第59話 異物には異物を

 吹き荒れる大地、お天道様の光すら通さない灰色に染まった分厚い雲。


 死のニオイが漂う不毛の地。


 立つことさえ恐怖を覚える地に突如降り立った、4本足で聳え立つ殺戮兵器。


 怪物とも呼べるそれは、四方八方にレーザーを放ちながら、魔都へと歩を進める。


「あぁ……、クイーンガード様……!」


 その様子をただ呆然と眺めることしかできない先代魔王軍。


 魔都に住む者たちの最高戦力とも言える、クイーンガードが散ったことに、番兵たちは絶望の唸り声を上げる。

 

「クイーンガード様すら敵わなかった魔王軍の化け物。我らはただ眺めることしかできないのか」


 トラディスガードはゴツゴツとした巨大な右手を力強く握りしめる。


 ギチギチと音がなるほど、強く握り、兜を越しに悔しさや焦燥感といた感情が透けて見えた。


「あのクイーンガードをいなした相手となると、この場にいる総勢で立ち向かっても勝ち目はないでしょう」


 もう1人のトラディスガードが、温もった声で冷静に相手を分析する。


「ここにいる者たちで、総力を上げて戦ったとしても、せいぜい足止め程度。無駄に命を落とすことになりますよ」


「じゃあ、どうするつもり? 尻尾巻いて逃げるわけ? 魔都が落ちたら、魔王軍に対抗する手段が無くなるわよ!」


 アイは鼓膜が破れそうなほどの声量で、トラディスガードに牙を向く。


「私たちは、魔王軍と裏切り者のバカ隊長を倒さなくちゃいけないの! 黄金の騎兵団は魔都の番人なんだから、なんとかしてよ!」


「アイアイ、落ち着いて」


「落ち着けって方が無理よ! 先代魔王軍は、魔王軍に対抗する唯一の希望なの!」


 目尻に雫を浮かべ、目一杯の大声を張り上げる。


「人類最強と言われた私たち、白銀の騎士団は陥落した! 先代魔王軍まで落ちたら、もう……、この世界は終わりよ……」


「アイ殿……」


 アイの熱い想いを乗せた言葉は徐々に尻すぼみ、消え入るような声で嘆いた。


「白銀の騎士団アイ様のお気持ちは分かりました。しかし、今は撤退するべきです。来たる日に迎えて、戦力を温存しなければ」


 この場で戦力を削げば、それこそ勝ち目がなくなる。


 言葉に出さないだけで、番兵たちも分かっていた。


 皆が灰色に曇った表情を浮かべる。


 一同は視線を伏せ歯を食いしばり、眉に皺を寄せることしかできなかった。



 ――シュンッ!――


「ごめん、この2人の介抱も頼む!」


 湿っぽくなった雰囲気を突き破るように突如響く、明るい声。


 よく通る、味のある声色に、一同は視線を上げた。


「アルディートと行動を共にしていた人間! リアン・マティアス!」


 肩を大きく上下げさせ、呼吸を乱れさせながら立つ男性の姿。


 太ももから下は、機械的な亀裂が入り隙間からは蒸気が上がっている。


 背中に取り付けられたインプラントからは放熱がされ、空気が澱んでいた。


「リアン・マティアス……。あんたは一体……」


 男性の異様な姿に、呆気に取られる一同だが、両肩に背負われている人物に気がつくと、態度が豹変する。


「クイーンガード様!」


「魔王の娘もいますぞ!」


 アイの言葉を遮るように、一同が声を上げる。


 2人の傷ついた姿に、駆け寄ってきた数名にリアンは押し付けるようにして、マオとスフィアを預ける。


「マティアス殿! ここは撤退しますぞ! 我々では勝ち目がありませぬ!」


 ポルポは今の状況を軽く説明し、撤退の意思が固まっていることを伝える。


 しかし、リアンは皆に背を向ける。


「俺は皆に対しての『信頼』はまだ得ていない。それまでは2人を頼んだ」


「どこに行くつもりなのだ! お主も一緒に逃げ――」


 トラディスガードの言葉を遮るかのように、背中のインプラントを稼働。


 同時にリアンの視界は黒く澄んだ世界に包まれる。


 人、風、砂埃、全ての動きが止まる。


 心配の目を向ける先代魔王軍の気にも止めず、リアンは消えるようにしてその場を立ち去った。



 

「――るのだ! ……彼奴はどこにいった!」


「トラディスガード様! 見ましたか! あの人間、消えましたよ!」


「消えた!? 何を言っておる! そんな魔法など聞いたことが……」


「いいえ、確かに消えたわ〜。私の前で、パッと消え去ったの〜。ポルポンも見てたでしょ〜?」


「確かに消えましたぞ! まだ見ぬ魔法が存在するのですな!」


 アイは涙を拭うとリアンの立っていた場所に視線を向け、唇に指を当て思考を巡らせる。


「あのリアン・マティアスという人間、何者……本当に人間なの?」


 視線をリアンから預けられた2人に視線を向ける。


「ライピスとマオ……、だったかしら。彼女たちなら何か知っているかも……。あわよくば、レイ・フォースを倒す一助になるかもしれないわね」


 不可思議なリアンという存在に、興味を持つアイ。


「クイーンガード様とそのご友人、そして人間の娘を安全な場所で休ませる。一同、この場を離れるぞ!」


 赤い鎧の少女と魔王の娘はそれぞれ2体の黄金の鎧に抱き抱えられその場を離れる。


 そして人間の少女は、白銀の騎士団によって激戦区を離れることとなった。



「これ以上の負荷は、無理か……。スピードライズを解除」


 先代魔王軍が見えなくなるところまで、移動したところで背中のインプラントを停止させる。


 リアンの額からは脂汗が滲み出ており、背中のインプラント周辺の皮膚は黒く変色するほど火傷していた。


 それでも足を止めず、サンドワームから距離をとって走る。

 

「ブロウクラーの弱点はコアだ。そしてそのコアは、4本足の終着点となる胴体にある」


 未だレーザーを放ち続ける、サンドワーム。


 かつての仲間を殺害した機械兵器を視線に捉えながら思考を巡らせる。


「リアン!」


 突如耳に届いた聞き慣れた声に、リアンは足を止め振り返る。


「マリガン! 心配したよ!」


「義体だから心配ご無用でしょ。でも心配ありがとう、実はリアンには必要なものを探していたのよ」


 両手で持つそれをヒョイっと弧を描いて投げ、リアンの手に渡る。


「エネルギーライフル! とってきてくれたのか、助かったよ!」


「あなたの愛用武器でしょ。特注品でブロウクラーのような異物に効果のある武器なんだから大切にしてよね!」


「これで、まともに戦える!」


 リアンはエネルギーライフルを手に取りじっくりと眺める。


 義眼インプラントで、状態を細かくチェックしているのだ。


「スキャナーシステム搭載タイプの義眼にしておいて良かったわね。通常では見えない内側の異常まで確認できるんでしょ?」


「うん。値は張ったけど、買って正解だったよ。おかげで、武器のメンテナンスとか諸々、大助かりなんだ」


「リアンの体は、もうほぼインプラントだものね。生身部分は……、アソコくらいかしら?」


「男の大事な部分だからね。それこそインプラントにしてしまったら、偽物の快感を味わうことになるし」


「ほんと、性に関してはこだわりがあるわね」


「いいだろ別に。そのほうが、マリガンもいいだろ?」


「まぁ、秘匿通信を介してバーチャルでヤらしてもらってるけど、最高の一言に尽きるわ」


「でしょ? マリガンが義体じゃなく、人間に近い体を手に入れることができたら、本物の味を教えるよ」


 思春期の男子のような会話をしているうちに、スキャンが終了し、リアンは視線を上げる。


「エネルギーライフルに異常はなし。普段通り使える」


「良かったわ。でも体の方はかなりまずい状況じゃないかしら?」


 マリガンはリアンの目と鼻の先に立ち塞がると、義体の腕でぎゅっとリアンの手のひらを握る。


「かすかに震えているわね。神経異常を起こしている証拠よ」


「分かってるよ。でも、やらなきゃいけない。マオとクイーンガードが、命を投げ打ってサンドワーム本来の姿を暴き出したから」


 風で砂埃が舞う中、リアンはエネルギーライフルを力強く握りしめる。


 そして、サンドワームを睨むように視線を向ける。


「この世界での異物には、同じく異物である俺が仕留めるべきだ」


「異物には異物なりの戦い方があるわよね」


 2人はそれぞれ武器を構え歩き出す。


 サンドワームという異物に対して、戦えるのは同じ異物である彼らなのだ。


 


 


  

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