第40話 生き残った者たち

「ん〜っ! ん〜っ!!」


 白銀の鎧を装備した少女は、怒りの感情を溢れさせんばかりに暴れようとする。


 しかし後ろから力強く羽交い締めされ、身動きを制限される。


 怒りのままに叫ぼうともするが、口元を覆った仲間の手のひらの中でかき消される。


「ポルポン、そのままアイアイを抑え込んでいて」


 魔法を展開する女性は、目の前で起きた出来事に恐れることなく、冷静に仲間へ指示する。


「このポルポ、暴れるアイ殿をなんとか抑え込むであります!」


 暴れる仲間を後方から羽交い締めで抑える男性。


 なんとしても今の状況から生き残らんとする生命力が溢れ出ている。


「仲間を殺したクズにバレるとまずいので、声のトーンは落としてね〜」


 エイリアスはアイとポルポを自分の後ろに居座るよう冷静沈着に指示する。


 その間も無干渉魔法を展開して、景色に溶け込み、仲間の骸が転がる中で立つ2人から身を隠そうと必死になっていた。


「あのクズ2人に見つかりでもしたら、私たちは死ぬわ。確実にね」


 そう言いエイリアスは無干渉魔法の内側から、クズと呼ぶ2人へと視線を向ける。


 一方は白銀の騎士団を壊滅させた漆黒鎧。その向かい側に立つのは返り血で赤く染まった鎧を纏った、騎士団の隊長レイ・フォース。


 魔王軍の最高戦力と人類の最強戦力の2人である。


 本来なら対峙する存在だが、今や人類を裏切ったレイは魔王軍となり漆黒鎧の仲間へとなっていた。


 人類最強と名高い白銀の騎士団は存在しない。漆黒の鎧を纏った魔族1体によって壊滅させられたのだから。


 騎士団の仲間たちは瞬きする間に命を散らしていった。


 そしてレイ・フォースの裏切り。


 何が彼を魔王軍へと寝返る要因となったのかエイリアスたちには分からない。


 しかし一連の流れを見ていた、エイリアスたちは絶句と怒りの感情を覚えた。


 特にアイは今にも飛びかかろうとせんばかりに暴れている。


「それにしてもエイリアス殿。よくぞ敵の脅威に気付きましたな。エイリアス殿が守ってくれなくば、私の命も散っておりましたぞ!」


「レイ隊長をも凌ぐ魔力を秘めていたもの。すぐに強敵だと分かったわ〜。だから腐れ縁とも言えるあなたたちを守る行動に出ただけの話よ〜」

 

 命が散っていく中でエイリアスは、いち早く漆黒鎧の脅威に気づいた。


 このまま戦えば全員が殺されると判断した彼女は、即座に無干渉魔法を展開。近くにいた2人を引き留め、身を隠すことにしたのだ。


 結果、生き残りは3人だけ。

 

 他騎士団員は骸となり、人形のように転がっている。中には原型を留めていないものもあり、名前の判別はできないだろう。


 不毛の地、独特の澱んだ空気は、血と肉塊でさらに澱み、鮮血と鉄錆の匂いが鼻をつく。


 通常の人間ならここで吐き気を催したり、気絶したりする。


 しかし白銀の騎士団である彼女らは、常日頃から残酷な光景に慣れさせるための訓練を受けている。


 そのおかげかなんとか正気を保てている。


「無干渉魔法で私たちの姿は景色に溶け込んでいますが、物音は相手に聞こえてしまいます。あのクズにバレないよう細心の注意を――」


「んーっ! ぷはぁっ! 今ここであいつを叩かないでどうするの! 命を張ってこその白銀の――! んーっ!」


「私としたことが! 気の緩みでアイ殿の口を塞いでいた手の力を弱めてしまった!」


 一瞬アイの口を塞いでいた手が外れてしまう。


 正義感の強いアイは感情を爆発させ叫び、仲間たちを骸にした漆黒鎧に襲い掛かろうと地面を蹴り上げる。


 が、咄嗟にポルポが即座に羽交い締めにし、口を塞ぐ。


「ここで我々が死んだら、誰がここで起きた事実を国民に伝えるのですか!」


 ポルポはアイを説得するように、声を小さく、それでいて怒気の含んだ声音で説得する。


 しかし時すでに遅し。


 異変を感じ取った漆黒鎧は、周囲を見渡すと、骸の中を歩き始めた。


 エイリアスとポルポは生き残ることを最優先とし、骸の中を歩く漆黒鎧にバレないよう息を潜める。


 対しアイは白銀の騎士団としての誇りがあるのか、説得されたのにも関わらず、漆黒鎧に襲い掛かろうとしているようだ。


「裏切り者のクズと漆黒のクズがこちらに近づいてくる。2人とも、物音ひとつ立てないで」


 エイリアスは緊張感のある声音で、ポルポとアイに叱咤する。


 普段ほんわかとした空気感を漂わせているエイリアスが、怒りの感情を露わにすると2人の間に緊張感が走り、動きが止まる。


 暴れていたアイすらもピタリと動きを止めるほどの威圧感。


 いつも優しい人物が本気で怒り出したどきの恐ろしさと言ったら、何事にも変え難い怖さがある。


 景色に溶け込んでいるとはいえ、近づかれれば見破られる可能性がある。


 そうなれば死を覚悟しなければならないだろう。


 


「この辺から人間の声がしたような気がしたのだが……」


 漆黒鎧は警戒するように歩きながら転がる骸を蹴る。意識がある者がいるか、確認しているようだ。


 万が一、殺し損ねた者がいれば後々面倒になるからである。 


 一方でレイは仲間の骸の前に立っていた。


 狂気に満ちた目つきでかつての仲間を見下ろす。剣の切先を下にして振り上げる。


 そして重力に従うように勢いよく突き刺す。息をしているものがいないか入念に調べるように、何度も突き刺す。


 かつて民に慕われていた隊長の面影はなく、仲間に情など全くないようだ。


 狂った笑顔を浮かべ骸を切り刻むその姿はサイコパス。


「我輩も大概だが、お主も捻じ曲がった性格をしておるな」


「俺は元々こういう性格だ。幼少の頃に人を殺してからな。今まで騎士団を率いて素性を隠していたが、これからはありのままの自分でいられると思うと血肉が踊る!」


 笑いながら何度も突き刺すその姿に、漆黒鎧も少々引き気味であった。


 その後、骸の中を歩き声の主を探すが見つからない。


「ふむぅ。気のせいであったか。こういった場所では死者の幻聴も聞こえるという迷信もあるでな」


 形ある最後の骸を蹴り意識がないことを確認すると、レイへと視線を向ける。


「レイ・フォース。お主の仲間たちはこれで全部か?」


 漆黒鎧は今だに何度も剣を突き刺すサイコパスに問いかける。


 するとレイは手を止め、周りを見回す。


「全員の死体があるかどうかは不明だ。なんせあんたが肉塊にしたり、潰したりして原型が残らないほどに打ちのめしたんだからな」


 その言葉に漆黒鎧は高笑いをしてみせた。


「ガハハハッ! 我輩としたことが、少しやりすぎたようだ! まぁ良い。仮に生き残りがいたとしても、少数であろう。人間が数人集まったところで、我輩に敵うことはないだろうからな!」


 気分を良くしたのか、漆黒鎧はしばらくの間、不毛の地に響き渡るほどの高笑いを続ける。


「人類最強と謳われる騎士団を叩きのめした。人間どもは絶望に打ちひしがれるであろうな! 早速魔王に報告せねばな。魔王軍が有利になった今、魔王は軍隊を動かすであろうからな!」


「なら、こんな奴らは放っておいて、魔王城に行こう。こいつらは用済みだ。仲間でもなんでもない」


「長年連れ添ってきた仲間であろう。人類最強の騎士団の隊長というのは、冷たいのであるな!」


「私はただ、自分の人を殺したいという衝動を抑えるために、騎士団を立ち上げ隊長になっただけ。それ以上でも以下でもない」


「ふむふむ、そうであったな。まぁ、お主の過去は魔王城に戻ってからゆっくりと聞こうではないか」


 漆黒鎧が正面に手をかざすと、魔王城へと繋がるゲートが出現する。


 2人は騎士団を壊滅させた爽快感を胸に、その場を後にするのだった。


 


「くそッ! あいつら! 隊長も私たちを裏切りやがって!」


 魔王軍の2人がこの場からいなくなったことを確認したエイリアスは、無干渉魔法を解除する。


 同時に、怒りで精神が支配されたアイが口汚く罵りながら、鬱憤を晴らすように剣で空を切り暴れる。


 エイリアスは魔法を長時間使い続けた影響から、どっと疲れが体を駆け巡り、その場にへたり込む。


「そうよね……。あのクズどもは許して置けない存在……」


 目の前に広がる仲間の骸を前に優しく囁く。


「あなたたちの仇は必ずとるわ。このままおめおめと帰るわけにはいかないもの。人類最強の騎士団として、ケジメをつけてくるわ」


 仲間の骸を前に凛々しくそう宣言したエイリアスは、疲れた体に鞭打ち立ち上がる。


 そして胸の前で両手を握り、かつての仲間たちが安らぎを得られるよう祈りを捧げた。


「このポルポもかつての仲間たちに祈りを捧げましょうぞ! ほらアイ殿も!」


「あー! もうっ! むしゃくしゃする! 絶対に仇は取ってやる! 裏切り者は殺してやる!」


 ポルポはエイリアスの隣に立ち、胸の前で腕を合わせ祈りを捧げる。


 遅れて怒りを爆発させているアイも、ポルポの隣に立ち、祈りを捧げた。


 すると、澱んでいた空気が一瞬にして和やかな空気へ変わる。


 祈りが届いたのか、かつての仲間たちの魂と思われる光の玉が肉体から飛び出す。


「これは……」


 光の玉は3人の周りを囲む。

 


 ――あとのことは頼んだよ――

 


 光の玉からそう聞こえたような気がした。


 そして淡い光を放ったまま、仲間の魂たちは空高くへと飛んでいった。


「無事、天国へと行けるといいわね」


「そうですな。生前たくさんの人を救ってきた者たちですから、地獄へは行かぬでしょう」


「そうね。死んだ仲間が安心して天国へ行けるよう、私たちで決着をつけるわ」


 3人はしばし空を見上げ、飛んでいく魂を眺めていた。


 ――数分後――


「あのクズどもは、魔王城に戻ると言っていたわ。以前派遣した斥候の情報で魔王城の場所はある程度特定できている」


「なら早速行動しましょ! 私たちの目的は裏切り者のバカの粛清と、魔王軍の侵攻を食い止めること」


「目的は決まりましたな! 仲間の仇を打つためにもこのポルポ、全力を尽くしましょうぞ!」


 3人は、互いに視線を交差させ無言で頷くと、骸になった仲間たちに別れの祈りを捧げ、その場を後にするのだった。


「目指すは魔都・サタナー! 魔王城へ突撃するための戦力を増強するわよ!」


 生き残った者たちの宿命を背負って。

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