第32話 信用と救いの手

「マオはどうして魔族だと隠して私たちに近づいたのですか?」


 マオの正体を知ったライピスとリアン。2人は多少なりとも驚いてはいたものの、彼女の存在を受け入れた。


 しかし同時に疑問が湧く。


 魔族でありながら、どうして人間に近づいたのかということだ。


 魔族と人間の関係は水と油。互いを敵対視している。


 そのような状況下で魔王の娘という高貴な存在が、なぜ人間に近づく必要があったのか。


 誰もが思うであろう質問をライピスが尋ねると、マオはひと呼吸おいて返答をした。


「アタシの母さんを救うためだ」


 マオは軽く腰を上げて再度あぐらをかきなおす。そして神妙な面持ちで2人に視線を向けて詳しく話し始めた。

 

「アタシの母さんはお淑やかで花摘みが好きな魔族なんだ。アタシも小さいころ、母さんに連れられて花の髪飾りを作ってもらった」


 人間から見て魔族という存在は好戦的で、危ない種族だと思われている。実際、その通りなのだが一部の魔族は戦いを望まず、のんびりとした平和な環境を望む者もいる。


 その一例がマオの母親である。


「戦いなんて好まない優しい人だった。3年前、母さんが1人で少し遠出をして花摘みをしに行ったんだ。珍しい花畑があるとかでな。だがそこで武器を持った人間に出くわした。その人間は猟奇的で好戦的。魔族を見つければ、狩るような奴らだったんだ」


 好戦的なのは魔族だけではない。人間の中にも好戦的な者はいる。


 特に暴力的で魔族を狩ることを生きがいとしている人間は、ある意味、魔族以上に危険な存在と言えるだろう。


「人間の数は3人。戦いを望まない母さんは説得を試みた。けど、奴らはそれ聞き入れずに襲い掛かってきやがった」


「そんな優しいお母さまに対して非道を働くなんて。同族として許せませんね」


 マオの母親を襲った人間に対して怒りを覚えるライピス。


 それはリアンも同じようで、言葉に出さずとも眉毛が吊り上がり、襲った人間たちに対して嫌悪感を抱いているようだった。


「だが、母さんは魔王の妻。戦いは好まないだけで、戦えないわけじゃない。襲ってくる人間たちに対抗して、魔法でねじ伏せようとしたんだ」


 魔族の中には魔法に長けている者が多い。生まれつき、魔力を持って生まれる者が多い種族が魔族の特徴なのだ。


「母さんは強い。母さんの使う魔法を前に太刀打ちできずに人間たちは退くことを余儀なくされなくされたんだ」


 魔法に長けた種族だからこそできる芸当とも言えるだろう。


「だが、人間たちは突然として自分の喉に短剣を突き付けて、自害したんだ」


 なぜそのような行動をしたのか、いち早く理解したのはライピスだった。


「まさか……、重苦の呪い」


「ああ。その通りだ。奴らは自ら命を絶ち重苦の呪いを母さんにかけやがったんだ!」


 抑えていた静かな怒りが爆発したマオは、自身の拳を地面に叩きつける。


 魔族とはいえ、家族や大切な人は存在する。


 人間と同様に自身の親や大切な者が他人の悪事によって苦しんでいるのなら、怒りを覚えるのも当然のことだろう。


「どんな呪いなんだ?」


 リアンはライピスに視線を移し、問いかける。


「昔、本で読んだことがあります。数ある呪いの中でも最も相手を苦しめる呪い。それが重苦の呪いです」


 重苦の呪い。


 それは、禁断の呪術とされている呪いの1つだ。


 呪いを受けた者は、不死の体となり重く耐え難い苦痛が襲う。


 その苦痛は、常に誰かから体のあちこちを剣や槍で何度も刺されるような痛みだと言われている。


 実際に重苦の呪いを受けた者の日記には、食事もできず睡眠もまともに取れない。死ぬことも許されない。まさしく生き地獄と記載されていたという話もある。


 重苦の呪いの特徴は第三者を通して呪いを相手に掛けることができるという点だ。


 呪術師によって媒体となる者に呪いをかける。


 呪いたい相手の前で媒体となった者が自害すると重苦の呪いが発動し呪いをふりまくという仕組みだ。


 そのため誰の手によって呪いをかけられたのか特定が難しい。


 この呪いの大きな特徴と言えるだろう。


 加えて解呪するには呪術師を殺す他ない。


 まさしくこの世で恐れられる呪いの1つと言っていいレベルだ。


 ライピスの説明を一通り受けたリアンは、魔王軍が侵攻している理由に感づく。


「今、魔王軍が世界侵攻をしているのは、重苦の呪いを解くために、片っ端から人間を殺しているという訳か」


 魔王軍は誰が呪いをかけたのか分かっていない。分かっているのは恐らく人間の仕業であろうということ。


 魔族とから見て水と油のような存在の人間を疑うのは当然と言っていいだろう。


「あぁ。そいうことだ。親父はおそらく人間の誰かが呪いをかけたと思っている。実際に母さんの前で自害したのは人間だったしな」


「その言い方だと、マオはまるで呪いをかけたのは人間ではないと言いたげですね」


 マオの言い方に違和感を覚えたライピスはそう聞き返すと、彼女は黙ってうなずいた。


「呪いをかけたのは人間じゃねぇ。魔族だ。それも誰が呪いをかけたのか知っている」


 すでに真実にたどり着いていたことに、リアンとライピスは驚いて見せた後、すぐに言葉を紡ぐ。


「そのことを親父さん、魔王に伝えれば侵攻は止まるのではないでしょうか!」


 真実を魔王に伝えれば、侵攻も止まるのではとライピスは希望の眼差しで訴える。


 侵攻が止まり、魔王軍が撤退すれば村の人たちも今の不自由な場所から安全に移動することができるからだ。


 しかしマオは首を横に振り、ため息をつく。


「無駄だ。親父は今や漆黒鎧の傀儡だ。漆黒鎧の意見を積極的に受け入れて行動している」


「ならば、その漆黒鎧に訴えかければ——!」


「ライピス。無駄なんだ。呪いをかけた野郎は『漆黒鎧・チェムノター・シュティレ』だから」


 その言葉を聞いた途端、先ほどまで灯っていた希望満ちた目は深い海のように淀んだ。


「確か、三種の神鎧の1体だったよな?」


「そうだリアン。奴は三種の神鎧の1人であり、最強の魔族だ」


「俺が戦った黒鎧よりもか?」


「黒鎧なんて比にならないほどに強い。アタシでも絶対に勝てない。だから親父はその強さや知識を買って奴の思考に心酔してるんだろうよ」


 大きくため息を付き、瞳を伏せるマオ。


 魔族の王の娘として許せない気持ちと、父親の不甲斐なさに飽きれているのだろう。


 リアンが黒鎧と争闘したとき、苦戦を強いられたあげく撃退という形で戦いは幕を降ろした。


 異世界トラベラーとして力を培ってきたリアンでさえ苦戦を強いられる黒鎧。


 その上の実力を持つ漆黒鎧ともなると、3人が束になって勝てるか分からないレベルだろう。


「つまり、人間を傀儡として魔王の妻に呪いをかけたというわけか。そんなことをする理由はなんだ?」


「アタシにも分からねぇ。だけど奴の考えそうなことから察するに、魔王軍の乗っ取りと人間たちをこの世から消すためとかだろ」


 人間と魔族の仲は悪いものの、長年互いに干渉することはなかった。


 干渉することがあるとすれば、いたるところで行われる人間と魔族の小競り合い程度だ。


 魔王軍が動き出し、人間たちに干渉したのは数百年ぶりと言われている。


「なるほど。魔族が考えそうなことではある。それで、俺たちにどうしてほしいんだ?」


「力を貸してほしい。アタシは母さんを救うために漆黒鎧をぶっ倒したい。リアンたちには侵攻を止めたい。互いに悪い話じゃねぇと思うがどうだ?」


 漆黒鎧を倒せば、母親の呪いも解呪され魔王軍が侵攻する理由もなくなるだろう。


 そうなれば、人間たちにとってもメリットある提案だ。


 加えてリアンがアリアンロッドから託された『世界を救う』という依頼。


 漆黒鎧を倒せば万事解決といきそうではある。


 そうとなればリアンとして断る理由はない。


「マオ、俺はその話にのる。俺の目的としてもそれが最善だと思うからな」


「そうか! のってくれるか! ありがとうリアン!」


 母親の助ける道筋が見え始めたことにマオは拳を作り喜びを露にする。そのままの勢いで、リアンに抱き着きクンカクンカする。


 いつもの好戦的なマオとは違って、どこか可愛げがある。


 普段は戦闘狂ではあるが、年相応のこどもっぽい可愛らしいところもあるということだろう。


「私もマオの話にのります!」


 ライピスもリアンと同じく断る理由などないようで、考える間もなく彼女の話に賛同する。


 村のためということもあるのだろうが、彼女を動かしたのはマオとの絆。


 大切な仲間が困っているのなら、助けたいという気持ちが最優先にきたのだ。


 2人の信用できる人間ができたことで、マオの母親を救うという目標に一歩近づいたことに喜びを覚えるのだった。

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