第20話 大規模部隊

「グガァァァッ!」


 けたたましい咆哮が周囲に鳴り響く。


 空気すらも震えさせる力強さのある咆哮に足元の砂が微かに振動する。リアンは咄嗟に自身の両手で耳栓をし、苦悶の表情で視線を伏せる。


 武器を構えていたライピスも突然の出来事に無意識に柄から手を放し、自身の両耳に蓋をする。


「いい咆哮じゃねぇか! キャハハ!」


 マオだけは咆哮に臆することなく、咆哮の主に視線を向けて凛とした姿勢で立っていた。


 肌に伝わる音の振動。それが咆哮の強烈さを物語っている。

 

 しばらくして咆哮が止む。


 しかし咆哮が凶悪すぎるせいで、瞼を開ければ視界は歪み、キーンという耳鳴りがする。


 すぐにリアンとライピスは麻痺した五感を正常に戻すべく顔を数回、横に振る。


(こんなことなら、音を強制的に遮断するインプラントも入れておくべきだった)


 歪む視界が正常に戻りつつある中、そんなことを考えていると隣からマオが声をかける。


「おい、二人とも見なよ! あの凶悪な景色を!」


 咆哮の弊害が収まり始めたところで、リアンとライピスは微かに歪む視線をマオの目線の先へと向ける。


「——!」


 その光景に、リアンとライピスは固唾をのむ。


「猛犬が数十……数百……、それに赤鎧に青鎧が数十体、紫鎧までいる!」


「あれは……黒い羽のドラゴン!? それに、骸骨の戦士、赤鎧の騎兵までいるぞ!」


 数百メートル離れた先。そこにいたのは、魔族の軍団だった。その数は数百体と言っていい。


 小規模部隊にはいなかったドラゴンや骸骨戦士、馬に跨って槍を携える赤鎧の騎兵までいる。


 敵の数多さだけでなく、見慣れない敵との遭遇で二人は狼狽してしまう。


「ギャハハハ! 魔族の大軍じゃん! 赤鎧と青鎧の能力を持った『紫鎧』、魔族で飼い慣らした『黒竜』まで出してくるなんてなぁ! リアン、貴様たちはよっぽど魔王軍から敵視されてる証拠じゃん! まっ、あたしとしてはこの戦斧で暴れられから最高だけど!」


 マオだけは大声で笑い、狂気に満ちた笑顔を見せる。その瞳の奥にギラつく光はまるでおもちゃを見つけたかのような目。暴れられることに興奮し、犬のように浅い呼吸を繰り返していた。


「リアンさん、敵の中心にいる魔族を見てください!」


 何かに気づいたライピスは敵陣の方を指をさす。リアンはその指先を視線で追う。


「中心? あれは、灰色の鎧の魔族?」


 視線を向けた先に居たのは灰色の鎧を身に纏った魔族が佇んでいた。


 顔を覆う兜には、鋭く切り取られた目の部分とギザギザに切り取られた歯を催した穴が開いている。


 他の青や赤鎧と比べて巨躯で、細長い棒のような柄の先に戦斧が四方についた武器が握られている。


 両腕、両足は丸太のように太く、力に特化した鎧魔族だろう。


 雰囲気や佇まいからして、他の雑魚敵とは一線を画す存在だと肌で感じるられるほどの覇気。強者であることは明らかだった。


 強者の存在に固唾を飲むリアン。


 その刹那、灰鎧の兜の目と歯の切れ込みの口角が上がり、ニヤリと笑って見せた。


「か、兜が笑った? あれは鎧を着こんだ魔族じゃないんですか?」


 不気味な笑顔を目にしたライピスが、驚きの表情で灰鎧の兜を指さす。


「なんだ知らねぇのか? 灰鎧だけじゃなく、赤や青もそうだけど、鎧自体が魔族本体なんだよ。つーか、今まで鎧の野郎たちと戦って気付かなかったのかよ」


「私はてっきり、魔族が鎧を着こんで身を守っているのかと。人間が扱う鎧ってそういうものですから、魔族も同じかと」


 ライピスの村でもそうだったが、鎧は敵の攻撃から生身を守る装備品と決まっている。人類共通の認識と言っても過言ではないだろう。


 一度も外に出たことのないライピスにとって、鎧自体が魔族の本体だという発想には至らなかったようだ。


「それにしても、灰鎧が出てくるなんてな! リアン、貴様かなり魔王軍から嫌われているぞ!」


「どういうこと?」


「魔族には灰鎧、黒鎧、漆黒鎧ってのがいてな、こいつらは他の魔族と違う点が一つある。魔族全体を見ても一体しか存在しねぇってこと! 赤鎧と青鎧、それに紫鎧、骸骨剣士、黒竜なんかは探せばいくらでも見つけられる。だけど最初に言った三種はどれだけ探しても一体しか現存しない」


 マオはさらに現状の説明を続ける。


「しかもその三体はそれぞれ固有の力を持っていて強力だ。魔王軍の中では『三種の神鎧しんがい』って呼ばれてやがる」

 

 何となく話の流れが読めたリアンは、うんうんと頷く。


「一体しか現存しない強力な魔族が俺たちの前に姿を現した。つまり、是が非でも俺たちをこの場で殺したいと思っているってことか?」


「さすがリアンじゃん! やっぱ地頭は良さそうでいい! そういう男の匂いは好きだ! おばさんは理解できたぁ〜?」


「あら、クソガキちゃん。あなたの単調でつまらない話なんて考える間もなく簡単に理解できますよ」


 揶揄うような声音で問いを投げかけるマオに、ライピスも眉を顰め歪んだ笑顔を見せながら捻くれた内容で言葉を返す。


 マオに対して優しく接しようという気持ちなど既に毛頭ないのだろう。


「へぇ〜、おばさんがイキがちゃって! なら、ここは一つ、どっちが勝負しようじゃねぇか! 勝った方はリアンの恋人になる!」


「こ、恋人って……、な、なんでそうなるんですか! そ、そういうのは段階を踏んでからですねぇ!」


 ライピスは頬を紅潮させながら、前のめりになって眉をひそめる。


「恋人になりたくねえの? あたしは一生そばでリアンの匂いを嗅いでいたいからなりてぇんだけど! なら、別の願い事を要求してもいい! できるならあたしが叶えてやるから、なっ!」


「叶えるって……。まぁ、あなたが恋人になってリアンさんの足でまといになるくらいなら、私が恋人になっても……」


「俺は年上派だから」


 何を言っても聞く耳を待たないであろう、少女二人に、リアンは一応ストライクゾーンからハズれていることを冷静沈着な声音で念を押しておく。


 彼女らの耳に彼の言葉が届いているかどうかは分からないが、どちらかが勝ったとしても、断る口実にはなる。


「とにかく勝負だ! 勝負内容は先に灰鎧を倒した方が勝ち! これでどうだ?」


「いいでしょう! 勝負に負けても文句はなしですからね!」


 その言葉を皮切りに、両者は迫り来る敵舞台の方へと向き直り武器を構える。


 ライピスは地面を蹴り上げ走り出し、マオは遅れて走り出すと同時に戦斧を振り上げ地面に向かって半月の軌道を描いたと同時に勝負は始まった。


「もう一度言うけど、俺は年上派、もっと言うとお姉さん系が好みだから、決着がついても恋人にはならないからな!」


 無我夢中で敵陣へと突っ込む二人の背中に、リアンは自身の口元に両手で拡声器のような形を作り再度大声で念を押しておいた。

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