第19話 匂いは変態を引き寄せる
——カキンッ! ザシュッ!
肉を引き裂く爽快感のある音と、鉄を引き裂く疾走感のある音が不毛の地に響き渡る。
牙を向いて飛びかかった魔族の猛犬はライピスの横薙ぎで一刀両断にされ、肉片と返り血が宙を舞う。そのまま走り青鎧の懐に飛び込むと、腰横に構えた剣を一閃させ火花を散らせながら掻っ捌き鉄くずと化させた。
「——やぁッ!」
さらに襲い掛かってくる魔族に、少女は体を翻して剣を一閃させる。
村での訓練で基礎が出来上がっている彼女の立ち振る舞いは、軽やかで力強い。
華奢な体つきでありながら剣を振るうスピードは衰えず、半月の軌道を描くたびに血しぶきが舞い、肉塊や鉄くずが増える。
リアンは彼女の様子を保護者的な目線で視線を向けつつ、負けじと目の前に立ちはだかる魔族へ、エネルギーライフルの銃口を向けて応戦する。
そうしてリアンとライピス、二人だけという戦力で、小規模部隊の魔王軍を難なく壊滅させた。
一息つく間を手に入れた時間ができた二人。リアンは、刀身に付着した血液を薙ぎ払って払い飛ばすライピスに近づき声を掛ける。
「ソードマスターの剣は肌に合っているようでよかった」
「そうですね。まるで以前から扱ったことのある剣のようで、とても気に入っています!」
魔族の返り血をべっとりと体に付けたライピスがリアンに視線を向け、曇りなき笑顔を見せる。
何も知らない者が今の彼女の姿を見れば、ただのサイコパスにしか見えないだろう。
ソードマスターの剣を手にしてから数日。
ついこないだまで子羊のように頼りなかったライピスは、どんな魔族にも屈しないたくましい少女に成長していた。
その実力はあらゆる戦闘手段を用いて戦うリアンに引けをとらないほど。魔族の猛犬に苦戦していたときとは大違いだ。
ライピス本来の力とソードマスターの剣との相性が良かったと言えるだろう。
「両手武器を扱ったことがあるのか?」
「いいえ、全く。村では片手武器の訓練してきませんでしたから」
両手武器を初めて触ってあの実力を出していたことに、リアンは目を見開く。
村の方針としてライピスの素早さを実戦で殺さないために、素早さに特化した戦闘スタイルと取りやすい片手武器の訓練のみを行わせてきたのだろう。
実際、両手武器はパワーこそ出るものの、スピードは落ちてしまう。村の訓練方法は正しかったと言える。
しかし、実戦では彼女に片手武器は合わなかった。片手武器では本領を発揮できなかったと言えるだろう。
彼女の特技である素早さを殺さず、片手武器以外の選択肢があるのなら良い。
だが、村の技術力や設備では片手武器が両手武器の二種類しか作れなかった。他の選択肢がなかったのだ。
だからこそリアンに出会い、三つ目の『ソードマスターの剣を手にする』という選択肢に巡り合えたことで、ライピスは本来の力を発揮させることができたのだ。
(ソードマスターの剣、ライピスに譲って正解だったな)
自身の選択に誤りがなかったことに安堵するリアン。
ライピスがソードマスターの剣を手にしてから、彼女の戦果はうなぎ上りである。
数匹の猛犬に苦戦していた彼女はもういない。
それどころか、村の戦士数人で倒してた魔王軍の小規模部隊をライピス一人で半壊させてしまう。
天賦の才というべきだろうか。彼女の実力は日に日に上がっていた。
■ ■ ■
それから数日後。
いつものように遭遇した魔王軍の小規模部隊を倒し、魔族の屍が転がる中、一息つく。
魔族の屍をなんども目の前にすると、感覚がマヒし何とも思わなくなっていた。
特にライピスの変化は顕著だった。最初こそ、魔族の骸に目を閉じていたが、今となっては平気で骸に囲まれた中でも休息できるまでにマヒしていた。
これが良いことなのか悪いことなのか判断しにくい。冒険者や旅人としては成長していると言え、良いことなのだろうが、一人の少女として見るなら明らかに悪いことである。
ライピスが道を外さぬように決意し、リアンは保護者的な目線でライピスに視線を向けた。
休息を少し取った後に、北へと歩を進めようとしていたときだった——。
ヒュウウウウゥゥゥゥ……。——ドカーンッ!
「!?」
「目の前で爆発!? 一体何ですか!?」
リアンたちの目の前で爆発にも近い大きな音と地を揺らすほどの衝撃が起きる。その衝撃の大きさを物語るように、天まで羽ばたくほどの砂埃が舞う。
「敵か!? ライピス! 武器を——!」
リアンがライピスに戦闘態勢を取るよう言いかけた途端、砂埃の中から何かが飛び出す。
それはリアンに向かって牙を剥き、砂埃に丸い空気穴できるほどの速さで突撃してくる。
そしてあっという間にそれはリアンの懐に潜り込んだ。
(速い! 敵か!)
明らかに自身を狙っていることに気が付いたリアンは武器をヒートブレードに切り替えた瞬間だった——。
それは両手を広げながらリアンのお腹に頭からタックルすると、広げた両腕を閉じ脇腹をがっしりと挟み込む。
突進してきたそれは勢い余って、リアンと共に二秒ほど後方へと宙を舞った後、地面を転がる。
「スーハァー……スーハァー!」
「な、なんだ!」
リアンは驚きのあまり、冷静さを欠いて上ずった声を出す。
一瞬攻撃をされたのかと武器を矛先をそれに向けるが、痛みなどはない。直感的に敵意のある行動ではないと判断したリアンは腹部にしがみついているそれをじっくりと見る。
「ひ、人!?」
瞳を白黒させ、目をぱちくりとさせる。
自分の懐に飛び込んできたものの正体が、突如現れた人だったのだから無理もないだろう。
問題はその人の存在である。
「まだ年端もいかない女の子じゃないか!」
リアンの腹部に顔を埋めて何やらもぞもぞとしていて、顔は良く分からない。しかし、華奢な体つきや多少飛び出ている小さな起伏の存在に少女だということは分かった。
そして目を見張るものがひとつ。背中に背負っている武器である。ライピスよりも一回り小さい体付きの少女が背負っているのは似つかわしくない巨大な戦斧。
柄の長い戦斧で、刃がふたつついているタイプのものである。
「おい、離れてくれ! 暑苦しい!」
「スゥーハァー! 嫌だ! もう少し嗅がせろ、冒険者!」
リアンは力づくで引き剥がそうとするが、少女の力は思いのほか強く引き剥がせない。
「リアンさん! 大丈夫ですか!」
「ライピス! この女の子をどうにかしてくれ! 俺の匂いを嗅がせろとか言って離れないんだ! 引き剥がすのを手伝ってくれ!」
眉にしわを寄せながら引き剥がそうとするリアンの姿に、ライピスは慌てた様子で構えていた武器を背負い小走りで駆け寄る。
そして、女の子の背後からお腹に腕を回し、全身に力を入れて引っ張る。リアンの押す力とライピスの引っ張る力を合わせることでようやく引き剥がすことに成功した。
■ ■ ■
「いったい……なんなんだ」
二人の前で胡坐をかき、頬を膨らます女の子。どこか不服そうである。
ショートヘアで全体的に外はねしている髪は赤く、目は晴天のように青い。
首には可愛らしい黒いチョーカを付けている。
胸元にボタンのついた黒い服を着ており、上着と同じ色の短パンを履いている。
黒い服の上には両肩からひざ下まで伸びた朱色の独特の形をしたベストを着こなしている。ベストは腹部の部分でコルセット様に紐で結ばれ、細い腰のラインが露になっている。
「ねぇ、どこから来たか言えるかな? いくつ?」
きっと何か怖いを思いをして、逃げてきたのではないか。
そう思ったライピスは女の子の前に屈み、視線の高さを合わせて優しく問いかける。しかし……。
「悪いけどおばさんには興味はない! そこの男冒険者、名前を教えてよ!」
「お、おばっ! 私まだ22歳なんですけど!」
帰ってきたのは、女性に対して最大の侮辱に値する言葉。
優しく接したにもかかわらず、恩をあだで返されたライピスは沸騰した湯のように顔を赤らめる。
「あたしより年上の女はみんなおばさんなの! 男冒険者も少しでも若い女の方がいいでしょ?」
「いや、俺は年上派だから」
「リアンさんも何真剣になって答えてるんですか!」
何事もないかのように淡々と女の子の質問へと答えるリアンに、ライピスはさらに顔を赤らめて頬を膨らませる。
「それはがっかり。あたしのことなんて眼中にないってか。けどまぁ、男冒険者、貴様の名はリアンっていうのか。良い名じゃん!」
疑問符ばかりが浮かぶ状況に、女の子は空気を読まずキャッキャと笑っている。
何に対しても臆さない女の子の態度に、リアンは太いため息を付いた後、口を開く。
「それで、俺らに何の用? ライピスと比べても若すぎるし、明らかに普通の女の子じゃないよね?」
「そう! あたしはねぇ~、20歳の冒険者『マオ』って言うんだ! 好みの男の『匂い』を辿ってここに来た! リアンからは『たくましく』て『程よい汗臭さ』、そして『フェロモンガンギマリ』の匂いがするんだよ!」
「は? 意味が分からない」
「あたしは、好みの男の匂いを探して旅をしてんだ! そして見つけた! アタシの体にビリビリと電気が走るような快感をもたらしてくれる匂いに!」
マオがそういった瞬間、一瞬にして地面を蹴り上げ、両手を広げてリアンに向かって飛び込む。
敵意はないが、関わりたくもないタイプ。
リアンはどう対応してよい変わらず顔面を蒼白にしながら一歩後ずさりする。
刹那、ライピスがリアンの前に割って入る。
そしてマオの両手をそれぞれ指に絡ませるように掴むと、リアンに近づけまいと押し戻そうとする。
「これ以上、リアンさんに迷惑をかけるなら敵意アリと見なして、叩きのめしますよ!」
「できるならやってみろ! おばさん!」
マオは二度のバックステップで後退すると、背負っていた紫色の戦斧を手に取る。
華奢な体つきでありながら、身の丈以上の戦斧を軽々と担いでいる。
脅しなどではなく、マオの相棒は戦斧で間違いないだろう。
「武器を構えたからには、敵としてみなします!」
マオが戦斧を構えたのを見て、ライピスもソードマスターの剣を手に取り、腰横に構える。
「二人ともちょっと待って! ここで無駄な争いは——」
リアンが止めに入ろうと、二人の間に割って入った瞬間だった——。
「グガァァァッ!」
魔族の咆哮が鳴り響いた。
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