第8話 見捨てられた村

 大きな岩山の中に形成された村『アリ村』。


 年中、自然光も風も入らないから、湿気が高い。


 私、ライピス・シュマーの薄紫ショートヘアもべっとりしちゃう。

 

 そんな村の隅にある石で作られた横長の椅子、そこに私は座っている。


 ごつごつして座り心地は最悪だけど、限られた材料で作られたものだから、がまん、がまん。


 隣には全身を白銀と縁を金色で装飾された甲冑に身を包んだ、ダイランおじさんも座っていて顔を向かい合わせながらお話をしていた。


 おじさんの髪は茶髪で、髪が逆立つほどの短髪。湿気に影響されにくいからいいなぁ。

 

「ライピス、明日からパトロール隊に所属だな。心の準備はできてるか?」


 ダイランおじさんが私の名を呼びながら、心配な面持ちで語り掛けてくる。


「うん、大丈夫。いつかみんなをこの洞窟暮らしから解放して、みんなが安心して日の出を拝めるような生活を送れるように善処するよ!」


 私は弾むような声音で返事をして見せる。その声は洞窟の中で跳ね返った。


「女だからってバカにされたこともあったけど、お父さんの敵を討つためにこれまで頑張って剣術の修行してきたんだから!」


 私はダイランおじさんに笑顔を見せて、自分の胸の前で両こぶしを握って見せる。


 私は明日、五年間の自警団活動を終えてパトロール隊に入隊する。ようやくここまでたどり着くことができた。明日からさらに気合を入れて頑張らないと。


 するとおじさんは気合十分の私を見て、高笑いをしてみせた。


「ハッハッハッ! そうか!」


 おじさんの笑顔を見ると、私も嬉しくて自然と口角が上がっちゃう。


「なら、再度確認するぞ。パトロール隊は、岩山に隠されたこのアリ村の外に出て周囲の安全を確認するのが第一の仕事だ。魔王軍が村のそばに居ないか、この村の存在がバレる可能性がないか確認するとかだな」


 おじさんは私の目から視線を一切逸らさず話を続ける。


「もし、魔王軍が村の近くをうろついていたら、パトロール隊で処理する。万が一でも魔王軍にこの村の存在がバレたら村人は全員殺されてしまうからな」


 パトロール隊は村の中でも唯一村の外に出ることを許された存在だ。それが故に、村の中の安全を守る自警団に最低五年、加えて一定の剣術を会得している人しか入隊できない精鋭部隊だ。


「第二に、この村以外に生存者のいる場所を探すこと。街だとか村だとかな。もっと言うと魔王軍の侵攻の被害にあっていない場所だな。そこを探すこともパトロール隊の仕事だ」


 私は「分かった」と言って頷いて見せた。


 魔王軍か……。

 

 岩山の外一帯を支配している魔王が率いる軍だって聞いてる。まだ実際に目にしたことはないけど。


 でも強力な存在だということは身をもって知っている。村一番の強さを誇っていた私のお父さんを倒すほど憎い存在だから。


 でも、負けない。お父さんを倒した魔王軍は私が倒す。


 そのために小さいころからお父さんに剣術を教わってきた。


 お父さんがパトロール中に戦死したあとも、ダイランおじさんが仕事の合間に稽古を付けてくれたから負けない!


「ライピス、もう一回聞くけどいいか?」


「どうしたの?」


 私がお父さんとの思い出にふけっていると、おじさんが真剣な眼差しを向けてくる。きっとあのことだ。


「おまえのお父さんは俺の親友でもあり、戦士でもあった。優秀な戦士だった。だがな、パトロール中に『黒鎧』に出くわして、死んじまった」


 おじさんが私の前で、お父さんの話をするときはいつも真剣な眼差しで、哀し気な表情を見せるから何の話か分かった。


 でも、その話は何度も聞いたし、一生記憶から離れない出来事だった。今でも亡くなった日のことを鮮明に覚えている。


 まだ小さい子供だった私は大泣きしたし、どうしたらいいか分からなかった。でも村のみんなが慰めてくれた。だから今の私がある。


 お父さんが死んだあとは、おじさんがお父さんの代わりをしてくれた。実子のように扱ってくれたし、お父さんといつもやっていた遊びも稽古もしてくれた。おじさんには返しきれない恩があるよ。


 でも、私ももう子供じゃないんだよ? 立派な大人になったんだよ?


 だからそんなに悲しい顔をしないで。


「村一番の剣豪だった親父さんでも魔王軍には敵わなかった。それでも本当にいいのか?」


 おじさんはきっと、お父さんと同じ道を歩ませたくないんだ。おじさんとお父さんは親友だったし、私が小さいころから娘のように可愛がってくれたから。


 真剣でどこか哀し気な表情が宿るおじさんの眼差しに対し、私は決意を固めた眼で観返して言葉を紡ぐ。


「大丈夫だよ、おじさん。私はね、魔王を倒そうとか大層な夢を抱いている訳じゃない。ただ、お父さんの仇を討って、村の人たちの安全を守りたいだけ」


 そう、私は黒鎧を倒して、村の人々を安全な地へと送り届けられればいい。魔王を倒すのは、生きているかも分からない勇者の仕事なんだから。


「そう……か。……ライピス、おまえさんもお父さんに似てきたな……」


 そういっておじさんは私の頭を撫でてくれる。


 ありがとう。けど髪の毛は湿気でべとべとだから、ちょっと恥ずかしいかも。


 それに今のパトロール隊は、前と比べて強者が揃っている。


 最近のパトロール隊は大きな死傷者も出すことなく、無事に戻ってきている。それがなによりの証拠だ。


 もちろん、一人ひとりの力はお父さんには敵わないけど。でも強者が何人もいたら、お父さんがパトロール隊に所属していたときよりも強力な戦力になるかもしれない。


「それに『負けることを考えるな、勝つことだけを考えて先を見据えろ!』。おじさんが稽古のとき、私に教えてくれたことだよ?」


 お父さんの遺志を継ぐように私に剣術を教えてくれた。『負けることを考えるな、勝つことだけを考えて先を見据えろ』を口癖にして。


「そうだったな。俺としたことが弱気になっちまった……。本当に立派な戦士に成長したなライピス」


「うん!」


 おじさんはさらに頭をなでなでしてくれた。認めてくれてありがとう。本当に嬉しい。


「じゃあ自警団最後の仕事として村の中を回ろうか。明日に備えて、みんなの顔を見ておかないとな」


 そういうと、おじさんは決意を固めたかのような表情で立ち上がった。


 きっと私の本気が伝わったんだ。それに答えるようにおじさんも私をいつまでも子ども扱いせず、一人の成人女性として見ることにしてくれたんだと思う。


 私も立ち上がってカシャンッ、カシャンッと音を立てて歩くおじさんの後を追った。


 石造りの椅子に座っていたから、お尻が痛いな。


 明日に備えておじさんとアリ村の中を見て回る。


 洞窟の中に形成された集落『アリ村』。


 太陽に光は一切入らないから、松明と岩肌に生えたヒカリゴケ、そして採掘で取れる日光石を明かりにして過ごしている。でも本物の太陽と比べても明るさは薄くて、いつ見ても村の中は薄暗い。


 本物の太陽ってどんなに明るいんだろうか。そう思いながら私は空のある上空へ視線を向ける。


 しかし、空なんてものは見えない。ドーム状に広がった岩山のごつごつとした天井が広がっているだけ。天井はとても高くて私の身の丈の数十倍はある。


 村の端から中心部に向かって歩くと、藁と石材で作られた家が見えてくる。


 正直、家と言っていい代物かわからない。


 加工した石を大人の身の丈より少し高いほど積み上げ、天井を藁で覆っただけの簡素な家だ。


 家の中には何もなく、広さは四畳~八畳くらいだ。だから、家の存在意義は眠る場所として使うか、食べ物を保管しておくことぐらいしかできない。


 そんな家が、村の端から端まで建っている。


 岩山の中では木材が採取できないから、石を使った簡素な家しか作れない。松明とかも木製のものじゃなくて、石の取っ手に藁と天然油をしみ込ませた使い勝手の悪いものなんだ。


 木材さえ手に入れば、いろいろなことができるようになるけど、魔王軍が近くにいるから外に出るのは難しい。

 

「ダイランさん、ライピスちゃん、こんにちは。村の見回りかい?」


「こんにちは、イレラさん。明日から私、パトロール隊に所属になったから、記念におじさんと村の見回りをしてるんだ」


 村の中を見回っていると、イレラおばさんと出くわした。


 作物の育て方がうまい人で村の中でも評判の人だ。


 イレラおばさんの育てた野菜を何度か食べたことがあるけど、不思議な甘さがあっておいしいんだよね。


「そうだったね。ライピスちゃんはパトロール隊に入るのが夢だったもんね。緊張していないかい?」


「大丈夫。おじさんと一緒だから緊張なんてしてないよ」


「そうかい、そうかい。ダイランさん、ライピスちゃんの晴れ舞台だ。きちんと世話をするんだよ」


「イレラさんにはいつも言い負かされてばかりですな。そうですね、パトロール隊に入った暁には全力でライピスを守りますよ」


 おじさんが自分の後頭部に右手を添えへこへこしながらそう言うと、イレラさんは「頼んだよ、ライピスちゃんは村のアイドルなんだからね」と言い、作物を育てている畑の方へと歩いて行った。


 村のアイドルだなんて、私ってそんなに美人かな。


 いつも鍛えていたから、普通の女の人よりも筋肉の付きがよくて、男の人に負けない力を持っている自信がある。


 正直同年代の女の子よりも、全体的に恰幅は良いと思う。逆に言えば、女の子らしさが足りないって自分で言っているような気もするけど。


 そんな私がアイドルだなんて、なんだか嬉しいような恥ずかしいような。不思議な気持ち。でも気分は悪くない。


 気持ちの良い気分のまま、歩みを進めるといたるところから音が聞こえてくる。


 村の中からは談笑や甲高いカンッカンッという音が聞こえてくる。なんやかんやでみんな幸せそうだ。


 運がいいことに、岩山の地面は土で出来ていて湿り気が十分にあった。作物を育てるにはそこそこ良い環境で、日光石が太陽の代わりをして成長を促している。


 村の奥には地下水が湧き出ている大きな池があり、飲み水にも困らなかった。急いで逃げてきた場所だったが、衣食住に困ることはほとんどない場所で運が良かったと思う。


 きっとこれもアリアンロッド様のお導きだと思う。


「おじさんと歩くと村の中心まであっというまだね。お話するのが楽しいからかな」


「そうんなに楽しいか? こんなおじさんと話したってつまらないだろ?」


 お父さんと並んでおじんさんも村一番と言っても過言ではない強さを誇っているけど、謙虚というか自分を過小評価しているところがあるんだよね。もったいない。


 村の中心部には、小さな広場がある。

 

 そこには大人の身の丈の半分ぐらいの柱があって、その上にアリ村の石工職人が作った、アリアンロッド様の像が祀られている。


 像大きさは成人男性の頭二個分ほど。職人の性癖が分かるほどのボンキュッボン体つきをしている。


 男の人には好評みたいだけど、女の人からは『神をいやらしい目で見るな』と、不評だと耳にしたことがある。


 私は明日、初めてアリ村の外に出る。


「アリアンロッド様、私たちをどうかお守りください」


 私は像の前でおじさんと一緒に明日の安全祈願をした。


「ねぇ、おじさん。この村にいる人たちが最後の人類なの?」


 お祈りをすませた私たちは再度村の中を歩き回る。その道中で、私はそんな質問をする。


「分からない。この村が魔王城に近いせいで、村の周りは退廃しているのは事実だ。他の都市や王都がどうなっているかまでは……」


 おじさんの後ろを歩く私には表情を読み取れないけど、声だけで悲しそうな表情をしてるなって分かる。


 そういえばお父さんも同じことを言ってたなぁ。


 魔王軍の侵略があったとき、アリ村は別の場所にあったって。


 それこそ日が当たる気持ちのいい風が当たる緑あふれる場所に。


 でも村の人々は、魔王軍の侵攻発覚に近隣の町や村よりも一歩遅れて、逃げ遅れた。


 元の村を捨てて、たまたまあった岩山の洞窟に身を隠した。そうして、魔王軍から身を隠し続けて数十年。息をひそめながら岩山の洞窟で集落を作り上げたって。


「王都とか他の都市にたどり着いた人はいないの?」


「いない。俺たちパトロール隊で他の場所がどうなっているか確認しに何度も行こうとしたんだ」


「でもいけなかったの?」


「村の外は荒廃して、街のある方角すら分からない。目星をつけて歩き出しても、魔王軍と接敵して重傷を負って戻ってくる。これの繰り返しなんだ」


「それじゃあ、救援も望めないよね」


「それどころか、こんな辺鄙へんぴな場所に村があるなんて誰が知っているか」


 パトロール隊はアリ村から老若男女を引き連れて、守りの硬い都市に避難させようといつも奮闘している。


 だから私は、いつも次こそはと安全と希望を願ってパトロール隊を見送っていた。


 けど、一日足らずで血みどろの姿で戻ってくることがしばしばあった。


 きっと、強力な魔王軍に出くわして、引き返してきたんだとすぐに分かった。


 村の外には希望なんてものはなくて、絶望しかないと思った。


 そしてお父さんが死んだあの日。パトロール隊は一人を残して全滅した。今までにない悲惨な出来事だった。そしてお父さんもその中に含まれていた。


 本当に悲しかった。こんなにも頑張ってアリ村の住人を救おうとしているのに、邪魔をしてくるのか。魔王軍が憎くて仕方がなかった。


 だから私は自警団に入って修行して、そしてパトロール隊に入ってお父さんの仇を取る。そして、村のみんなを安全な王都や都市に送り届ける。そう決めたんだ。

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