第55話 理想と現実
「親友と魔都を助けるために命を張る〜。簡単にできることなじゃない、尊敬するわ〜」
遠ざかる赤き鎧を纏った戦士の背中を見届けた後、頬に手をあて間延びした声を漏らすエイリアス。
緊張感が漂う空気の中で、エイリアスだけはマイペースであった。
「そうね。熱くなるものがあるわ。私がピンチのとき、エイリアスはどうする?」
マイペースな空気の輪は広がり、周りの魔族や人間たちからも緊張感が薄れていく。
アイも例外ではなく、返事をするぐらいの余裕が生まれていた。
「アイアイは〜、助けなくても自力でなんとかするでしょ〜。だから放っておくわ〜」
「なんでよっ!」
犬のように吠えるアイを尻目に、ポルポはリアンたちに歩み寄る。
「このポルポ、驚きですぞ。不毛の地に足を踏み入れている人間が他にいたとは」
物珍しそうな口調で問いかけるポルポ。視線の先に映るのは、リアンとライピスである。
「その鎧に刻まれた紋章、人類最強と名高い『白銀の騎士団』ですよね! こんなところでお目にかかれるとは嬉しい限りです!」
ポルポの装備する鎧に刻まれた紋章を見るなり、歓喜の声を上げるライピス。
その喜び具合は相当なもののようで、目を輝かせ胸の前で自身の指を絡め、神を崇めるかのようにしている。
対し隣で見ていたリアンは不思議そうな表情でライピスに問いかける。
「白銀の騎士団ってなんだ?」
「人類最強の騎士団ですよ!」
ライピスは食い気味で答えを返す。
「白銀の騎士団は王都に所属する人類最強の騎士団なんです! 少数精鋭の団員で構成されていて、1人1人が高い戦闘技術を持ち合わせています」
「ほぉ、なるほど」
「特に隊長を務めるレイ・フォース様は、人類最強と名高い人物の1人で、誰もが憧れる存在なんですよ!」
いつにも増して、目を輝かせるライピス。
普段の冷静で少しおどけなさが残る彼女は、憧れの人物に見惚れている少女のようだった。
「レイ・フォース……ねぇ……」
やかんのお湯が沸いたかのように顔を真っ赤にしていたアイが、ボソッと呟く。
エイリアスとの戯れ合いが終わり、落ち着きを取り戻したアイはポルポの隣に立つ。
そしてライピスの瞳をじっと覗き込むように視線を向ける。
「な、なんですか……?」
目が吊り上がり、人相があまり良くないアイ。
眼力のある視線に恐怖心を覚えたライピスは子鹿のようにブルブルと震え出す。
今までマオの母親のような存在で、幼いながらも理想の大人を演じてきたライピス。
しかし今は、幼い心を持つ本来のライピスである。
少女はリアンの腕へと無意識に抱きつき、溢れ出す恐怖心を中和しようとする。
その光景を目にしたアイは、羨ましい気持ちと憎たらしい気持ちが入り混じり、少しばかり眉が吊り上がった。
「ライピスとか言ったわね。悪いことは言わないから、レイ・フォースに希望や憧れを抱くのはやめておきなさい」
アイは咎めるような語調でライピスに詰め寄る。
反射的にライピスは『ひっ!?』と狼狽えたおろおろ声で、後ろに身を隠す。
「アイアイが脅すような口調で問い詰めるから、可愛い女の子が怖がったじゃない〜」
「アイ殿はしっかりとした反面、鬼のような顔で威嚇することがありますからな」
「私に対するフォローはないわけ? 同じ隊なのに冷たいわね」
いじけたような口調で吐き捨てると、フンっと鼻を鳴らす。
「マオとか他の魔族に対しては大丈夫なのに、この子はダメなのか?」
「ダメとかではないんです! ただ、騎士団の中でも狂犬として有名なアイさんは怖いんですよ!」
「だ、誰が狂犬ですって!?」
狂犬という言葉に対し、反射的に詰め寄ろうとするアイ。
幼き少女に牙を剥こうとしている狂犬を止めるべく、エイリアスとポルポが止めに入る。
「だって、有名じゃないですか。誰にでも噛み付く狂犬って……」
「た、確かにあながち間違ってはおりませぬな!」
「そうよね〜。だから、レイ隊長が魔王軍に寝返ったときも、先を考えずに牙を剥いたんだものね〜」
「――えっ……。レイ・フォース様が……裏切った……?」
何気なく放たれた衝撃の事実に、ライピスは面食らったように立ち尽くす。
輝きを宿していたはずの瞳からは、光を失い絶望が渦巻くドス黒い色へと変化していた。
その瞳を目にしたアイは、牙を納めるとため息を吐く。
「そうよ。レイ・フォースのバカは裏切った。私たちを除く団員を目の前で殺した」
先程とは一転、アイはしんみりとした口調で言葉を紡ぐ。
「だから、希望を持つのをやめなさいと言ったのよ。アイツはもう人類の希望でもない。人類を絶望に陥れる存在に――」
その言葉を遮るように、ライピスは憤怒の表情でアイに詰め寄り胸ぐらを掴む。
「そんなはずはありません! 彼は、レイ・フォースは人類の希望であり救世主なんです! 私の夢の人なんです!」
彼女にとって、レイ・フォースとは家族で憧れた存在。
絵本に出てくるような勇者のような存在。
いつか、レイ・フォースに肩を並べられるような存在になれるようにと、目標にしていたところもある。
「夢を見るのは勝手だ。だがな、レイ・フォースは人類を裏切った。それが現実だ」
「アイアイ、そんな言い方は……」
「なら、私が目を醒まさせてあげます! あなたは人類を救う救世主なんだよと!」
レイ・フォースに相当な思い入れがあるライピス。
アイがどんなに真実を述べようとも、食い下がる。
「お父さんやおじさんもレイ・フォースの強さに憧れていました。若くして才能を開花させ、人類の希望と言われる存在に」
ライピスは物寂しい口調で続ける。
「だから、私がレイ・フォースを助けて死んでいったお父さんやおじさんに誇れる女性になるんです! 私が――」
「何か勘違いしているわね」
ライピスの言葉を遮るようにアイが言葉を紡ぐ。
「レイ・フォースがなぜ人類の希望と呼ばれているか分かる?」
「そ、それは、強いから……」
「そうよ。でも、強いという表現で収まるならいい方。アイツは、誰もなしえなかったクエストを若くして1人でやり遂げた。強いという表現では足りない。人間の限界を超えた最強の男なのよ」
淡々とした口調で続けるアイ。
「その後にたくさんの人がアイツに戦いを申し込んだ。だけど誰も勝てなかった。そんな奴の説得をする? 目を醒ませる? どうやって? あなたのような小娘、アイツの一振りで殺されるのがオチよ」
的確で的を得ているアイの言葉に、ライピスは反論できなかった。
薄々、説得は難しいだろうとライピスも分かっていたのだ。それでも、わずかな可能性に賭けられるならと、希望を持った。
しかし、現実は非情。
アイの言葉にどこかストンッと納得してしまい、希望という理想は少女の中から失われていった。
――ドガッーン!――
しんみりとしてしまった雰囲気を破るように、空気を揺らすほどの轟音が響き渡る。
「始まったようだな」
反射的に音の方へと視線を向けると、サンドワームと戦うマオとクイーンガードの姿があった。
ライピスの気持ちなどお構いなしに事は進む。
「とりあえず、ここから避難しよう。戦いの流れ弾に巻き込まれる」
刻一刻と時間が経過するたびに、戦いは激しさを増す。
ここにいれば確実に戦いの余波に巻き込まれるだろう。
「ライピスも今はしっかりしてくれ」
虚空を見つめるライピスの肩を掴み、気を取り戻させるリアン。
よほどショックだったのか、リアンの声も戦闘の爆音も耳に届いていない様子だ。
そうこうしているうちに、戦いの衝撃で生じた岩石がリアンたちの元へ降り注ぐ。
「いち早くこの場から離れた良さそうね〜」
エイリアスの言葉を皮切りに、トラディスガードや番兵たち、アイたちは次々と戦線を離脱していく。
「仕方ない、ライピス! 腰を触るぞ!」
今だに虚空を見つめるライピスを抱き抱え、丸太を持つように肩に乗せると、リアンも戦線を離脱する。
そうして、ある程度離れたところで集まっていた一同の元へ、リアンも到着し、ライピスを下ろす。
「アイ、だったか。ライピスの面倒を頼めるか?」
「どうしてよ! あなたがすればいいじゃない」
「俺はマオたちの護衛に向かう。サンドワームと戦う手段を持ち合わせているのは、この中で俺だけだからな」
「あんたねぇ! 初対面で生きないこき使うってどういう――、ンーー!」
アイが絡みつくように話をしようとした途端、ポルポとエイリアスによって口を塞がれ、羽交い締めで動きを封じられる。
「私たちが面倒を見ておくから〜、行ってくるといいわ〜」
「ここは、このポルポに任せておくですぞ!」
リアンは力強く頷くと、ライピスたちに背を向けて走り出した。
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