第54話 絆の糸

 この世には切っても切れないものが存在する。


 その1つが絆だ。


 絆を築くまでは膨大な時間を要する。


 そして簡単なことでもない。ただ時間を要しても、築けない絆というのも存在する。


 しかし、1度絆を築けば、どんなに離れていようとも、敵対しようとも簡単に切れることはない。


 目に見えない『糸』で繋がっているのだ。


「クソッ! これじゃあ、防戦一方だ! このままなら、確実にアタシが力負けする!」


 ――たとえ、その絆が廃れかかったように見えたとしても……。


「しまっ!? ガハッ!」


 ――片方がピンチに陥れば……。


「胸に一撃もらっちまった……。肋骨の骨折に吐血。まともに動けやしねぇ……。このままだと押し潰される……」


 ――絆の糸は再び活性化する。


「すまねぇ、リアン。アタシはここまでだ……」


 ――そして活性化された糸は……。


「うりゃぁぁっ!」


 ――必ず互いを引き寄せる。


「――! スフィー!」


「アル! 手を貸すよ!」


 絆の糸によって引き寄せられたクイーンガードこと『スフィア・ロエール』は艶のある長髪を風に洗われながら、戦場に飛び込む。


 そして地面に倒れるマオを押し潰そうとするサンドワームにタックルを行った。


 空気を揺るがすほどの音が響く。


 瞬発的な一撃に、サンドワームは体をよじらせ、胴体の着地点を大きく逸らした。


 体側が地面に叩きつけられると、サンドワームはすぐに体を翻し再び地面へと潜る。


「スフィー、どこでそんな力――! まさかその黒髪!」


「そうよ。一戦解放で黒竜の力を最大限まで引き出した。その結果、バラのような赤い髪は黒く染まったわけ」


 スフィアはハリのある声で、淡々とした口調で言葉を紡ぐ。


 一戦解放。


 一部の取得者が使える最終手段のようなもの。


 取得者によって能力は異なるが、スフィアの場合は黒竜の力を全解放する能力となっている。


 後先考えずに発するようなスフィアの口調に対しマオは、目つきを鋭くし、大声を張り上げる。


「黒竜の力を使うな! 使えばスフィーの身を!? イデデデデ!」


 言葉を紡いでいる途中で、マオは痛む胸を抑え、あどけなさの残る顔を歪ませる。


「負傷しているのに、大声を出すからよ。ほら、ポーションをかけるから、今はそれで凌いで」


 ため息をつき呆れた声音で言うと、スフィアは腰に巻き付けているポーチから赤い液体の入った小瓶を取り出す。


 栓の役割を持つコルクを取り外し、赤い液体を地面に倒れるマオに容赦なくかける。


「冷てっ!」


「我慢しなさい」


 液体をかけてから数秒後、マオの体を淡い緑色の光が包み込む。


 光と共にマオの傷が癒えると、光は宙へ散るように消え去った。


 そうして傷が癒えたマオは、何事もなかったかのように立ち上がる。


「ありがとうな、スフィー」


「どういたしまして」


「でもスフィー、黒竜の力を使うのはこれっきりにしてくれ。一戦解放での黒竜の力の解放は、確実に身を滅ぼす」


「承知の上よ。黒竜の父から譲り受けた力。多用すれば、力が体を蝕み、最後には全てを破壊尽くすまでの、暴虐者となる」


 胸がソワソワし、唾液を過剰に飲み込む。険しい表情になり息苦しさを覚えるほど、マオはスフィアのことが気がかりで仕方がなかった。


 独占したい、もっともっと相手のことを知りたいという欲望があるからこそ、暴虐者になることを阻止したいのだ。


「マオ、安心して。私は絶対に暴虐者になったりしない。あなたを残して理性を失うなんて怖いもの」


「……。そうかよ。地下牢ではクズだなんだと言っていた奴には思えねぇな」


 胃がキリキリと痛むような不安を払拭する言葉をもらえたことでマオの頬は少しばかり緩む。


「それに、一戦解放をした私とマオの力がなくては、サンドワームを倒せないから」


 意味ありげな口調にマオは面食らうが、すぐにその意味を理解する。


「2人で1つってやつか。アレをやるんだな!」


「そうよ、アル。昔にやった『舞、覚えてる?」


「あったりめぇだろ! 親友との出来事を忘れたことなんざねぇ!」


「それは良かったわ」


 2人は顔を突き合わせると、心を通わせるように頷く。


「1人の力で倒せない相手も、2人で挑めば力も2倍!」


「そして、心を通わせた私たちなら、その力は数十倍に跳ね上がる」


 まさしく阿吽の呼吸ともいえる2人のスムーズな言葉のやり取り。


 互いの絆を修復した直後、地中からサンドワームが姿を現す。


 天に向かって飛び出したサンドワームに視線を向ける2人。


 互いが拳を力強く握りしめると、同時に大きく息を吐く。


「行くわよ! マオ!」


「任しとけ! スフィー!」


 2人の空を切り裂く雷鳴のような声で互いを鼓舞し、口角を上げる。


 息を合わせて腰を落とすと同時に地を蹴り、立ちはだかる鉄塊へと迫った。

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