦パンと合うんですよ!」
笑顔で少し自慢げに話しながら、対面に座るリアンへパンと水筒を手渡すライピス。
ライ麦パンということもあり手触りは硬く、嚙み心地も硬い。しかし、水と組み合わせると口の中でお案が水分を含み程よい硬さとなる。
加えて天然水独特の、のど越しの良さがライ麦パン独特の旨味を引き立ててくれる。
一般食として食べるには少し躊躇するが、非常食や携帯食として持つには役に立ちそうである。
(他の世界を旅してきた時はもっとまずい携帯食を食べていたからな。これぐらい何とも思わなくなったなぁ)
フレムのいる世界やそれ以前の世界では、携帯食としてこれ以上にまずい食料でお腹を膨らましたことのあるリアン。
ライ麦パンは携帯食として優秀な方なのである。
朝食を軽く済ませた二人は今後の方針について意見を交わす。
「魔王軍が侵攻をしてきた方角は北からだと聞いたことがあります。ですから、魔王がいるのは北の方角になるかと」
その言葉を聞いたリアンは、ポケットからコンパスを取り出す。
「それはなんですか?」
「コンパスって言う魔法アイテムだ。これで方角が分かる」
魔法アイテムと言って異世界のアイテムの存在を誤魔化す。今後は魔法アイテムと言えば異世界のアイテムは何でも誤魔化せそうである。
無知な少女で助かったと言えるだろう。
コンパスはこの世界でも機能するかどうかは不明だ。しかし一応赤い針は北らしき方向を指している。これが本当に北を指しているかどうかは分からないが。
リアンは方角を確認すると、コンパスをポケットへ仕舞う。
「方角さえ分かっただけでも進むべき方向に目星はつく。魔王がいる場所までどれほど時間がかかるか分からないが、ここから北に進んでみよう」
「そうですね……。分かりました。私も村人たちを救うために同行します!」
そうして二人は洞穴を後にして、薄暗い外の世界をジャリジャリと音を立てながら歩き始めた。
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