第60話 インプラント流

 インプラント化技術。


 それは、人間の一部位を機械に置き換えることのできる技術。


 強さや賢さの強化、知能やアレルギーといった弱点の克服などができる、言わば科学の結晶とも言える技術である。


 金さえ積めば簡単に誰でも物理的に肉体強化ができる。聞こえはいいが、インプラントに固執すると、危ない橋を渡ることになる。


「これ以上のインプラント導入はやめな、リアン。あんた、インプラントに依存しすぎだよ」


 ウンファは仕事部屋の一室で、怒気を含んだ声を響かせる。


「ドクター・ウンファ。目的のために強くなれるなら、いくらでもインプラントを導入する。だから……」


「それが、入れすぎってんだよ」


 リアンの言葉を遮るように、ウンファの心配する声が飛ぶ。


「7つなんて入れてるやつ、インプラントオタクか人格破壊者だよ」


 タブレットに映し出されたリアンのカルテルを見るなり、ウンファはため息をつく。


「インプラント導入のデメリット、最初に話したはずだけど? 理解していないのかい?」


「神経異常と、人格破壊のことだよね? 覚えているよ」


「なら、そのデメリットについて、復唱してみな」


 ウンファはドカッと椅子に勢いよく腰掛けると、足を組み太々しく腕を組む。


 クールな印象深い一重でリアンを睨み、質問に答えるよう合図を出した。


「神経異常は、インプラントの導入過多と使用頻度が高いことで起きる障害。手の震えや体の震え、体が思うように動かなくなることがある」


「その通りだ。分かっているじゃないか。で、人格破壊は?」


「人格破壊は、インプラント依存者のなれはて。神経異常を長期間放置すると発症。人格破壊者になると、生きうる者全てを殺そうとする殺戮兵器になる」


「付け加えるなら、インプラントの暴走による殺戮衝動だ。インプランに脳が侵食され、殺すことでしか快感を得られなくなる寸法さ」


 淡々とした供述を述べるリアン。


 インプラントの危険性について、理解はしているようだが、そこまで重く考えていないといった様子だ。


「はぁ……。そこまで分かっていて、どうしてインプラントに固執するんだい……」


 ウンファは人差し指と中指で額を支えるようにして視線を伏せ、ため息をつく。


 再びタブレットを手に取り、何度か画面をタッチする。


 数回タッチした後、ウンファは青年へと視線を移した。


「リアン」


 いつしものなく静かな声で青年の名前を呼ぶドクター・ウンファ。


 目の前のひよっこインプラント導入者に視線を移し、呆れた表情で語りかける。


「インプラントの導入は1つだけ受けてやる。それ以上はあたしのところで手術しない」


 ウンファは言い捨てるような口調で言葉を紡ぐ。


「人格破壊者を何人も見てきた。自分の感情とは裏腹に勝手に動く体。これほどの生き地獄はない」


 そういってタブレットに映し出されたのは1本の動画。


 1人の男が奇声を上げながら、大通りで暴れている様子の動画だ。


 男は体内に埋め込んだインプラントを使い、街行く人を襲っている。


「俺はおおお、俺、オれはははは、ガァあああ!」


 何かを叫んでいるが、唇が痙攣してうまく喋れていない様子。


 そしてよく見ると、男の目には涙が浮かび、瞳は虚である。


 その後、動画は数秒間続き、やがてブツリと途切れた。


「……」


 人格破壊者の様子を目の当たりにしたリアンは、なんとも言えず、ただ黙ってイルことしかできなかった。 


「リアン・マティアス。成し遂げなくちゃいけないことがあるんだろ? なら、インプラントで人生を棒に振るのは、バカの所業だ」


 吐き捨てるように今の心情を打ち明けた、ウンファ。


 表情や雰囲気、そして言葉を汲み取ってか、リアンは固唾を飲み、不安げな表情を見せる。


 ようやく人格破壊者になってしまうことの恐ろしさを覚えたようだった。





「――レッグバースト!」


 下半身に導入された、インプラントが熱を帯び起動する。


 同時に地を蹴ると、風を切るようなスピードで、リアンの体は加速する。


 ふくらはぎに刻まれたインプラント導入跡が開き、放熱を開始。


 焼き切れたズボンの隙間からは、火の粉が飛び散る。


 額からは脂汗が滲み出し、心臓は早鐘を打つ。


「俺の速さで、奴を牽制する」


 四つ足で歩く巨体に近づいたリアンは見上げるようにして視線を向ける。


 サンドワームは依然、魔都への進行を続け、止まることを知らない。


「このままのさばらせておけば、数時間かからずに魔都に着くか」


 遠くに歪む魔都と巨体の位置を把握するリアン。


 そこから大雑把に算出して、タイムリミットを導き出す。


「唯一の救いは、ワーム状態と比べて移動速度が低下したことだな」


 移動速度はそこまで早くはない。むしろワーム状態から考えて、速度は落ちていた。


 代わりに四方に撃てる強力なレーザー攻撃、弱点であるコア部分が強固に守られている、攻防特化型になっているようだ。


 リアンはサンドワームのすぐ近くを、牽制するように周りを走るが、魔都への足は止まらない。


 まるで眼中にない様子だ。


 コアのある胴体に向けてエネルギーライフルを撃ち、牽制を試みる。


 分厚い装甲を囲うように纏うシールドが、エネルギー弾を拒む。


「ワーム状態から変化したところで、シールドを保持していることは変わりなしか」


 足に対しても攻撃を行うが、全て拒まれてしまう。


 攻撃の種類を変えて小型グレネードランチャーを放つも、エネルギー弾と同様拒まれてしまう。


「やっぱりダメか。俺1人じゃ、どうしようもないな。――マリガン準備は?」


「OKよ、リアン! レールライフル射撃態勢!」


 通信越しの合図に、レールライフルを地面に添えて構える。


 マリガンの身長の2倍はあろうかというレールライフルを、あらゆる場所へ持ち運ぶ。


 見た目によらず、力持ちである。


「照準補正よし。3秒後に撃つわよ!」


「こっちも準備万端だ。いつでもこい!」


 声による合図を確認しあい、各々が攻撃準備に入る。


 リアンはサンドワームの下で足を止め、マリガンはレールライフルの引き金に指をかけた。


 ――3・2・1……。


「発射!」


「スピードライズ!」


 閃光の如く青いレーザーが空気を切り裂く。


 空で直線を描くレーザーは、引き金を引いてから2秒足らずで目的に命中。


 直撃した途端にレーザーは球体状に広がり、シールドを消失させた。


 同時にリアンは、スピードライズを発動。


 世界の動きをほぼ止めた。


「あの分厚い装甲をぶち抜くには、これしかない」


 右腕を横へ伸ばすし、ヒートブレードを出現させる。


 そして、視線を上向きにして、屈んだ。


「レッグバースト!」


 足のインプラントを発動させたと同時、屈ませた下半身を一気に伸ばし、高く飛び上がった。


 サンドワームの4つ足を、足場にして胴体を目指す。


「厄介なブロウクラーには、近接線が有利なんだよ!」


 胴体が目と鼻の先まできたと同時、ヒートブレードを一気に突き出した。


 ジリジリと音を立てて、火花を散らしながら分厚い装甲を食い破る。


 ヒートブレードが深く刺さったところで、リアンは右腕を横へ薙ぎ払った。


 ジャキッ!


 赤い切断面を露わにして、胴体の一部が切り落とされる。


「弱点のコアだ」


 胴体の中に埋め込まれた赤い球体状のコアが露わになる。


 ニヤリと悪人のような笑みを浮かべ、エネルギーライフルを構える。


 引き金を力強く引き、エネルギーを貯める。


「今、出せる最大威力の攻撃だ! 受け取れ!」


 そうして、リアンはコアの目と鼻の先で蓄積させたエネルギー弾を放つと、スピードライズを解除した。


 刹那、世界が動き出す。


 エネルギー弾はコアに直撃、胴体から火柱が飛び出る。

 

 ――グギギギギィィッ


 紅一点がリアンを捉えたサンドワームは、低くひきつった電子声を唸らせる。


 しかし、時すでに遅し。


 サンドワームのコアは爆発を起こし、派手に散った。


「インプラント流の戦い方を舐めんなよ、ブロウクラー!」


 爆発を尻目に、言葉を吐き捨てるリアン。


 仲間を傷つけられた恨みを1つ解消できたことに、ご満悦のようだった。


「レッグ……バースト!」


 再びレッグバーストを発動し、着地体制をとる。


「レッグバーストで着地の衝撃を和らげれば、なんとかなるはず……だ!」


 再び脂汗を滲ませ、手足は痙攣したかのように小刻みに震える。


「くっそ、瞼が重い。インプラントを使いすぎたかもな……」


 レッグバーストの力で着地時の衝撃を相殺して地面へと足をつける。


 やがてリアンは千鳥足となり気を失うようにしてバタンと倒れた。


 


 




  


 


 


 

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