第45話 脱獄
「ほら、飯の時間だ。ちゃんと、クイーン・ガード様に感謝しろよ。魔王軍のクズども」
鉄の鎧を装備した番兵は、気だるそうにしつつ、カートを押しながらリアンたちが収監されている牢獄の前に立つ。
そして牢獄の一部分に開いた四角い隙間から、食事を手荒に配り始めた。
「たくっ、クイーン・ガード様はなんでこんなクズどもを生かすんだか。食事なんか与えず苦しみながら餓死させりゃいいのによ」
文句をブツブツと言いながら、パンや紙袋に入った野菜といった食事を隙間から乱雑に投げ入れる。
「まっ、武器も取り上げたし、魔法も使えない空間だ。ネズミのように縮こまっていることしかできねぇだろうよ」
愚痴を言いながら配り終えると、番兵は豪快に舌打ちをして地下牢を後にした。
「性格の悪い魔族ですね。舌打ちをすることがかっこいいとでも思っているんでしょうか」
ライピスは番兵を嘲笑うかのように、煽ると配られた食事に視線を移す。
配られたのは、小麦色のコッペパンと輪切りにされ味付けされた野菜。どちらも紙袋に入れられている。とても質素なものだ。
ライピスはパンを手に取ると、齧り付く。
「硬い。顎が強くなりそうです」
パンは少々硬く、食べられないほどではないが美味しくはない。野菜も味付けはされているものの、もう一手間の味付けがほしいところだ。
「投獄されてから3日。手足の枷は外してもらえましたが、この先どうしましょうか……」
配給されたパンを口にしながら、リアンに語りかけるライピス。
「うーん。俺たちの目的を果たすためにも、先代魔王軍の協力は得たいところ。けど、俺たちを拒絶している限りは難しい」
リアンも配給された食事を口にしながら、自身の顎をなで首を捻り、頭の中で現状を整理する。
投獄されてから3日が経過。
初日から変わったことといえば、枷が外され、食事が配給されるようになったことぐらいだろう。
逆に言えば他の変化したことは何一つない。
当初に計画した作戦は全て失敗に終わり、現在は身動きが取れない状態。
クイーン・ガードに接触できたものの、マオに対する拒絶的な態度で協力は見込めない状況だ。
解決策が浮かばないまま、ふとマオの房を見やる。
3日分の食料が床を転がっており、マオは床に寝転んだまま動かない。
「マオ、大丈夫か? 3日もの間、何も口にしていないんだ。食べないと餓死するぞ」
リアンは不貞寝するマオを心配して声をかけるが、返ってくる静寂のみだった。
現状が芳しくないことに加えて、クイーン・ガードに拒絶された。
その拒絶の度合いも、過去の思い出などなかったかのような強烈なもの。
旧友とはいえ、あそこまで拒絶されるとマオの心理状態がズタボロになるのも必須と言えるだろう。
枷を外され、ある程度の自由が与えられても、冷たい地面に横たわり、ただボーッとしている状態だ。
飲み食いすることが好きなマオが、食事に一切手を出さないというのは、心の傷が相当深いことを示していた。
「ライピス、ちょっといいか?」
リアンは隣の房にいるライピスに小声で呼び、手招きをする。
そして、房越しに2人は近づき、目立たないように小声で話す。
「マオを立ち直らせる方法はないか? とても心配だし、何よりも落ち込んでいる姿のマオを見ているのは辛い」
「最善策はクイーン・ガードとの仲をとり戻すことでしょうね。逆に言えば、それ以外の方法は役に立たないでしょう」
「それは、そうなんだけど、今の状況では難しいよな」
今のマオはかつての友から拒絶されたことによるショックが原因だ。
もちろん、拒絶される可能性もマオ自身は覚悟していた。しかし、予想以上の拒絶の度合いにマオは戸惑いを隠せなかった。
加えて明らかな敵対意識を持たれていることに、彼女の心は完全に折れてしまった。
ポックリと折れた心を回復させるには、中途半端な励ましの言葉ではダメだ。
確実に立て直すためには、根本的な原因を解決する必要がある。
つまり、クイーン・ガードと、仲直りをすることだ。
しかし、完全拒絶状態のクイーン・ガードが話を聞いてくれるかどうか。
説得のためにリアンが、どう話を切り出す考えていると、ライピスが声をかける。
「ですが、クイーン・ガードさんが私たちを見捨てたとも言い難いです」
「どういうことだ?」
「いつも食事を配りにくる番兵が言うじゃないですか。『クイーン・ガード様に感謝しろ』って。つまり、食事をもらえているのは、クイーン・ガードさんの計らいなのでは?」
「うーん、どうだろう。計らいというよりも、利用するために生きながらえさせているんじゃないか。例えば魔王軍と本格的に戦うときの人質にするとか」
「だとするなら、マオさんだけに食事を与えるはず。私たちなんてただの人間なのですから」
クイーン・ガードの計らいで食事が配られている可能性はある。
どのような理由なのかは不明だが、死なせないようにしているのは確かなことだ。
だからと言って、何かの利益になるかと言えばそうではない。
自ら行動を起こさなければ、リアンたちが叶えるべき本来の目的を達成することはできないだろう。
「んー、考えても埒があかない!」
考えすぎて頭がオーバーヒートしたリアン。自身の顔の前でパンッと両掌を叩き、気分を一転させる。
「まず、行動を起こさなきゃな。ここで考えていても何も始まらない」
「そうしたいですが、檻に入れられている以上、行動できませんよ?」
「なぁに、脱獄すればいいこと」
ライピスが困惑していると、リアンは自分の右腕を指差した。
その仕草を見て、ライピスは『ハッ!』とした表情を見せ、気づいた。
「インプラント! そう言えばリアンさんの右腕には近接武器のインプラントが備わっていましたね!」
「そうだ。番兵の奴らも俺の体の中にある武器までは取り上げられない。存在を知らないんだからな」
「この地下牢は魔法の使用を封じる魔法がかけられているって番兵が言っていましたし、武器さえ取り上げてしまえば、無抵抗になると思っているのでしょうね」
リアンは腕を前に出すと握り拳を作る。そして、ぐっと力を入れるとリアンの手首から肘にかけて腕が機械的に動き、腕と手首にできた隙間からヒートブレードを出現させた。
赤熱化するヒートブレード。赤く熱を持つそれの周りは、空気が歪んでみえる。
リアンが持つ唯一の近接戦闘武器であり、体の中に隠し持てる言わば暗器とも呼べる代物だ。
優れた切断力を持ち、鉄や石などほとんどの素材を切断ことができる。
ヒートブレードを鉄格子の鍵部分に当てがう。すると熱で鍵の部分が溶け、開錠が完了する。
「改めて異世界トラベラーって不思議な存在ですね。私たちの知り得ないものがたくさんあるんですから」
鍵を切断するリアンの背中を眺めながらそんなことを言うライピス。
ヒートブレードもインプラントもこの世界には存在しないものであり、ライピスにとってはリアンという人物全てが新鮮だった。
まるで、赤子が初めて世界を知ったときのような感動があったのだ。
リアンは鉄格子の扉を開け、廊下に出ると、隣の房にいるライピスの鉄格子を同じく切断し、最後にマオのいる房の鉄格子を切断した。
「マオ、地下牢から脱出しよう。そして、クイーン・ガードと接触するんだ」
「……」
「マオさん、チャンスは今ですよ。番兵は食事を配りにくるとき以外ここには来ません。番兵が私たちの脱獄に気づく前に、会いに行きましょう」
「……」
リアンとライピスはマオの牢獄の中に入る。
そして、何度も呼びかけるが、静寂ばかりが帰ってくる。
相当、心にダメージを負っているようだ。
すると、リアンは不貞寝するマオの隣に腰を下ろす。
「俺とセックスした女がこんなんでいいのか? 過去に俺とヤッた女たちは、みんな強い心を持ったやつだったぞ」
「リアンさん! こんな時にそんな話――」
「マオ、俺とヤッたことは1つの勲章と思ってもいい。なんでかって? そりゃ、俺とヤッた次の日には女どもの腰が砕けるからだよ」
リアンは恥ずかしがることなく話を続ける。
「マオは俺とヤッたってのに、次の日もピンピンしていた。それは俺の最高のテクニックを凌駕する体と意志の強い魔族だってことを証明している」
「……っ」
少々強引な説得ではある。
それでも、マオの瞳に若干の輝きが戻り始めていた。
「自慢してやれ。そして見下してやれ、魔族として大人はどちらか。思い知らせてやればいい」
リアンの表情は真剣そのものだった。
側から見れば馬鹿馬鹿しい話だが、マオの心には響いたのだろうか。
「マオさん……」
マオはいまだに反応しない。
最悪、マオを置いてリアンとライピスだけで説得に向かうという選択肢を選ぶことになるだろう。
説得の足掛かりはどうしようかと悩んでいた矢先、マオはゆっくりと上半身を起こした。
「リアン……」
彼を呼ぶその声は、いつもと違ってか細い。しかし、どこか力強さが感じられる。
上半身をくるりと回し、リアンに視線を向けると、マオは胡座をかき直した。
「アタシはスフィーに拒絶される覚悟を持っていた。でも、いざあんなに拒絶されると、アタシの心の中にぽっかりと穴が開いちまった」
マオは話を続ける。
「でも、思い出したんだ。アタシとスフィーを繋ぎ止めている、1つの約束。昔に約束した勝負だ。その勝負の結果をアタシの口からスフィーに伝える」
「勝負が唯一の繋がりか。やっぱり旧友っていうのは、いつまでも繋がっているものなんだな」
「そうだな。リアン、迷惑をかけた。この勝負、アタシは絶対に勝っていると思っている。だから、マウントを取ってスフィーを協力者にする」
無茶苦茶なことを言っているように思える内容だが、マオの表情は決意に満ちていた。
先程まで不貞寝していたマオの姿はどこにもなかった。
「勝負に決着をつける。そしてアタシがスフィーの大親友だってことを思い出させてやるよ!」
気合いの籠ったマオの言葉に、リアンたちも鼓舞し、どんよりとした雰囲気から一変、やる気に満ち溢れた空気に変わった。
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