第5話 神の世界

 目を覚ますと、見慣れない天井がリアンの視界に入った。


 彼は今、どこかの一室にいる。


 そこで彼は部屋の壁際にあるベッドの上で目を覚ました。


 八畳ほどの小部屋で一面が目を細めたくなるほどの白色で統一されている。しかし不思議と心が落ち着く雰囲気である。


 ベッドの隣には部屋の色に合わせた小さな白い机が置いてある。細い足が四本ついており、引き出しが一段ついているタイプだ。


 机の上には水色と白色の模様が施された花瓶が置いてあり、黄色のマリーゴールドが一輪、供えられている。


 ふわふわの白いベッドは彼の体を、優しい温かさで包み込んでいる。


 じんわりとした温かさで、体の中心から手足の先までとても心地の良い温かさだ。再度瞳を閉じれば夢の中へいざなわれるのも容易だろう。


「ここは……どこなんだ……」


 睡魔に負けまいと頭の中でいろいろな事を考える。そうして頭が冴えたところで、上半身を起こし室内を見回す。


「見たことない部屋だ……。それに俺はさっきまで、ブロウクラーに寄生されたフレムの奇襲を受けて、地下渓谷にいたはず……」


 記憶に新しくも思い出したくない光景が彼の頭の中で浮かび上がる。


「落下したときの痛みは感じない……。そうだ、手首!」


 傷の中でも特に目立っていたであろう、切り落とされた左の手首。エネルギーショットガンを撃とうとして切り落とされたところだ。


 痛みもなく、温かさも感じる。しかし実際に手首から先がどうなっているか、自分の目で確認しないと気が気でない。


「ゴクリッ……!」

 

 いざ布団の中に潜らせている手首を出そうとすると、緊張と冷や汗が彼の体を伝う。


 本当に手首から先がなくなっていたら、絶望と恐怖心が彼を支配するだろうからだ。


「ど、どうにでもなれ!」

 

 意を決し瞳を閉じて布団から左の手首を出す。


 両手を顔の前に持ってくると、ゆっくりと瞳を開け現実を確認した。


「手首が……、両手首がある! 指もある!」


 目先で両指をムカデの脚のようにグニャグニャと動かす。握ったり、開いたり、拳を作って力を入れたりする。


 普通の人間と同様、何ら問題なく動く。予想以上の現実に、安心感を覚え口角がほんの少し上がる。


 上半身を起こしたまま、体をひねったり足を曲げたりするが、どこも痛みがない。それどころか、目立つ傷は何一つなかった。


 自分の体が行動を起こすのに問題ない状態だと知り、安堵の息を吐くリアン。同時に、次の不安の種が彼を襲う。


「そうだ……! フルー、カラメル、ペス!」


 仲間である三人の存在を思い出し、声を荒げる。


 再度周りを見回すが、彼以外の人物はこの部屋にいない。


「三人を探しに行かないと!」


 慌てた様子でベッドから飛び出すと、部屋の中心へと体を向ける。そして胸の前で両指を絡めるように握ると瞳を閉じ念じる。


「いつものように念じて、異世界への扉を出現させれば彼女たちのところに行けるはず」


 リアンは頭の中で、最後に見た光景を思い出す。


 地下渓谷の薄暗い雰囲気、ジメッとした空気、カビのような臭さ、歩くたびにジャリジャリと反響する音、事細かに想像力を働かせ念じる。


 そして、いつもの感覚で扉が現れたと思った瞬間に瞼を開いた。


「——ッ! どうして! どうして扉が出ないんだ! この世界の『三つの課題』をクリアしていないから出現しないのか!」


 いつものように異世界への扉が出現しないことに、焦りを覚える。


 異世界トラベラーであるリアンは、扉ひとつで異世界を渡り歩くことができる。


 手順としては、まず瞼を閉じ行きたい世界を念じる。大雑把に念じる事でも異世界に繋がるが、明確な場所に行きたいのであれば詳細に念じる必要がある。


 念じ終えたら、瞳を開ける。すると、目の前に扉が出現している。行き先によって扉の形や色は異なり、古びた木の扉から近未来型の扉までさまざまである。


 扉を開け、一歩足を踏み出せば異世界に到達である。


 だが、異世界を渡るととある制約が生まれる。


 それは『三つの課題』である。


 扉を通り、異世界にたどり着くと三つの課題が彼の持つメモ帳に記されるのだ。


 難易度は異世界によって異なり、簡単なものから難しいものまである。こればかりは運でしかない。


「俺は自分の意思でこの世界に来たわけじゃないのに、三つの課題が設けられるなんておかしい」


 そして、この三つの課題をクリアしない限りは別の異世界に繋がる扉を出現させることはできないのだ。


「……とにかくメモ帳を確認しよう。メモ帳を入れているポーチは……、ないッ! それに武器とアイテムもない!」


 いつも右腰にぶら下げているポーチの中に入っているメモ帳を取り出そうと、いつものように手を伸ばしたがそこには何もない。


 再度、部屋の中を見渡すが、自分の私物は何一つなかった。


「くそっ! 一体何なんだ! ここはどこで、三人はどこなんだ!」


 イラ立ちと焦りが彼を支配し、眉をひそめながら頭を掻きむしる。


 コンッ、コンッ。


 これからどうすればよいか頭を悩ませていると、不意にノック音が部屋の中で反響する。


 その音の出どころは、部屋の壁中央の扉だった。


 全体的に白色で統一されているため、リアンは扉があることに気が付けなかった。彼の視野が狭くなっていたことも要因だろう。


「だ、誰だ……」


 音のする方へと視線を向け、声を掛ける。すると……。


「失礼いたします」


 凛とした声音と同時に扉が開く。

 

 扉から入ってきたのは白い布地を纏った女性。白の花で編まれた輪っか状の冠が頭に乗っている。


 女性は下腹に両手を添えお淑やかな背格好で部屋の中に足を踏み入れた。そして、リアンの方に視線と体を向けると腰から斜め45度の丁寧なお辞儀をして見せる。


「あ、あんたは……誰だ?」


「はい。わたくしは、魅了の神『アリアンロッド』様の部下でございます。異世界トラベラーであるリアン様を呼びに参りました」


「俺を呼びに? というか、神って何? ここに神がいるの?」


「はい。ここは神の世界でございます。ですので、多種多様な神が現存しています」


 神というのは想像上の人物ではなく本当にいる。その事実に誰もが驚く事だろう。


 しかし今のリアンは、そんなことどうでもよかった。


「なんで俺は神の世界にいるんだ? それに、俺と一緒にいた他の三人はどこにいるんだ!」


 リアンは目を見開いた状態で女性に近づき半ば脅すような怒気を含んだ声音で詰め寄る。


「私はアリアンロッド様の命でリアン様を迎えに来たまでです。質問はアリアンロッド様がお答えになってくれます」


 対し、女性は彼の感情に左右される事なく事務的で冷静な対応で言葉を返す。


「なら、そのアリアンロッドとかいう神のところまで案内してくれ!」


 何も分からないことに、混乱とイライラが収まらずため息をこぼすリアン。焦る気持ちも混じっているだろう。


「承知いたしました。では私の後ろを付いてきてくださいませ」


 女性は再度一礼をすると入ってきた扉から部屋を出る。リアンはその背中を追うように歩を進めた。


 個室から出るとそこは人が丁度すれ違える程度の幅の長い廊下が続いていた。室内と同様、全面白一色で統一されている。


 個室の扉から向かい側の壁には、窓がはめ込まれてあり外の様子がうかがえるようになっていた。


 リアンは外の様子が気になり窓から覗いてみると、青い空と庭園が広がっているのが見て取れる。


 四方が建物に囲まれている広大な庭園で、端から端まで歩けば3、4分はかかる広さ。庭園の中心には巨大な樹木が植えられており、白く輝く葉の部分はまるでアフロ頭のように丸く整えられている。


 樹木から四方向にコンクリートブロックで舗装された道が、建物の外壁にはめ込まれた扉へと続いている。


 舗装された道から外れると、白い花が無数に咲き誇っている。風が吹くたび、白い花はゆらゆらと揺れ、見た者の疲れを清めてくれる美しさがあった。

 

 白いカーペットの敷かれた廊下をポスポスと音を立てながら一分ほど歩くと、女性は再度扉の前で足を止める。


 そこは庭園に続く扉とは反対側の壁にあり、白い両開きの扉となっている。


 両開きの扉を開けると、光が差し込んできた。

「——ッ!」


 まばゆい光を手で遮りながら彼女の後を追い、扉の外へ足を踏み出すとそこは大きな広場が広がっていた。


「外……なのか?」


 歩を進めると舗装された地面からコツコツと自身の足音が聞こえ、中央にある噴水の近くでは子供たちの遊ぶ姿が見て取れる。


 広場を囲うのは、白い建物。恐らくここで過ごす者たちの家だろう。頑丈な白いコンクリート壁で建造されており、平屋から二階建ての建物まで人間たちが住む家と同じような見た目をしている。


「最初に旅した異世界の王都に似た雰囲気がある場所だ……。ここは本当に神の世界なのか」


 普通の人間が住む街と何ら変わらない景色に、先導する女性に質問を投げる。


「はい。神の世界です。リアン様が思う神の世界はもっと違う形のものを想像していましたか?」


「まぁ、神の世界っていったら神々しい光を放った神様が下界を見下ろしているイメージっつうか……」


「異世界トラベラーのリアン様なら、各異世界で神の世界の創作物に多く触れてきたでしょうから、もっと寛大なイメージをお持ちでしたでしょう」


 そう言うと、女性は足を止め、人々が集まる方向へ体を向ける。


「見てください、周りの者たちを。ハーブを片手に演奏を奏でる者、立ち話をする者、運動をする者。私たち神の世界の住人は人間と似たような生活をしているのですよ。違うのは人種。私たちは見た目こそ人間と変わらないですが、ここに住む者は皆、神の力を持つ者。それぞれの神の部下でもあります」


 凛とした声音で言葉を紡ぎ終えると、女性は再度、歩を進める。


 神の世界に興味の湧いたリアンは周りの人物に視線を向けながら、女性の背中を追う。


「確かに俺は、異世界で神の像や、神を信仰する人々をたくさん見てきた。もちろん「神なんて創造物でしかない」なんて言う奴もいた」


 彼はさらに言葉を紡ぐ。


「でも神の世界って、人間と変わらない場所だということに親近感を覚える。不思議な気分だ」


 人間である以上、神を実際に見たことがあるという人物はまずいないだろう。どんな生活をしていて、どんな環境にいるのか誰も知らない。


 ほとんどが、人間たちが作り出した空想上のものだ。


 そしてその空想はとてつもなく偉大な存在となり伝説的な扱いを受けている。


 しかし、それが自分たちと同じような生活をしていると想像する者が、どれほどいるだろうか。


 神の世界を実際に見た者たちは、どんな気持ちになるだろうかと考える。きっと、親近感が湧くか、信じないかのどちらかだろう。


 そうして歩くこと十分、二人は大きな神殿の前にたどり着いた。


 神殿の正面には人間の数十倍の大きさはあろうかという巨大な両開きの扉が彼らを出迎える。


 扉は金で施され、ルピーやアメジストなどの宝石が埋め込まれている。


「この扉の向こう側に、アリアンロッド様がお待ちです」


「一緒に来ないのか?」


「アリアンロッド様から、ふたりきりで話したいとの要望を仕っておりますので、おひとりで入られてください」


「わかった」と言い丁寧に頭を下げる女性の横を通り過ぎると、扉の前に立つ。


 見上げるほど巨大な扉。


「俺の力で開けられるか……」


 扉を押し開けようとした途端、巨大な扉は音を立てて独りでに開き始める。


 ゴゴゴゴゴッゴッ……。


 扉が開き、神殿の中へと足を踏み入れる。その瞬間……。


「来たな! 異世界トラベラー『リアン』! 待ちわびたぞッ!」


 快調な声音の女性の声が響き渡る。


 声の出どころはどこかと、神殿を見回すと、数十メートル奥にある玉座で一人の女性がふてぶてしく座っていた。

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