第18話 スラム街の王

「ここは、いつ来ても気分を害する場所だな」


 苦い表情を浮かべながらとある場所を闊歩するレイ。この場所だけは、容姿端麗な彼が歩いても黄色い歓声が上がることのない場所だ。


 王都はいくつかの地区に分かれており、そのほとんどが白銀の騎士団が警備を行い犯罪を抑制している。


 そのおかげか、王都での犯罪件数は年々減ってきており評判の良い街となっている。


 しかし、白銀の騎士団が唯一手出しのできない地区がある。


 その場所は、『スラム街』である。


 スラム街だけは、騎士団では犯罪を抑制することができず犯罪の抑制ができない場所であった。


「スラムの住人どもめ。私を奇行の目で見るな。本当に気分が悪い」


 大通りを闊歩する騎士団長を、端で座る人、店の外で客引きをしている者たちが奇行の目を浴びせる。中には明らかに嫌悪するかのような表情を浮かべ、舌打ちをする者もいた。


 それもそのはずで、白銀の騎士団はスラム街では嫌われているのだ。以前、騎士団がスラム街を力でねじ伏せて王都から排斥しようとしたことがあったからだ。


 スラムの人々は、訳ありで他の地区では受け入れられない人々ばかりが集まる場所だ。そんな我が家のような場所を力で排斥しようとした騎士団のやり方に、住人たちは抵抗し退けたのだ。


 それ以降、スラム街に騎士団員が近づくことはなくなった。

 

 しかし、そのスラム街を統一し、今やスラム街の王となった組織がある。


 その名も【一ノ瀬組いちのせぐみ】である。


 そして、レイは一ノ瀬組の本拠地前で足を止めた。


「おいおい、騎士団長様が何のようだ? ここはてめぇが来るところじゃねぇんだ、とっとと帰りな!」


 一ノ瀬組の本拠地。


 巨大な平屋で出来たその家屋は、近寄りがたい雰囲気がある。


 一ノ瀬組本拠地の正門に、二人の門番が立っていた。二人とも使い古された防具と武器を装備しており、お世辞にも良い装備とは言えない。


 門番は、聖騎士の格好を見るなり、嫌悪の表情をみせ罵倒を浴びせ帰るように促す。


「仕事の依頼で来ただけだ。用事が住んだらすぐ帰る。イーチノに合わせてくれ」


「誰が合わせるかよ。しかも、イーチノ様は呼び捨てしやがって! イーチノ様は……」


「はい、はーい。そこまでー。騎士団長くん、久しぶりだね」


 門番が何かを言いかけた途端、レイの後方から騎士団長を呼ぶ声が聞こえる。


 聴いたことのある声。レイが振り返ると、そこには髪のてっぺんが白色で先端に向けて濃い紫色に染められている派手目の女性が立っていた。


 どこかやる気のなさを感じさせるたれ目の女性。服装も露出が高く派手で胸上までしかない紫の上着に、白と青のチェック柄のブラジャー。お腹は丸出しで、上着に合わせたショートパンツを履いている。


 腰には紫の鞘に収まった長剣が装備されている。


 戦士としては防御力に乏しい気がするが、彼女なりの考えがあるのだろう。


「一ノ瀬組のナンバー3、『ネロ』。丁度良かった、イーチノと面会したい」


「ふーん。なんで?」


 ネロは指でつまめるほどの細い木の棒の先端についた飴玉を自身の口に放り込む。


「とある依頼をしに来たんだ」


 理由を聞くと、「ふーん」と一言答えを返す。そして、飴玉を口から『チュポン』と音を立てて取り出す。


「それはできないねー。イーチノ様は別の街に遠征してるから。ちなみにマリー様もいないからー、実質的に今のトップはあたしかな」


「ならネロ、君でいい。私たち白銀の騎士団は魔王軍の侵攻抑制と討伐のため遠征する。その間、王都は手薄になる」


「なるほどー。言いたいことは分かった。一ノ瀬組に王都の警備を補強しろって言いたいわけねー」


 見た目に反して、頭の回転が速いネロは即座に状況を理解しレイよりも早く言葉を返す。


「そうだ。話が早くて助かる」


「あたしは別にいいけどさー。王都に残る騎士団や国民は良い顔しないでしょ? あたしらみたいなはぐれ者が他の地区を歩いていたら。スラムの民もいい顔しないし。何かメリットがないとやる気がおきないなー」


「ぐっ……。なら今後、騎士団員の武器や防具を一ノ瀬組にある程度融通させる。それでどうだ?」


「内容によるかなー。へんてこな武器とか防具とか渡されても困るし」


「きちんとしたものを収める。そうすれば、一ノ瀬組の戦力も増強するはずだ」


 ネロは門番を見やる。


 門番の装備を見る限り、今の装備では心もとない。スラムの人々を守るためにも、一ノ瀬組にはきちんと手入れのされた武具が必要だ。


 ネロは空を見上げて、飴玉を口に含む。そして少し考えた後、飴玉を再度口から取り出して、レイに視線を向ける。


「んー、まぁ。それでいいよ。イーチノ様には話を通しておくから。約束は守ってねー。それじゃ、めんどくさい話は終わり。バイバーイ」


 そう言って、ネロは一ノ瀬組の本拠地へと入って行ってしまった。


 ネロは適当なところがある。本当に王都を守るよう動いてくれるのか不安なところがあるレイだが今は彼女を信じるしかない。


(イーチノは組織のトップでありながら人格者だ。この話、イーチノの耳に入ったとて、拒否はしないだろう)


 用を済ませたレイは、気分を害するスラム街から逃げ去るようにその場を後にした。

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