第63話 望む罰と望まれない罰

「よいしょっと。マオ、この大きな瓦礫はどこに置く?」


「おいおい、病み上がりなんだからよ、そんな巨大な瓦礫を担いで無茶すんな。小さな瓦礫を集めてくれりゃあ、良いって言ったろ?」


 瓦礫があちこちに散らばる魔都。


 先の戦闘で、大きな被害は出なかったものの、飛んだ瓦礫による被害が大きいかった。


 特に家屋は瓦礫の雨により、倒壊しているところも多いようだった。


「今の自分ができることを最大限にやるって決めたんだ。だから、こうやって大きな瓦礫を担いでいる」


 リアンは丸太の形をした大きな瓦礫を両肩に担いで見せる。


 その場で屈伸もし始め、余裕であることを体で体現する。


 対しマオは、自身の額に指を当てて、心配と呆れた表情をする。


「ま、アタシが何言ったって、耳をかさねぇことぐれぇ予想してたけどよぉ」


 ボソリと囁くように小さな愚痴をこぼすと、視線を伏せてため息をする。


 体を労るよう説得するつもりだったマオ。


 人間よりも丈夫な体を持つ魔族でさえ、かなり疲弊している。


 それが人間とあれば、かなり疲弊しているはずだ。


 体が壊れてしまわないか、心配であったのだ。


「リアンのことを知ったつもりだったが、まだまだ理解できてねぇな」


 旅路を共にして数ヶ月。


 全てを知ることはまだ難しいとはしても、ある程度の行動や言動は理解しているつもりだった。


 しかし、それはただの理想でしかなかったのだ。


(昔、スフィーが人間のことを理解するのは難しいとか言ってたな)


 思い出に耽りながら、瓦礫を担いで屈伸をするリアンに視線を向ける。


(人間と何度か一戦を交えて理解したつもりだった。けど、リアンを見ると人間は何を考えているのか理解しがてぇな)


 リアンの屈伸を見るなり、自身が未熟であったことを悟ったマオ。


 人間を理解するなら、さらに長い時間、行動を共にしなければならないと思うのだった。



 ―


 ――


 ―――


「トラディスガードがいる広場は……、ここか」


 マオの指示を受けて、両肩に担いだ瓦礫を魔都の中央広場まで持ってきたリアン。


 道中、戦火の跡がところどこに残っており、住人総出で家屋の修復、瓦礫の撤去などを行なっていた。


「そういえば、ここに来るまでの間、周りの魔族がジロジロ見てた気がする」


 そんなことを呟きながら歩いていると、広場の中央で瓦礫の粉砕をしているトラディスガードに出会した。


「これも頼める?」


 そう言い、トラディスガードの前に立つリアン。


 声に気付き、トラディスガードが顔を上げた途端、「ぬぉ!」と驚いた声を上げる。


「巨大な瓦礫を2つも担いで、お主、本当に人間か?」


「ちゃんと母親のお腹から生まれた人間。瓦礫を持つことぐらい、できる人にはできるよ」


 

「ぬぅぅ……。あの巨大兵器を倒したのだ。人間ではないと認識しておくべきか」


 人間であることを主張するリアンだが、トラディスガードの耳には届いてない様子。


「リアン殿は屈強な人間なのですね」


 隣で瓦礫の処理をしていた、もう一体のトラディスガードが、優しい声音で語りかける。


「常に鍛錬をかかさなかったからかな。瓦礫、ここに置いておくよ」


 一箇所に集められた大きな瓦礫の山に、担いでいた瓦礫を下ろす。


 リアンが瓦礫の山を見上げている間も、次々と大きな瓦礫が魔族たちの手によって運ばれてくる。


 皆、文句など言わず、一生懸命になって魔都を復興させようとしていることが見て取れた。


「黄金の騎兵団の2人には申し訳ないことをしたと思っている。本当に申し訳ない」


「いきなりどうしたのです! リアン殿、頭を上げてください!」


「俺たちはあんたたちの仲間を1人、殺してしまった。こんなにも仲間思いの魔族なのに。本当に申し訳ない」


 リアンは懺悔をするかの如く、腰を直角に曲げ頭を下げる。


 黄金の騎兵団に仲間として認識されて以降、リアンは総力戦のときのことが気がかりにしていた。


 当時は敵対していたとはいえ、許されないことをしてしまったと悩んでいたのだ。


「それは、過ぎたことです。何よりも、私たちもあなた方を襲ったのですから、おあいこでしょう」


 トラディスガードは続ける。


「敵対していた者たちが、のちに仲間になることなどよくあることです。気にしていては前に進めませんよ」


「それでも、何かお詫びをしたい」


 過ぎたことだ。気にしなくてもいい。


 そう告げるトラディスガードだが、リアンは納得するまで食い下がらない。


 少し困った表情を見せるトラディスガードの2人。


 どうするべきかと悩んでいると、片っ方のトラディスガードが何か閃いた表情を見せる。


「お主、我らをトラディスガードとしか認識しておらぬな?」


「あー、うん。まぁ」


「ならば、お主には我らの名前を覚えてもらう。加えて、瓦礫砕きを手伝ってもらう。それがお主の懺悔だ」


「それはいいですね、トーガー」


「人間にしてはかなりの力がある。その力をここで示し、我らや住人への懺悔とするがいい」


「……分かった。そうする」


 罪にしては軽い。


 少々不満げな表情を見せるリアンだが、ことを荒立てることはしたくないため、ここは条件を飲む。


「ならば、自己紹介をさせてもらいます。私は黄金の騎兵団、トラディスガードのフォル。温厚な方と覚えてください」


「我はトーガー。前隊長の後を継ぎ、黄金の騎兵団の隊長を務めておる。やかましい方とでも覚えておくが良い」


 自己紹介を終えると、大きな瓦礫を砕くよう指示する2人。


 あえて厳罰なものではなく、罰とも言えるかもわからないようなことにしたのには理由があった。


(魔都を命からがら救ってくれた御身だ。厳罰なんて与えられませんね)


 そうして3人は斧を振り下ろし、瓦礫を砕く音が一日中響いた。

 

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