第56話 阿吽の呼吸
「私が黒竜の力を槍に集めている間、サンドワームの攻撃を引きつけて!」
「おっしゃあ! 任しとけスフィー!」
2人は端的に言葉を交わす。
一言二言の内容だったが、長年の親友ならではの阿吽の呼吸で言葉の意味を理解し、行動へと移す。
マオはサンドワームとの距離を一気に縮める。
大振りの攻撃を避けると同時に、戦斧を振るう。
攻撃的なマオに危機感を覚えたのか、サンドワームが食いつく。
2人の狙い通りだ。
サンドワームはマオを捉えようと、何度も身を翻しながら彼女の動向を追い、顔部や体側を使って押しつぶそうとする。
読んでいたかのように攻撃を避けると、マオは続け様に戦斧を一閃させる。
下手を打てば、魔王の娘といえど簡単に死ぬ威力だ。
それでも、マオは攻めの姿勢を崩さない。
一方でスフィアも動き出す。
彼女はサンドワームの視界外に止まるように移動する。
そして、黒竜の力を愛武器である紅蓮の槍に注ぎ込んでいく。
通常、戦闘では、常に味方の位置を把握しておく必要がある。
誰がどの位置にいて、自分が何をするべきなのか把握するためだ。
そして自軍が劣勢なら、尚更だ。
しかし、アルとスフィアは互いに視線を交わすことはない。
彼女たちの視線は各々のやるべきことへ向いている。
基本戦術を疎かにしているのにも関わらず、2人の動きに乱れはなく視覚で確認しなくとも、感覚で常に互いの位置を把握しているような動きだった。
マオの攻撃に巻き込まれる恐れがあると感じれば、スフィアは魔力を注ぐことを中断し、一度身を引く。
スフィアの行動に信頼を置いているマオは、思う存分、有り余る力を込めて戦斧を振るうことができる。
逆も然りで、互いが常に動きをリスペクト、まさしく阿吽の呼吸というべきだろう。
「来やがれ! サンドワーム!」
マオは空を切り裂く雷鳴のような声で叫ぶと、サンドワームの体側目掛けて武器を一閃させる。
戦斧が体側に触れるが、刃が通ることはない。
それで十分であった。
サンドワーム本来の目標は魔都の破壊及び、住人たちの殲滅。
目標の過程において、邪魔が入ることも織り込み済みだろう。
「ガァァァァアッ!」
しかし、その邪魔者がサンドワームの命を脅かす存在となれば、本来の目的よりも邪魔者を排除することが優先となるだろう。
そうなれば、魔都を守る時間が稼げる上、サンドワームを倒す算段を考える時間も作れる。
マオとスフィアはそのために、戦っているのだ。
「傷はつかねぇが、アタシの小癪な攻撃、鬱陶しくて仕方がねぇだろ! デカブツ!」
強固な体側を足場にして、断続的に戦斧を一閃させるマオ。
サンドワームは群がるハエを潰すかのように、ミミズのような長い胴体を翻す。
しかしマオは離れない。
体側を足場にして動きを合わせ、一瞬の隙に合わせて戦斧で斬撃を加える。
「アルばかりに気を取られてはダメよ。私の黒竜の力はシールドと強固な体側を一時的に破壊できるのだから」
そこへ黒竜の力を注ぎ終えたスフィアが、湧水のように澄んだ声でサンドワームに語りかける。
マオを遠ざけることばかりに気を取られていたサンドワームは、スフィアの存在を失念していた。
体側を挟んでマオと真逆の位置で武器を構えるスフィア。
そしてある程度まで近づくと、漆黒に染まった紅蓮の槍を横なぎに一閃させた。
横なぎの一閃は目にも止まらぬ速さ。しかしながら、半月状の軌道はしっかりと目で見てとれた。
「グガァァァァァ!」
黒の一閃はサンドワームの持つシールドを部分的に破壊し、体側に大きく傷をつけた。
痛覚が備わっているのか、地響きを起こすほどの咆哮を上げるサンドワーム。
顔部が上向きになり、胴体前方が地面から離れる。
「さすがスフィー! この時を待ってた!」
サンドワームが僅かにのけ反り、地面と体側の間にできたわずかな隙間。
そこへすかさず、マオが身を移す。
体を大きく捻らせ戦斧を構えると、体側が落ちてくると同時に、バネのように体を捻った。
そして落ちてくる鉄塊に合わせて、戦斧を全力で振るった。
――グワガァーン!
戦斧と体側がぶつかり、空気を揺らがせるほど音と衝撃を放つ。
何十トンという重さの鉄塊に対し、下から振り上げたマオの戦斧はサンドワームを叩き上げる。
「アタシが力負けするわけねぇだろうがぁぁァァ!」
気合いの籠った言葉と同時に、マオは戦斧を持つ腕に力を入れる。
歯軋りを響かせながら、何十トンという重さの鉄塊を弾き返すように戦斧を振り抜いた。
叩き上げられた強力な一撃は、サンドワームの顔部を天高く打ち上げ全身を反り立たせる。
顔部が頂点へと達したとき、巨大な撤回は直立不動となった動きが鈍くなった。
その瞬間。
――チュドーンッッ!
魔都から光のような速さで、一直線の発光体が発射される。
その光はサンドワームに直撃すると同時に、全身から光が四方に飛び散っていった。
「シールド消失を確認! 今よ!」
連絡用にと渡されていたイヤホンを装着していたマオの耳に激情の籠ったマリガンの声が届く。
その言葉を待ち望んでいたとばかりにマオは口角を大きく吊り上げ、ニッと笑って見せた。
「了解! 顔部に一発、かましてやらぁ!」
「アル! 私も力を貸すわ!」
重力に従って力無く倒れてくる鉄塊。
マオは顔部が地面に着くであろう予測地点に体を向けながらバックステップで距離を取る。
「アタシらの最高の一撃、そのデカブツに覚えさせてやるよ――」
「絆で繋がった相性抜群の私たちの一撃は重いわよ――」
ある程度、身を遠ざけたところで腰を落とし、戦斧と紅蓮の槍を構えた。
――ドドドドドドッ!
轟音を響かせ、砂埃を巻き上げながら体側の後方からどんどんと地面に叩きつけられていくサンドワーム。
やがて顔部が音を立てて地面を叩いた。
同時に、マオとスフィアは一気に地面を蹴った。
目にも止まらぬ速さ。
光のように一筋の幻影を残しながらサンドワームの顔部に向かって突っ込む。
顔部が目と鼻の先に迫った途端――。
2人は武器を握る手に力を込めて、同時に顔部へ渾身の一撃を加えた。
金属がギリギリと音を立てて、食い込んでいく。
同時攻撃は十分過ぎるほどの威力を発揮。
振り抜いたと同時に、顔部から鉄の破片が飛び散った。
「ウラァァァ!」
「ハァァァアァ!」
振り抜き激情が溢れ出る言葉に、彼女たちの周りに風が吹く。
サンドワームの顔部はズタボロ。
目立つ大きな傷跡。
レーザーなど撃てないほどにひしゃげていた。
「どうだぁ!」
マオは雄叫びのような声をあげ、勝利を確信する。
「魔都への攻撃手段は断った! あとはデカブツを輪切りにでもして――」
「待ってアル! 様子がおかしい」
勝利の余韻を打ち消すように、スフィアは喉を鳴らし不安な声を漏らす。
サンドワームに視線を移すと体側が赤く脈打ち始めているのが確認できた。
まるで人肌に血管が通っているかのように。
「サンドワームから高エネルギー反応! その場から離れて!」
示し合わせたかのようにマリガンの緊迫した声がマオの耳に届く。
「スフィー! ここはヤベェ! 逃げるぞ!」
マオは咄嗟に親友の手を握り、全力でその場から身を引いた。
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