第5章 信頼
第43話 旧友と大人
――数十年前――
「アル、ここにいたのね。全く、おじさんが心配してたわよ。『将来、魔王軍を引き継げる器になれるか』って」
「何年も先の話じゃねぇか。ジジイが魔王の座を降りたら、次期魔王は親父なんだら、そんなに心配することねぇのによ」
魔王城の中庭。
緑の芝が生い茂り、ところどころに白いポピーの花が咲いている。
程よく当たる日光に、肌を撫でるような優しい風に揺れるポピーの花は、より綺麗に輝いていた。
そんな心地の良い空間で、魔王家の娘、アルディートは仰向けになって寝そべっていた。
「傍若無人、魔王の家系としての威厳がない、喧嘩っ早い。そんなんだから友達もできず、みんなそそくさと離れていくのよ」
特等席と言わんばかりに
瞳孔はドラゴンのように鋭く、耳は尖っている。
しかし、顔立ちは丹精でとても美人。大人の魅力を感じさせる雰囲気を纏っている。
装備している鎧にはドラゴンの刻印と、女性の横顔『クイーン』が彫られている。
「とかいいながら、スフィーはアタシをアルって呼ぶじゃねぇか。他の奴らは、アルディート様って呼ぶぞ」
「あなただって、私、スフィア・ロエールのことをスフィーって呼ぶじゃない。おあいこ様よ」
「名の高きクイーン・ガードがそんなことを言っていいのかねぇ〜。威厳とやらはどこへやら」
「人のこと言えないでしょ」
呆れた表情を見せるスフィア。
対し、アルディートは彼女の発言など全く気にすることなく、芝生の柔らかさを背中で感じている。
根負けしたスフィアは諦めたのか、大きくため息をつくと、アルディートに寄り添うようにして仰向けに寝そべった。
中庭の隙間から見える流れる雲をしばし眺める2人。
そこには心地の良い静寂さがあった。
「それにしても、あなたのお母様はお庭の手入れが上手ね。このポピーも遠方に出向いて自ら苗を取ってきたのでしょ?」
「らしいな。アタシは花に興味はねぇからわからねぇけど。でもまぁ、ここで心地よく寝れる場所を作ってくれるだけでありがてぇとは思っている」
「アルがそこまでお母様思いだったなんて、クイーン・ガードとして嬉しいわ!」
「そうかよ。用がねぇなら、とっとと、母さんのところへ戻って護衛してろ。それがクイーン・ガードの仕事だろ」
「あなたと違って、サボっているわけではないわ。お母様からあなたの様子を見てくるよう頼まれたのよ」
母親の使いで来たというスフィアの言葉に、アルディートは眉間に皺をよせ、困り顔でため息をつく。
「アタシはもう子供じゃねえんだ。んな過保護にならなくたっていいと思うけどな」
「あなたが他の魔族たちから距離を置かれているから、心配になっているのよ。現に気軽に話をできるのは、私だけでしょ」
スフィアの放った言葉は、まさに的を得ていた。
図星を突かれたアルディートは、不貞腐れた様子で「フンッ」と鼻を鳴らす。
「仕方ねぇだろ。アタシが近づけば、次期魔王として皆がひれ伏す。気軽に話しかけても、相手は堅苦しく挨拶するだけだ」
「でもお母様は、他の魔族と楽しそうに会話をしているわよ」
「それは、母さんの魔族柄だろ。アタシと母さんは違う」
魔族にとって魔王というのは、神のような存在。信仰対象とも言える存在なのだ。
気軽に御目通りできる存在ではなく、魔王がいるからこそこの魔王城は発展を遂げ、人間たちとの交流が図れているという功績がある。
魔王という王がいるからこそ、皆が快適に暮らしていけているのだ。
アルディートは現魔王の孫。魔王の親族だ。
いずれは魔王になることが確約されている存在であるが故に、魔族たちはアルディートに気を使うのだ。
「まぁ、確かにアルは魔王の親族だから、堅苦しくなっちゃうのも仕方ないところはあるわよね。私はアルが小さい時から面倒を見てきたから、気軽に話せるけど」
「もう、腐れ縁だな。だが、アタシはもう子供じゃねぇんだ。お目付役なんてもんはいらねぇ」
「そんなこと分かってるわ。とうの昔にお目付役なんて終わったと思ってる。今は友達として接しているつもりよ」
「……そうかよ」
互いに仰向けになりながら、語り合う2人。
顔を合わせることは、一切しない2人。長年連れ添ってきたからか、言葉の発音やトーンで感情や表情を理解しているようだった。
まさしく阿吽の呼吸と言ったところだろう。
「ねぇ、大人になったって言ったけど、何を基準に大人になったと思ったの?」
「んだよ、唐突に」
「ただ、気になっただけ。歳を重ねたから、大人になったと思っているのかなって」
「そんなことはねぇ。自分で考えて自分で行動ができるから、大人になった。それだけだ。つーか、スフィーもアタシとそこまで歳は買わんねぇだろ」
「そうだけど。でもそうね……、ふーん」
「……なんだ、その意味ありげな言い方は」
普段とは少し違うスフィアの声音に、アルディートは思わず視線を隣へ移す。
視線の先では、頬を紅潮させ、妖艶な笑みを浮かべている少女がいた。
「いやぁ、私も大人になるってどういうことかなって思ったのよ。で、こないだメイドたちが言ってたのよ。『早く素敵な王子様と出会って、結婚して、えっちして、元気な子供を産んで立派な大人になりたい』って」
本当の大人になるということはどういうことなのか。スフィアはいつも考えていた。
自分と違って、周りの魔族たちは大人びて見える。その違いはなんなのか。
そして彼女は、その答えを見つけたのだ。
「それは、そいつの考える大人になる方法だろ。アタシはそんなこと関係なしに……」
「他の大人たちも言っていたわ。愛のあるえっちをすることが、大人の階段を登る方法の1つだって」
「んな変なことに聞き耳立ててんじゃねぇ。暇かよ」
「いいじゃない。本当の大人になる方法、知りたいでしょ」
アルディートは呆れた様子で、大きなため息をつく。
興味がないという感じであった。
その様子を感じ取ったスフィアは、何かを思いついたのか、悪い笑みを浮かべる。
「じゃあアル、勝負しない?」
「勝負だ?」
「そうよ。勝負ごとは好きでしょ?」
アルディートは負けず嫌いなところがある。勝負となれば、話に興味を持ってくれるとスフィアは考えたのだ。
「んで、勝負の内容は」
「おー、乗り気ね。勝負内容は簡単。愛を育める相手を見つけて、愛のあるえっちをして大人の階段を登ること! どう!」
勝負の内容はいたってシンプルと言える。
しかし、愛のある相手など見つけるなど難しい。誰もが簡単にこなせる内容ではない。
加えて、アルディートは魔族たちから慕われている。
愛のあるえっちをしろと命令すれば、誰かしらがやってくれるだろうが、それはただの押し付けだ。
愛を育む行為じゃない。
シンプルでありながら、程よく難しい勝負。
アルディートは上半身を起こすと、隣で仰向けになっているスフィアに熱い視線を向けた。
「やってやるよ。この勝負、勝った方が何か1つ命令を聞いてもらう。それでいいな?」
「いいわよ。決着がつくまで、勝負は続くからね!」
友との何十年にも続く勝負ごとが始まった瞬間だった。
――現在――
「あの勝負、まだ続いてんのかねぇ」
「勝負? なんの勝負ですか?」
マオが先頭で軍馬の手綱を握りながら何気なく放った小言。
すぐ後ろに乗っているライピスが聞いており、無垢な表情で質問をする。
「クイーン・ガードと昔に取り決めた勝負がある。そいつが今でも決着がついてねぇんだ。それがまだ続いてんのかってな」
魔都・サタナーに向かいながら、昔のことを思い出し、物思いに耽るマオ。
「今を思えば、全く、無茶苦茶な勝負事でしかねぇな」
マオはほんの少し口角をあげ、小さく微笑む。
もしも勝負がまだ続いているとしたら、アルディートを『アル』と呼び、マオは『スフィー』と呼べる仲に戻れるだろうか。
そんな淡い期待を抱きつつ、マオたちは軍馬に揺られながら魔都へと向かった。
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