第4章 敵の敵は味方

第31話 信用と秘密

「マオ、容体はどうだ?」


 大きな洞窟内で焚火を囲むリアン一行。


 リアンは心配な面持ちでマオの容体の確認をする。


「多少痛みはあるが、動けねぇほどじゃねぇ。助けてくれてほんとありがとな」


 マオの容体は一時期、危険な状態であった。しかし、すぐにリアンが治療したこと、彼女自身の生命力が強かったことなどの良い偶然が重なり、生き延びることができたのだ。


「一時期は死の縁をさまよっていたんだ。やせ我慢はするなよ」


「してえねぇって! ほら! この通り、体も自由に動く」


 そう言って笑顔でマオは腕を回し、元気であることを証明してみせる。


 痛がるそぶりも見せていないことから、話し、動ける程度には復活したようだ。


「私の実力不足のせいで、マオには辛い思いをさせました。本当にごめんなさい。新しい武器を手に入れて舞い上がっていました」


 一方でライピスの表情は曇っていた。


 身を挺して守ってくれたマオ。


 あの場でのライピスの実力は明らかに劣っていた。マオの助けがなければ死んでいたのはライピスだっただろう。


 結果的に足を引っ張るような形となりマオを傷つけるような状況となってしまった。自身の実力と鍛錬不足が招いた結果に彼女を死の淵まで追い込んでしまったことに負い目を感じているのだろう。


 気持ちが沈み視線を伏せるライピス。


 そんな彼女にマオは顔を上げるように言う。そして、あどけない笑顔を向け口を開く。

 

「ライピスのせいじゃねぇよ。てめぇの実力は不足してなんかいねぇ。現にトラディスガードの相手に動けていたんだ。それだけで十分な功績だ」


 弾むような声音でマオは言葉を続ける。

 

「それに5日もゆっくりできたんだ。ここ最近、戦いばかりだったからな。休養には丁度良かっただろ」


 救いの手を伸べるような言葉に、ライピスは感極まり頬を雫が伝う。


 そしてマオの手を握り『ありがとうございます』と感謝の言葉を述べた。


 いつしか2人の絆は深まっていた。


 ライピスの気持ちが落ち着いたところで、マオがリアンに視線を向ける。


「にしてもよ、リアン。アタシを治療したこのアイテム、なんだ? 普通、回復魔法とかポーションを使うと思うんだけどな……」


 そう言ってマオは、自身の服をたくし上げ、肩から腰に向かって巻かれたアイテムを指さす。


「癒着癒合合成皮膚? とか言ってましたよね。名前から察するに皮膚の傷をくっつけるものだと思うんですが、初めて見ました」


「それに、なんだったんだリアンが乗ってきたデカイ兵器みたいな乗り物は。アタシが死にかけで幻覚を見ていただけか?」


「いえ、マオ。私はこの目ではっきり見ました。リアンさんは確かに大きな兵器に乗って戦っていた。人の数倍はある大きさで鎧を纏っているようでした」


 ふたりの言葉にリアンは自身のあごに指を沿え、考える。


 ポーションや回復魔法を使って傷を癒すこの世界で、このような人工物による回復アイテムは異物でしかない。


 マリガンが先に述べた通り、下手にこのようなものが存在していると噂が世界中に回れば、世界観や価値観を壊しかねない。


 異世界トラベラーとして、そのような事はあってはいけない。もしも掟を破れば、神による裁きが待っているだろう。


 タイタンやエネルギーライフルを既に見られた状態で、もう遅いかもしれないが。


 それでも、価値観を壊さぬよう言葉選びは慎重にならなくてはならないのだ。


(タイタンや癒着癒合合成皮膚の存在をどう説明しようか。ライピスには前に魔法アイテムと言ってごまかしたけど、今回は難しそうだ……)


 リアンは頭を悩ませる。


「それにリアンさん、ひとりで『マリガン』って言葉を何度も口にして誰かとしゃべっているようでした。あれもどういうことなのでしょう」


 一番探られたくないところを射止めてくる内容にリアンは言葉を詰まらせる。


 これ以上、自分の正体を隠し通すことは難しいだろう。


(世界の価値を変えてしまうリスクを取ってでも正体を明かすべきか……。それとも、なにか言い訳を……)


 これ以上、嘘をつくのは厳しいか。最低限の情報だけでも教えるべきか。

 

 そんなときだった。


 マオが大きなため息を付いて視線を伏せる。そして目線をゆっくりと顔を上げるとリアンに視線を向けて口を開いた。


「人にはひとつやふたつ、他人に知られたくねぇことってあるだろ。リアンが口にしたくねぇならそれでいいじゃねぇか」


「マオ……」


「それに、他人の秘密を知りてぇなら、交換条件としてまずは自分の秘密のひとつぐらいは話さねぇとな」


 妙に納得感のあるマオの言葉に、ライピスも『確かにそうかもしれません。リアンさん詰め寄るようなことをしてすみません』と』リアンに向き直り謝罪をした。


 そうしてマオが自身の秘密を話すと言って、口にした内容はリアンとライピスにとって驚く内容のものだった。


「アタシの秘密はな……、アタシの正体は魔族だってことだ。それも魔王の娘っていうお墨付きだ」


 その言葉に思考が停止する、リアンとライピス。


 マオの何気ない口調で放たれた秘密に、思考が追い付いていない状態のようだ。


 そして数秒間の沈黙が訪れた後、リアンとライピスはド派手に驚いて見せる。


「ま、魔王の娘!? ファッ!?」


「ど、どういうことでしょうか!? 魔王の娘が私たちの前にいる? いやいやそんなはずはないです! 冗談はよしてくださいよマオ!」


「マジさ。アタシの本名はアルディート。マオって名は偽名で、人間の冒険者に扮するためだ」


 ライピスはひきつった笑顔で言葉を返すが、返ってきた言葉の口調は真剣そのもので、嘘をついているようには見えない。


 真剣な眼差しでふたりを見つめるマオにライピスの口角は横一文字よこいちもんじになり、固唾をのむ。


「ほ、本当なの……マオ? 魔族でいて、それに魔王の娘?」


「そうだ。アタシは命を懸けて助けてくれたふたりには嘘をつきたくなくてな」


 その言葉にライピスの複雑な表情を見せる。


 ライピスにとって魔族は父やおじさんを殺した敵だ。仇でもある。


 彼女にとって魔族は全員、敵であり絶対悪なのだ。


 そんな彼女の敵が目の前に居る。加えてただの魔族ではなく、魔王の娘という魔族にとっては忠誠を誓う王の娘。


(私の敵は魔王軍。お父さんやおじさんを殺した憎い相手。もしここでマオを……。いえアルディートを人質にとれば魔王軍の衰退を望めるのでは……)


 憎悪にも似た感情を抱いたライピスは、マオに視線を向ける。


 その瞬間、マオと共に戦ったトラディスガードとの戦いを思い出す。


(魔族はみんな殺してやりたいほど憎い。けど、マオに対しては怒りの感情が沸かない……)


 マオは魔族。敵。でも一緒に戦った仲間。身を挺して命がけで助けてくれた仲間なのだ。


 ライピスは無意識的にマオを仲間と認識していた。彼女がどんな存在であろうとも、仲間であることには変わりない。


(マオは私たちを信用して自分の正体を明かしてくれた。だったら私も彼女の言葉に向き合わないと)


 複雑に絡み合った心を整理するかのようにライピスは瞳を伏せ、深く深呼吸をする。


 そして、心が一本の線として整ったところで、視線を上げマオに向かって口を開く。


「マオ、私は魔族が憎いです。父を殺し、父の代わりでもあったおじさんをも殺した。魔王軍はみんな敵です」


「……そうか」


「だけどマオ。あなたという存在を私は憎むことができません。憎もうとしても憎めないんです」


 ライピスの声音に徐々に感情が乗り始める。


「憎もうとすればするほど、私の心はチクチクと針で刺されたような痛みが走る。憎もうとすればするほど、哀しくなるんです」


 その言葉にマオも真剣な眼差しを向けて、耳を傾ける。


「だから、マオ。私はあなたが魔族であろうとも、魔王の娘であろうとも仲間として迎え入れます! まだ出会って間もないですが、仲間として迎え入れるほどのことをしてくれたのですから」


 ライピスは自身の気持ちを言葉にしてすべて話した。


 それに対しマオは、ふっと息を吐くと口角を少し吊り上げてライピスに視線を向けた。


「ライピス、ありがとうな。アタシを1人の仲間として見てくれてうれしいぞ」


 マオの笑顔にライピスもつられて笑顔を見せた。


「リアンはアタシのことをどう思うんだ?」


 2人の絆がより深まったところで、今度はリアンに質問を投げかけるマオ。


 対しリアンはしれッとした顔で言葉を返した。


「俺は別にマオが魔族だとか魔王の娘だとかどうでもいい。だって、俺達のために戦って命を張れる頼もしい仲間なんだから、今さら追い出すなんてことしないだろう」


 リアンの中ではマオを既に仲間と認識しており、どのような存在だったとしても、その力量から是が非でも仲間になってもらいたいと思っていたようだった。

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