第53話 親友は裏切らない

 魔都からサンドワームに向かって、一筋の光が鳩走る。


 その光は、針のように鋭く音速を超えて、サンドワームへと直撃した。


「――グォォォォォッ!」


 身をよじらせながら悲鳴を上げたサンドワームは、弧を描くように宙を舞いゴロリと地面に揺らしながら転がった。


「な、何が起きて!?」


 クイーンガードたちは何が起きたのか、全く理解できず困惑する。


 魔都を救う成す術を失ったクイーンガードたちが、ただ見ることしかできなかった巨体が突如、倒れたのだから困惑するのも無理はない。


 しかし、彼女たちは次に聞こえた一声で、誰がこの化け物の動きを止めたのか、理解する。


「シャァオラッ! デカブツが倒れた、頭部に渾身の一撃を叩き込んでやらぁ!」


 サンドワームが倒れた影響で吹き上がった砂埃。


 砂埃を跳ね除けるにして現れたのはクイーンガードの親友・マオだった。


「この指輪の力、ぶつけてやるよ!」


 声を弾ませて姿を現したマオは、リアンからもらった指輪を左手薬指に通し拳を握る。


 そしてマオは指輪に魔力を注ぐ。


 指輪は淡い緑色に発光する。


 魔力は指輪で肥大化し、武器屋で拾った粗悪な戦斧へと注ぎこまれる。


 すると、粗悪な戦斧を媒体として、緑光を放つ一回り大きい戦斧が顕現した。


「顕現の戦斧『デストロイヤー』の一撃を受けてみやがれぇ!」


 マオの身の丈の1.5倍はあるデストロイヤーをサンドワームの顔面で、大きく振り抜く。


「グガァァァァァァッ!」


 その一閃は頭部を守っていた円錐の仮面を捉え破壊する。


 そうして姿を現したのは、頭部に埋め込まれたレーザー兵器。


「見えたッ! 頭部のレーザー兵器! こいつさえぶっ壊せば!」


 顕現した戦斧を再び振り上げる。


 再度一閃させようと戦斧を力強く握りしめた瞬間――。


「グォォォォ!」


 サンドワームは、けたたましい咆哮を響かせると、周りに誰も近づけまいと地団駄を踏むように何度も体を翻す。


「クソッ! これじゃぁ、近づけねぇ!」


 巨体が地団駄を踏めば、それは地面を揺らし周りに災害を引き起こす。


 サンドワームも例外ではなく、地団駄により地面が大きく揺れる。


 立っていることが困難なほどに。


 そうしてサンドワームはマオから遠ざかると、再び地面の中へと潜り、遊泳を始める。


「どこに行きやがったァッ!」


 激情をはらんだ叫び声で挑発すると、マオは再び戦斧を力強く握りしめ、構える。


 今度は、逃さぬよう一撃で仕留めるために、奴の気配を感じとる。


 サンドワームから感じられるのは、怒り。


 マオを全力で仕留めるべき相手だと認識したようだ。




 一連の流れを見ていた、クイーンガードと番兵たち。


 番兵たちはサンドワームの力に拮抗するマオに驚きを隠せず、息を呑む者もいれば、面食らい目が点になっている者、反応はさまざまだった。


 唯一平常心を保っていたのは、クイーンガードと黄金の騎兵団、そして白銀の騎士団だ。


 彼女らだけは、驚くというよりも魔王の娘の強さと、魔都を守ろうとする行動に感心しているようだった。


 これからどう動くべきが、考えていると遠方から含みのある豊かな声色が彼女たちの耳に響く。


 その声はどんどんと近づき、やがて声の主が皆の前に姿を現す。


「あんたら、ここは危険だ! 一度魔都まで引くんだ!」


「き、貴様は!」


 現れた2人組の男女を見て、番兵の1人が動揺を隠しきれない様子で指を指す。


「ま、魔王の娘と同行していた人間ども! 地下牢を破り、この惨状に乗じてクイーンガード様の首をとりに来たか!」


 番兵の1人が興奮して喚声を上げたことで、驚き固まっていた番兵たちも我へと帰り、皆が狂気の眼差しでリアンたちに武器を向ける。


 手汗が滲む中で向けられる牙。


 そんな番兵たちをかき分けてリアンたちの前に出た者がいた。


「あなたは!」


 出てきた人物を目にしたライピスは、興奮した状態で息を呑むと、殺気立たせ睨みを効かせる。


「大規模部隊戦以来ですね。魔王軍に加担する人間方」


「トラディスガード! よくも、私とマオを!」


 ライピスは溢れ出す殺気を隠そうともせず、武器を構える。


「それは私たちが言いたい言葉ですね。我が同胞を殺したのはあなた方なのですから」


 魔王軍との大規模部隊戦でリアンたちはトラディスガードたちと一線交えている。


 その時は、マオが重傷を負いつつも、リアンが召喚したタイタンによりトラディスガードの1人を倒し、なんとか退くことができた。


 しかし、互いに怨恨の残る状態での別れとなった。


 そうして今、向き合ったところで、心残りの怨恨を互いにぶつけ合おうとした。


「ライピス、トラディスガードも待ってくれないか!」


 周りの人物が退いてしまうほどの殺気が渦巻く中、間に割って入ったのはリアンだった。


 彼は互いを落ち着かせるように、優しく言葉を紡ぐ。


 しかし、膝はガクガクとしており、早く現状から抜け出したいという気持ちが溢れ出ているのが見て取れる。


「俺たちは助けに来たんだ! ここにいれば、戦いに巻き込まれる」


 常に轟音と振動が鳴り響くこの場。


 サンドワームの攻撃が流れ弾として当たるかもしれない状況。


「ライピスも一旦、鉾を納めて! なっ!」


 普段では見ない鬼のような表情のライピスに、なんとか語りかけ続けるリアン。


 やがて、険しい表情を見せながら、出した鉾を納めた。


「分かりました。ここはリアンさんの言葉に従います」


 冷たい態度でありながらも了承したライピス。


 虫の居所が悪いためそっとしておいた方がいいだろう。


 一方のトラディスガードも反発心を抱き、ライピスの背中を睨むが、相手が鉾を納めない状態で殺気を放つのは不平等と考え、彼もまた鉾を納めた。


 しばらくして、落ち着きを取り戻したライピス。


 リアンと共に助けに来たということを畳み掛けるような口調で再度伝える。


 しかし番兵たちは依然耳を貸さず、強張った表情で敵意をむき出しにしている。


「我らはあの怪物を止めなければならない! 撤退の道など残されていないのだ!」


「そうだ! ここで撤退すれば誰があの怪物から魔都を守れるか!」


 番兵たちが撤退すれば、魔都は易々と破壊されてしまうだろう。


 魔王軍に対抗するためにも、魔都は守らなければならない。


「あなたたちにあの化け物を倒す手段があるんですか! あなたたちの力であの鉄の塊を破壊できるのですか!」


「そ、それは……」


 番兵たちは言葉を詰まらせる。


 唯一の対抗手段となり得るであろう、ニードルランチャーも城の崩壊と共に崩れ去ってしまった。


 クイーンガードによる黒竜の力も頻繁には使えない。


 化け物を止める手段は残されていなかった。


「リアン!」


 大きな音が断続的に響き渡るかで、マオが空を切り裂く雷鳴のような声で彼の名を呼ぶ。


 リアンがマオに視線を向けると、地面の中から飛び出したサンドワームに一閃をしたところだった。


「こいつ、またシールドを貼りやがった! テメェの恋人になんとかしろと伝えろ!」


 サンドワームの動きに合わせて体を翻し、鍛えられた肉体で戦斧を振り抜いたマオ。


 しかし、傷ひとつ付かず軽く火花が散るだけだった。


 リアンはすぐに魔都にいるマリガンへ通信を行う。


「マリガン、ワームタイプがシールドを再展開した。もう1度レーザーライフルを放てるか?」


「再使用可能まであと30秒! けど、レーザーライフルを警戒して、ワームタイプの動きが変化しているから当てるのが難しい! なんとか一瞬でも動きを止められないかしら!」


 1度目のレーザーライフルが直撃するまでは、魔都に侵攻するため単純な動きだった。


 しかし、シールドを剥がされてから、レーザーライフルを警戒して複雑な動きをし始めたのだ。


 こうなると、サンドワームの動きが捉えられず、レーザーライフルを当てることが難しくなる。


「一瞬動きを止めるために攻撃をしても動きを拒まれる。拘束するような道具もない」


 複雑に動くサンドワームをほんの少しの間だけ、止めることができればレーザーライフルを当てられる。


 しかし直接ダメージを与えられず、巨体の動きと止めておけるようなアイテムも呪文もない。

 

 タイムリミットは刻一刻と迫っている。


 マオが倒れれば、鉄塊は侵攻を開始し魔都を焼き尽くすだろう。


 歯軋りを響かせながら、指で顎をなで、考えを巡らせるリアン。


 どうすれば、鉄塊の動きを止められるのか、思考を巡らせる。


 今まで数々の異世界を旅してきた自分なら、答えを導き出せると信じて。


 そんな難しい表情を浮かべるリアンの元へ、歩み寄る人物がいた。


 その人物は番兵たちをかき分けて、リアンの前に立つ。


「動きを一瞬、止めればいいんだな?」


 唐突に耳に届いた方向にリアンが視線を上げると、赤き鎧を纏った戦士、クイーンガードが立っていた。


「あ、ああ」


 唐突にハリのある声が耳に届いたリアンは、驚き反射的に言葉を返す。


 すると、クイーンガードは槍を身構え、サンドワームの方向へと歩みを進めた。


「ク、クイーンガード様! どうするおつもりで!」


「親友を助ける」


「ま、まさかとは思いますが、黒竜の力をお使いになるつもりですか! 先程も使ったばかり! 短期間に何度も使えば、身が滅んでしまいます!」


「自分の命と大勢の命、天秤にかけたとき、助けるべきはどちらか。明白だろう」


 説得力のある論調で番兵たちを黙らせるクイーンガード。


「リアンとライピスと言ったな。番兵たちと騎兵団、騎士団の避難を頼む」


「――ああ。任してくれ」


 赤き鎧を纏った女性の背中は小さくも、誰よりも大きく逞しさを感じた。


 クイーンガードは番兵たちを背に歩む速度を徐々にあげ、そして走り出す。


「アル、今助ける!」


 そしてクイーンガードは耳に届くか届かないかのような声で口にした。


「――一戦解放!」

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