第49話 破られる牢獄

 作戦会議が終わって3日後。


 レンガで舗装され、左右には住居が並ぶ大通りを、多くの魔族が大移動をしていた。


「これから大規模な戦いが始まるわよ! 住人のみんなは、魔都の北部へと避難しなさい!」


「皆さん〜、北部に移動してくださ〜い! サンドワームは今にもプロテクトシールドを破ろうとしています〜」


 アイとエイリアスの案内に促されるように、大荷物や子供を抱き寄せて移動する魔都の住人たち。


 作戦会議で白銀の騎士団に任された仕事は、住人たちの避難誘導。


 ありったけの声を張り上げ、住人たちを魔都の北部へ移動させるというものだ。


 サンドワームは南部から迫ってきているため、被害が最小限に抑えられるであろう、対照的な場所となる北部への移動を促しているのだ。


「しかし、本当にプロテクトシールドは1週間も持つのでしょうかな。サンドワームの猛攻ぶりを見る限りでは、今にも破られそうですぞ」


 避難誘導を行いながら、ポルポは2人に小声でささやく。


「正直、私も半信半疑よ〜。きっとみんな同じ気持ちだと思うわ〜」


 微かに揺れる地面。その揺れは、一定の間隔で振動しており、同時に大きな音が魔都を駆け巡る。


 振動と音の正体、それはサンドワームがプロテクトシールドを破ろうと、タックルを繰り返しているのが要因だ。


 魔都を守る唯一の障壁、プロテクトシールド。魔石を原料として稼働している魔法の障壁で、ドーム状の形をしている。


 あらゆる方向からの攻撃を防いてでくれる。放棄された魔都を復興させ、シールドを展開してから1度も破られたことがない代物だ。


 しかし今回ばかりは、事情が違う。


 あまりのも強力な攻撃に、プロテクトシールドの性能が下がりつつあるということが確認されているのだ。


「だから、少しでも早く住人を避難させているんでしょ! ここの避難誘導は終わったから次の地区へ行くわよ」


 住人たちが無事移動できたところを確認すると、次の地区に向けて走りだす。


 魔都・サタナーは広大な土地を有しており、住居区も広い。


 全ての住居区の避難誘導をするとなると、最低でも5日かかる規模の広さだ。


 それを作戦会議では、番兵と協力して3日以内に住人たちを北部へ避難させてほしいとのことだった。


「しかし、クイーンガードも無茶を言うわね。この広大な魔都に住む住人たちを3日以内に避難させてほしいだなんて」


「確かに、多少の無理難題ではある気がしましたな。しかしある程度の避難が進んだ状態だった故、我々の負担も少なく済みましたぞ」


「そうね〜。住人を不安にさせないよう、魔都から離れた場所でサンドワームを撃退するつもりだったようだけど、それも失敗に終わったようだからね〜」


「無理もないわ。あのトラディスガードの攻撃が全く通らなかった相手だもの。退けるには、魔都に備え付けられてある兵器で対応するしかないわ」


 3日前の作戦会議で、サンドワームの特徴について語られた。


 まず、生半可な攻撃は弾かれると言う内容だ。


 トラディスガードで構成された『黄金の騎兵団』は先代魔王軍の中でも高い戦闘能力を保持している。


 彼らの攻撃は一撃が重く、巨大な戦斧を振れば、空気に切れ目ができるという。


 魔王軍大規模部隊との戦闘を終え、帰郷していた際に出会したサンドワーム。


 行き先が魔都だと知ったトラディスガードは撃退を試みようと、攻撃を加え続けた。


 強力な物理攻撃、魔法による攻撃、あらゆる攻撃を与えたが、全て弾かれ逆に反撃を受けたという。


 幸い、サンドワームの動きはさほど速くなかった。黄金の騎兵団は即座に魔法鳩を飛ばし、すぐに魔都へ報告したという内容だった。


「どんな魔族の攻撃も弾くとの話でしたな。それほど高い防御力を貫けるものといえば、魔石兵器『ニードルランチャー』ぐらいしかありませんな」


「でも、ここの魔石兵器が最後に使われたのは〜、数百年前。それ以降は使われず、壊れているも当然。調整が必要だと言っていたわね〜」


「サンドワームが障壁を破る前に、使えるようになるといいけど……」


 プロテクトシールドが破られるまでの予想は、残り4日。


 もしもサンドワームを破壊できなければ、魔王軍による侵攻は止められなくなる。


「なんとかなるって信じたいわ……」


 いつも気が強いアイが、気弱な発言をする。


 そして、気弱な発言をしているときこそ、ピンチというのは訪れるものだ。


 ――ドゴンッ――


 突如爆音と大きな地響きが魔都を襲う。


「何!?」


 突然の出来事に、アイたちは腰に備えた武器の柄に手のひらを添え、辺りを見舞わす。


「アイアイ! 上!」


 エイリアスが何かに気づき、空を見上げる。


 つられるように、アイとポルポも視線を上げた。


「プロテクトシールドが……、消えていく! どうして!」


 ドーム型のプロテクトシールドが、魔都の南部から徐々に消えていく様子が見えた。


 プロテクトシールドが消えていく様子を目の当たりにし、住民や番兵はしばし状況が理解できず固まる。


 刹那、魔都の上空を何かが飛び、そのうちの数発がアイたちの近くに落ちる。


 ――ドガッン!――


 それが地に接触した途端、爆発と爆風が辺りを襲う。


「――に、逃げろ!」


「熱い! 熱い!」


 爆発で生まれた熱風が住人や番兵を襲い、混乱と恐怖に陥れる。


 住人は早くこの場から離れようと、吾先にと北部へ他の者を退け突き進む。


「白銀の騎士団の皆さん!」


 混乱する住人たちを避けてアイたちの元へやってきたのは、トラディスガードだった。


「黄金の騎兵団殿、どうしてここに?」


「現状を伝えに。プロテクトシールドが破られました。今やこの魔都を守るものはありません」


「障壁が破られたですって!? 後4日は持つんじゃなかったの!?」


「我々も予想外でした。プロテクトシールドは1度も破られたことのない故、少し過信しすぎたようです」


「じゃあ、この爆発も――」


「サンドワームの攻撃です」


「過信しすぎでは済まされないわね〜。ニードルランチャーの準備はまだなんでしょ〜?」


「最速で調整しても1日はかかります。調整が済むまでの間、我々でサンドワーム進行を抑えるとのこと」


 とてつもない発言に、アイたちは驚き目を見開く。


「我々でって、まさか番兵や騎兵団、私たちであの巨体を止めるってこと!?」


「攻撃も通らないのに〜、戦いに行くだなんて〜、自殺行為じゃないかしら〜?」


「それでもやらねば、この魔都は堕ちます。そうなれば、魔王軍に対抗する手段を失い、人類は魔王軍の奴隷に成り下がるでしょう」


 ここで魔都を守りきらなければ、魔王軍に対抗する手段がなくなると言っても過言ではない。


 多少の犠牲を出してでも、サンドワームを破壊しなければならないのだ。


「指揮はクイーンガード様が取るそうです」


「避難誘導は、まだ終わっていない地区があるわよ!」


「そこに関しては、現在番兵が総出で行っております。白銀の騎士団は戦闘準備を」


 トラディスガードは、アイたちに背中を向ける。


「黄金の騎兵団は先陣を切るため、行かしてもらいます。白銀の騎士団にご武運を!」


 そう言い、トラディスガードはサンドワームが迫る南部へと軍馬を走らせていった。


「アイアイ、ポルポン……、私……」


 背中を見送ったエイリアスは、震えた声で発言する。


「エイリアス、言わなくてもいいわ。誰だってこの状況に恐怖を覚えない人はいない」


 アイはエイリアスとポルポを抱き寄せ、円陣を作る。


「私たちの目的は魔王軍の侵攻を止めて、人類に平和をもたらすこと! それまでは死ねないわ! 必ず生きて戻るのよ!」


 アイが気合いの入った言葉を紡ぐ。


「このポルポ、三途の川を渡る気など毛頭ありませぬ! この身に宿る力を存分に使いましょうぞ!」


 ポルポが決心の言葉を紡ぐ。


「アイアイ、ポルポン。私は怖いわ。でも、2人を放っておいて、私だけ残るなんてできない。だから、私は魔法を駆使して、みんなの盾になる!」


 エイリアスが自身の思いを吐き出す。


 そうして、互いに鼓舞しあった3人は、それぞれの武器を持ち、戦場へと向かって走り出した。


 

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