第21話 対決とマオの決意

 突如、始まったライピスとマオの対決。


 ルールは簡単、目の前に広がっている魔王軍の大規模部隊。彼らを指揮しているリーダー『灰鎧』を先に倒した方が勝ち。


 勝者はリアンと付き合える権利、もしくは何か願い事を相手に叶えてもらうことができる。ということになっている。


 リアンの意見などそっちのけで始まった勝負のため、彼はただため息を付いて、二人の背中を見るしかなかった。


 誰よりも早く敵陣に向かって走り出したのはライピス。武器を腰横に添え、自慢の足の速さと体力でスピードを衰えさせることなく、ぐんぐんと前へと進んでいく。


 一方でマオは、歩いて数歩しか足を進めていない。加えて余裕そうな笑みを浮かべている。


 二人の背中を見ていたリアンは、ライピスが先に魔族と戦闘になるだろうと確信しつつ、愛用のエネルギーライフルを自身の両手で握った瞬間だった。


「キャッハァァァァ!」


 狂ったような力強い声が周囲に響く。

 

 その声の主はマオだった。


 つい数秒前、全く前進していなかったはずマオ。いつの間にか敵陣の真ん前へと移動しており、敵と戦闘を始めていた。


 マオは戦斧を一閃させて、立ちはだかる魔族たちを真っ二つにする。


 戦斧をブンブンと振り回し、暴れまわる。それはまるで鬼神のようで歓喜の表情でザックザックと魔王軍を薙ぎ払っていく。


 その状況に一番疑問符を浮かべているのはライピスだった。


「私が走り出したとき、あのクソガキはかなり出遅れていたはず。なのにどうしてあいつの方が早く接敵しているの?」


 既に接敵しているマオに視線を向けて疑問符を浮かべつつ、攻め入る足は止めない。


 リアンたちと魔王軍大規模部隊が最初に視線を交わしたとき、距離はかなり離れていた。


 そしてライピスが先行して敵軍との距離を中盤まで攻めていたとき、マオは少ししか歩を進めていなかった。


 そのような状況で足の速さに自信があるライピスに追いつけるはずがなのだ。


 どういうことなのか、その答えを知っているのは、二人の背中を最後まで見ていたリアンだった。


「マオが戦斧を振り下ろしたと同時に敵陣の前に瞬間移動した。魔法の類か?」


 答えを知っていると言っても、目の前で起こったことを知っているというだけである。


 どのような方法で瞬間移動したかまでは分からない。しかし、人が瞬間移動するという現象自体、リアンにとって驚くことでも何でもない。


 リアン自身もインプラントの導入で似たような能力を使えるし、他の世界で瞬間移動する魔法やそういったインプラントを導入して瞬間移動を使える人物と触れ合ってきたからだ。


 そのため答えは導き出せなくとも、過去の知識や世界観から予測はできるのだ。

 

 そんなことを考えつつ、リアンは加勢に向かうため地面を蹴り上げた。瞬間、マオが再び瞬間移動をしてリアンの前に立ちはだかった。


 突然戻ってきた、少女に青年は進む脚に急ブレーキをかける。


「マ、マオ。突然戻ってきてどうしたんだ?」


 目の前の少女は返り血を浴びて、鮮血独特の生臭さが漂う。それでも少女は青年に向けて無垢な笑顔を見せ、口を開いた。


「リアン、最高だ! 戦斧で敵を倒すたびに脳が痺れて、爽快感が半端ない!」


 偽りのない綺麗な笑顔から発せられる言動。その言葉にリアンは一瞬の恐怖心を覚えた。


 人類の敵となる存在を倒して喜んでいるならまだいい。しかし、善悪構わず、誰かを傷つけて喜んでいるという意味も含まれているのなら目の前の人物は殺人鬼同然だ。


 彼女の言葉がどちらを意味するのか、直接聞くためリアンは口を開いた。なるべく角を立てない丁寧な言い方で。


 そして少女から返ってきたのは、乾いた笑いと茶化すような返事。


「なんだよリアン! あたしが殺人鬼か何かに見えたのか?」


 思っていることが見透かされていた。


「言動がやばかったからな。俺はともかく、ライピスや他の人間にあんなことを言ったら殺人鬼として見られるぞ」


「そりゃ、まぁ……。けど、この楽しさをいち早くリアンに伝えたくて言葉を選ばなかったんだ! ごめん! でも勘違いしないでくれ! あたしは無害な人を傷つけたりしない!」


 きらりと光る少女の赤い目。ルビーのように美しく、目の奥まで透き通った色をしている。


 嘘を付けば、人の目は濁るもの。今の彼女を見れば、嘘偽りないことが直感で何となくわかる。


 彼女の言葉を信じ、リアンは安堵のため息を付いた。


 反省もそこそこに、マオはさっそく敵陣で暴れてきて、どれだけ楽しかったかを三分ほど語りつくした。


 短時間戦っただけの内容だというのに、情報量が多く内容も濃い。リアンはただ相槌を打つしかできなかった。


 そして彼女の一方的な感想にリアンの頭の中は容量がいっぱいになった。

 

「それは、よかったな……。ひとつだけ質問良いか?」


「なんだリアン? アタシの感想に分からないことでもあったか?」


「いや、感想に対する質問じゃなくて、どうやって移動しているかの質問だ。明らかに魔法か何かを使って瞬間移動をしていただろ」


「【亜空食い】のことか?」


「亜空食い?」


 頭に疑問符を浮かべながら言葉を返すとマオは戦斧を地面に突き刺し、自慢げに無い胸を張りながら答える。


「そうだ! この戦斧には亜空食いって能力が備わっている! 亜空食いを発動させたいタイミングで魔力を込めて戦斧を振ると、空間を食っちまう能力なんだよ! すげぇだろ!」


 世界観的に魔法の類だと思っていたリアンは、亜空食いという特殊な能力に少々驚かされていた。


 亜空間の存在はリアン自身も知っている。別世界で見たことがあるからだ。


 彼の知っている仲での、亜空間というのは、武器を持ち運んだり必要に応じて物を出し入れしたりするのに使う、魔法のポケットのような存在だ。


 別世界で旅をしていた際に、亜空間を操る能力を持つ人物に出会ったことはある。しかしそれを戦いや移動手段として使おうとした人物はいなかった。


 そういう発想はなかったのだろう。


「つまり空間を食べて、自分の体を敵陣の前に持って行っているってことか」


「そうだ! まぁ、障害物があったりすると移動できなかったりするけどな! それに、亜空食いは人や魔族にも使える。亜空食いを喰らったやつは、特殊な魔法で治癒しない限り、その傷は一生治らない!」


「そうか、それはすごい能力だ」


 亜空間にそのような使い方があることに、さらに驚かされる。


 ある意味、最強の能力かもしれない。


 気分を良くしたマオは、さらに胸を張る。張る胸はないが。


「あたしは勝負に勝つため、戦いに戻るぞ! リアンはあたしと付き合ってもいいように、心の準備をしておけ!」


 そう言って、敵陣の方へと向き直ると、戦斧を振り上げる。


「俺も戦う。女性二人だけに戦わせるなんて、そんな気分の悪いことこの上ないから」


 その言葉を聞いたマオは戦斧を振り上げたまま、リアンに視線を向ける。


「やっぱ、最高の匂いを持っているリアンはかっこいいな! 絶対にあたしが勝つ!」


 その意気込みと共に、マオは戦斧を振り下ろし、亜空を喰って敵陣の目の前に移動したのだった。

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