第44話 拒絶か順応か

「それで、これからどうするんですか。手枷をつけられて牢屋に放り込まれて、何か策でもあるんですよね! マオ!」


「アタシも先代魔王軍にあれほど恨まれているとは思ってなかったんだよ! たくっ! アタシたちを見るなり番兵ども、こぞって襲ってきやがって……」


「2人とも落ち着いてくれ。協力を取り付ける以上、サタナーで下手に暴れることはできない。見つかった以上は、彼らの要求に従うしかなかったんだ」


「手足は鎖で繋がれているし、武器も没収された。本当に申し訳ねぇ……」


 3人の声が、殺風景な地下牢獄の中で虚しく響き渡った。

 


 ――数刻前――


 軍馬を走らせ、魔都・サタナーの目前まで迫ったリアン一行。


 魔都の入り口が見渡せる高台で軍馬の足を止める。


 地面から突出した岩陰に身を隠し軍馬から降りると、顎を撫でて軍馬を落ち着かせる。


 主人を失い、荒れ狂っていた軍馬だったが、リアンたちの優しさに触れ心を開いた。


 そのおかげもあってか、リアンたちが岩陰に隠れるよう指示すると、軍馬は嫌な顔一つせず、岩陰で腰を下ろした。


 周囲の警戒を行い、改めて安全を確認すると、岩陰から身を乗り出し、正面に見える魔都の入り口の様子を探る。


「あそこが、魔都の入り口だ」


 マオが指差す方向には石畳の橋が架けられた、魔都の入り口があった。


 魔都の周囲は深い穴が掘られ、底が見えない。落ちたら這い上がるのは難しいだろう。


 つまり事を荒立てず、自然な形で魔都に潜入するには、橋を渡る他ないのだ。


「番兵が数名と、魔族の出入りがある。特に検問も行われていない様子だし、フードで身を隠しながら他の魔族に紛れて橋を渡れば潜入できそうだ」


 不審な行動をせず、いかに魔都の住人に馴染んで潜入するかが肝である。


 3人で行動する以上は、荒波を立てない方法で潜入するの方が確実だからだ。


「魔都へ潜入できたら、まずはクイーン・ガードに接触して協力者になってもらう。マオの旧友ではあるけど、俺らの考えに同意してくれるかは、運だ」


「もしクイーン・ガードが協力を拒むようなことがあっても、アタシがなんとか説得する」


 旧友とはいえ数年の間、言葉を交わしていなかった仲だ。マオがいたとしても協力を拒まれる可能性はある。


 しかし、頼れる人物が他にいない以上、クイーン・ガードに協力してもらうほかない。


 潜入方法を固めると、それぞれがフードで顔を隠す。


 往来する住人に紛れながら魔都へと潜入を試み、番兵の隣を通り過ぎようとした刹那だった。


「止まれ! そこの3人組! 貴様らから異様な魔力を感じるぞ!」


 番兵に止められ、手に持っていた槍を向けられる。


 事を荒立てることは避けたい。


 なんとか言い逃れできないか考えるが、援軍の番兵たちがリアンたちを囲み、あっという間に逃げ道を塞がれてしまった。


 その後は下手に暴れるわけにもいかず、マオ、つまりアルディートの存在がバレ、そのまま取り押さえられた。


 そのまま番兵に連行され、地下牢獄へと押し込まれたのであった。



 ――現在――


「しかし、フードで顔を隠していたのに、マオの存在に気づいたのでしょう」


「そいつはあれだ。魔族特有の感覚だ。魔族同士であれば、互いの魔力を肌で感じ取れる。一般の魔族と比べてアタシの魔力は以上だったんだろうよ」


「つまり、異常な魔力量を保持するマオに番兵たちは不信感を抱いたわけですね」


 殺風景な鉄格子越しに会話をする。


 薄暗いコンクリート壁の廊下。地下のため日差しが入ることはなく、光源は等間隔に置かれた松明のみ。


 ないよりはマシだが、松明の灯火が不気味な雰囲気を作り出している。


 廊下の左右には、それぞれ鉄格子が等間隔に嵌め込まれている。


 鉄格子はところどころ茶色く錆び、場所によってはえぐれているところもある。


 内壁はヒビが入り、コケや何かの根がヒビに沿うように張っている。


 空気は澱んでおり、視界が若干白くなるほどの濃い埃が舞っている。


 手入れが行き届いていないところを見ると、滅多に使われる場所ではないのだろう。


「……」


 マオは大きくため息をつくと、珍しく落ち込んだ表情をして見せた。


「すまねぇな、リアン、ライピス。魔力量を抑えることを失念していた」


 番兵に気づかれたのは、マオの魔力量が以上に多かったためだ。


 ときと場所に応じて、マオは他魔族から見える魔力量の調整をできるのだが、それをすっかり忘れてしまっていたのだ。


「いずれはこうなっていたかもしれないんだ。だから気にしなくても大丈夫。俺もライピスもこうやって生きてるワケだし。それよりもこれからどうするべきか考えるのが先決だよ」


 いつもの活気が感じられないマオを心配し、リアンは慰めの言葉を口にする。


 ライピスもリアンの言葉に乗っかり、自身が大丈夫であることを伝える。


 2人の優しい言葉に、マオは再び大きなため息をついた後、小声で「……ありがとな」と呟いた。


 そして、いつもの調子を取り戻したマオは、いつもの元気な表情へと戻り、顔を上げた。


「そうだな……。なら、今やるべきことをやるか!」


 いつもの活気のある声で気合を入れると、フンッ! と鼻を鳴らした。


「最優先でやることはアタシの旧友クイーン・ガードに接触すること。うまくアタシらの作戦に協力してくれれば、この魔都でも行動がしやすくなるかもしれねぇ」

 

「そのあとは?」


「この魔都の支配者に謁見できるよう手配してもらう。そこで、アタシたちと先代魔王軍の目的が一緒のことを伝えて、協力を要請する」


 この状況下で1番無難な作戦と言えるだろう。


 マオの作戦がスムーズにいけば、協力を取り持つのもそう遠くはない。


 しかし、この作戦において、解決しなければならない3つの問題があった。


「作戦は分かりました。しかし私たちは今、身動きが取れません。手足の鎖を外して、自由の身になる必要がありますよ。それに、旧友とは長年離れていたわけですよね。素直に協力してくれるかどうか。仮に協力してくれたとしても、魔都の支配権を持つ魔族が私たちを受け入れてくれるか……」


 ライピスが掲げた問題は3つ。


 この牢獄から脱出できるのか。


 脱出できたとして、クイーン・ガードに無事接触できるか。接触できたとして、素直に協力してくれるか。


 そして、魔都の支配権を持つ魔族が強力に応じてくれるかだ。


「マオは魔王軍として動いていたわけなんだよね? そうなると、敵対組織の王の娘の頼みを、支配権を持つ魔族が耳を貸してくれるかどうか」


 先代魔王軍としては、魔王の娘を人質にとれた状況である。つまり、交渉を有利に進められるのは相手の方だ。


 問題を解決するべく、それぞれが思案していた刹那、地下牢獄の入り口から足音が近づいていることに気づいた。


 3人は耳を澄ますように、言葉を交わすのをやめ、静寂を作り出す。


 ガシャッ、ガシャッ――


「鎧を着込んだ奴が数名近づいてきてやがる。2人とも用心しろ」


 マオは最低限の声音で2人に忠告をする。


 足音が近づくたびに、何が行われるのか、不安でしかなかった。


 そうして松明を持って現れたのは、問題を解決してくるかもしれない人物だった。


 その人物は、マオの牢獄の前で立ち止まり、松明を携えて両脇に立つ兵士もピタリと足を止める。


 灯に照らされ、その人物の正体がはっきりした途端、マオは複雑な心情を顔に出した。


「クイーン・ガード……、いやスフィー」


「……」


 そこには、丹精な顔立ちに魔族とドラゴンのハーフである特徴的な耳と目を持った魔族、クイーン・ガードが立っていた。


 マオは以前のようにあだ名で呼ぶ。しかしクイーン・ガードは何も反応を示さない。


 むしろ、あだ名で呼ばれたことに、不快感を覚えたのかマオに向かってギロリと、ルビー色の鋭い瞳で睨みつけていた。


「怒るのは分かる。数年前に魔王軍が2つの派閥に分かれてから、口を聞くこともなかったからな。それは申し訳ねぇと思ってる。だが、アタシはソフィーを守りたかった。下手に魔王の娘が先代魔王軍側についた魔族と親しそうにしている場面を見られれば、ソフィーの首が刎ねられる。それだけは防げきたかった」


 マオは前のめりになりながら、続けて口を開く。


「できるなら、アタシはスフィーとあだ名で呼びあえる仲に戻りてぇと思ってる。あの時、魔王城の中庭で話し合ったように」


 マオは目の間の旧友に対して、自分が起こした行動の理由や、気持ちを全てを感情に任せて吐き出した。


 全て嘘偽りのない、彼女の気持ちだ。


 マオは全て言い切ったことに、ため息を吐いた。


「……それで?」


 返ってきたのは冷たい一言。


「それでって……。アタシはスフィーを助けたくて……」


「スフィー、スフィーってうざい。その名を呼ぶな! 下劣な魔王の娘、アルディート!」


 怒号とも言える、一言。


 予想以上の言葉の返しにマオは絶望のあまり固まってしまった。


「全く、昔のままだなお前は。何も成長していない。魔王の娘というのは、いつまでも子供のままなんだな」


「どうしちまったんだよ、スフィー……。そんな冷たい奴じゃなかっただろ!」


 マオは喉に詰まった言葉を吐き出すように、全身に力を入れて思いを伝える。


 しかし、クイーン・ガードからの返事はなく、ただ冷たい視線が向けられるだけだった。


「魔王の娘。お前を使って魔王軍との戦いを有利に進めさせてもらう。それまで死ぬなよ、クズ」


 そう言い残して、クイーン・ガードはその場を立ち去ってしまった。


「スフィー、アタシらは友じゃねぇのかよ!」


 立ち去る赤い鎧に声を張り上げるマオ。


 聞こえているはずのマオの気持ちは届くことはなく、返ってきたのは『拒絶』であった。

  

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