第6話 魅了の神・アリアンロッド
「どうした、リアンよ! そう遠くにいてはまともに話ができないではないか! 早うちこう寄れぇ!」
玉座にふてぶてしく座るピンク髪の女性は、溌溂とした声音と愛嬌のある笑顔でリアンに言葉を投げかける。
「警戒せんでもよい! 魅了したりせぬ! たぶんな!」
玉座に片足を乗っけて手すりに肘を置き頬に手のひらを置き、入り口で立っているリアンに近くへ寄るよう手招きをする。
「……」
すぐにでもフレムのいる世界へと戻りたいと焦っているのに、あの女はどうして悠長に構えているのか。リアンは少し腹立たしくて仕方がなかった。
それでも、聞きたいことは山ほどあるため、言われるがまま玉座に座る女性の元へと歩を進める。
神殿内は巨大な空間が広がっており、入り口から玉座まで歩いて一、二分かかるほど離れている。地面には玉座まで赤いカーペットが伸びている。
歩きながら見上げると弧を描くように設計された天井。外壁に近い部分にはステンドグラスがはめ込まれ、外の光が色鮮やかになって空間を照らす。
彼の歩くカーペットから少し離れた左右には白いレンガ造りの円柱状の柱が等間隔に数本並び、ビル七階分はあろうかという天井まで伸びている。
柱にはガラス細工で出来たランタンのようなものが取り付けられ、中には淡い光を放つ赤い魔石のようなものが入っている。
さらに奥の内壁には、身の丈の数倍の大きさはあろうかというステンドグラスが等間隔に埋め込まれている。天井のものと同様、外からの光を色鮮やかに変化させている。
ステンドグラスの間には柱と同様の赤い魔石が入った、ランタンが取り付けられている。夜になると証明の代わりを果たすようだ。
内壁と地面の間には数センチのくぼみがあり、そこにはちょろちょろと水が流れている。心地の良い水音で自然とリラックスができる。
ボフッ、ボフッ、とカーペットの上を歩き続けて、約一分半、玉座の前に着いたリアン。
玉座の前には階段があり、リアンがいる位置よりも少し高い場所に彼女は座っている。
綺麗なピンク色のロングヘアーには黄色のハート型のヘアピンと、薄青色の大きなリボンが右側についている。
白にピンクの模様が入ったワンピースのような服を着ており、胸元が空いている。加えて、はだけたような着こなしをしているため、いろいろと見えそうである。
白のハイヒールを履いており、ところどころにピンクのハートが装飾されている。
「よう来たな! お主に会えることを楽しみやったわ!」
女性は右手に持ったピンク色のセンスを広げ、口許を隠す。
「あんたがアリアンロッドとかいう神か?」
「そんな怪訝な声音で尋ねんと、女の子に優しく接してあげないとモテないで!」
「質問に答えてくれ。こっちは急いでいるんだ」
「つれない男やなぁ! まぁええ。そうやぁ、我が魅了の神・アリアンロッドや! お主をこの世界に連れてきた本人でもある!」
センスをたたみ、ニッと笑って見せるアリアンロッド。
片足を玉座に乗っけているせいで、今にもパンツが見えそうだ。まずはその見えそうなパンツを何とかしてほしいと思い視線を逸らすリアンだった。
「そんでぇ、リアン。あんたが聞きたいのは、『なぜここにいるのか』『フレムたちはどうなったのか』『なぜ、異世界への扉が開かないのか』ぐらいやろうか」
「あと、『俺の私物はどこにいったのか』も聞きたい」
アリアンロッドを睨みつけ、怒りの籠った低い声で尋ねるリアン。
彼の私物は各異世界で手に入れた貴重品であり、思い出の品だ。是が非でも取り戻した気持ちがあった。
「そうかぁ。なら先にその質問から答えようか」
言葉を言い終えると同時に、アリアンロッドは左下から右上へセンスを薙いだ。そして、左の手のひらにポンとセンスを軽く叩きつける。
すると、ぽんっ、ぽんっ、ぽんっと音を立てリアンの周りに煙が出現した。
しかし、その煙はすぐに晴れ、良好になった視界の先には白に着色された木造の宝箱が三つ出現していた。
「この宝箱の中にあんたの私物が入っている。それぞれ武器、アイテム、防具と分けて整頓したんやから感謝してや!」
リアンが左端の宝箱を開けてみると、中から私物である武器が入っていた。
赤の布地の上に置かれ、傷つけないよう丁寧に保管されていたことが伺える。
二つ目、三つ目にはそれぞれ、地下渓谷に居たときに持っていたアイテムや防具が入っていた。例にもれずどちらも丁寧に保管されている。
「その、ありがとう」
「ええて。けが人の看病するくらいならこれくらいのことはせんとな」
アリアンロッドの小さな気遣いに、リアンの焦りやイライラは少しだけ落ち着いた。
リアンはそれぞれの宝箱から私物を取り出し、装備していく。
「あぁ、それともう一つ、簡単に答えられる質問があるわ。異世界の扉が開かん理由だけどな、神の世界では神のみしか異世界の扉を開くことができんのや」
その言葉に、ピタリとリアンの動きが止まる。
「あんたが異世界トラベラーだとしても、神の世界ではその力は使えへん」
「なら、すぐ俺をフレムのいる世界へ戻してくれ」
「それはできひん」
「どうして。もしかしてできないのか!」
「できる。けど、あんたにはやってもらいたいことがある。だから今、あの世界に戻すわけにいかん」
その言葉に、リアンは返事をするわけでなく、エネルギーライフルの銃口をアリアンロッドに向けた。
「今すぐ、俺をフレムの元へ戻してくれ! じゃないとその腕を撃つ!」
「はぁ~。人間ってのはどうしてこう短気な生き物なんや」
アリアンロッドはため息を付き、再度扇子を広げ口を隠す。
「しゃーない。少し神の力を知ってもらおうか」
するとアリアンロッドはニヤリと不適の笑みを浮かべながら、リアンの瞳に視線を向けた。
「我が眷属となれ、『魅了の声音』」
アリアンロッドの甘い声音を耳にした途端、リアンは力が抜けたかのように、腕がだらんと垂れ下がる。指先まで力が抜け、握られていたエネルギーライフルは床にドスッと音を立てて落ちる。
彼の視線はアリアンロッドを捉え瞳はハートマークになり、表情は呆けている。
「リアン・マティアス、我をどう思う?」
「……はい。アリアンロッド様……。美しい神だと思っています……」
アリアンロッドの傀儡となったリアンは彼女の言葉に素直な返事をする。
「ふむ。なら、我のどこが美しく魅力的だと思うのや?」
「……美しい顔立ち、豊満な胸、白く真珠のようにきれいな肌、むっちりとした太もも……。美しいだけでなく、はっきりと物を申す性格が男心をくすぐります……」
「クククッ……ハッハッハッ!」
ピンクの扇子を口許に当て、高笑いをするアリアンロッド。
「我の能力ゆえ、性に関する気持ちを余すことなく言わせたが、なかなか面白い回答をする男や! もう少し意地悪しよか! そうやリアン、我の胸を揉みたいかえ?」
扇子を閉じると、もう片方の手で自らの豊満な乳を親指とその他の指で挟み、服の上から揉みしだく。その手つきはどこかいやらしく、見る者の目を奪ってしまう魅力が湧き出ていた。
「はい……。揉みたいです……。豊満な胸に顔を埋めて、温かさと匂いと柔らかさを堪能したいです……」
「質問以上のことを答えてくれるんやなぁ! こりゃ、普段の素行とは違い心の奥底にはむっつりスケベが眠っとる! とんでもない変態か紳士かもしれへんな!」
魅了され傀儡となる前と後との違いに、おもしろさでゲラゲラと笑うアリアンロッド。
「おもしろいおもちゃを見つけたで!」と言いながら、扇子を振り上げ自分の左の手のひらに振り下ろしパチンと音を立てた。
「はぁッ! はぁはぁ……」
パチンという音が響き渡った途端、傀儡が解けリアンは呼吸を粗くして自我を取り戻した。
「どうやぁ、気分は?」
「な、なんだか頭の中がゾワゾワして、背筋がゾクゾクする。な、何をした……。体中の力が抜けて……立っているのがやっとだ……。それになんだこの汗……」
脳内のゾワゾワとした感覚と、背筋がゾクゾクとする感覚に眉を顰め困惑するリアン。
立つことがやっとで、頭のてっぺんから足の先まで力が入らない。指先すら力を入れることが困難な状態。気を抜けば、そのまま尻餅をついてしまいそうだった。
「そのゾクゾク、ゾワゾワとした感覚、どうや? 気分が悪いものやと感じるか?」
「……」
その言葉に、視線を思わず伏せてしまうリアン。頬が紅潮し、蒸れた汗がより一層、彼をおかしくする。
「ほれ、正直に言うてみ。ど・う・な・ん・や?」
「……ッ! その、気分は悪くない。むしろその……」
「その?」
「気持ちがいいというか……」
「そうやろ? あんたには魅了の声音っちゅう、ちょっとした神の力を使ったのや。魅了の声音を耳にした者は、我の傀儡となる。傀儡となっている間の記憶は全くないがな」
再び扇子を広げ、口許を隠し言葉を続ける。
「そして傀儡から解除された後はしばらくの間、力の入らん状態になる。時間が経てば元通りや。それよりも、魅了の影響で傀儡解除後は快楽に襲われる」
「じゃあ、俺は今傀儡の後の副作用の状態ってことか?」
「そうや。でも気分は悪くないやろ? もしこの気持ちよさを味わいとうなったら、いつでも言うてや。もっと強力な快楽におぼれさせたるわ!」
「そ、それはもういい! それよりも、どうして俺をここまで引き留める!」
「あぁ、それな。本題からそれ過ぎたなぁ。すまんすまん」
アリアンロッドは玉座に上げた片足を降ろす。そして真剣な眼差しでリアンに視線を向けた。
「あんたにはやってほしいことがあんねん」
先ほどのなまけたような声音とは違い、真剣そのものの声音でリアンと向き合った。
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