第41話 異世界トラベラーと信頼

「なぁ、リアン。異世界トラベラーって具体的に何をするんだ?」

 

 先代魔王軍と交渉をするため、旧魔都『サタナー』を目指し、歩を進める3人。


 足元は砂漠のように細かい砂ばかりで、歩くたびにジャリジャリと音を立てて足が沈む。


 景色も殺風景で、何もない。不毛の地を歩けば楽しくもない光景が永遠と続くだろう。


 そんな面白みのない道中を少しでも楽しくするべく、マオが興味本意で質問を口にした。


「何をするかは人によって異なるかな。俺の場合は朝に説明した通り、両親を殺した奴を追って旅を続けている」


 リアンの目的はあくまで両親の仇を打つこと。


 それ以外に課せられる3つの課題は、次の異世界に移動するための目的でしかない。


 この世界の平和を取り戻すという目的も、リアンが別の世界へ移動するための目的でしかないのだ。


「それはつまり、リアンさんが追っている人物というのは、同じ異世界トラベラーなのですか?」


 その質問にリアンは何度か顎をなで、眉を寄せる。


「分からない。けど、世界間を移動できるあたり、異世界トラベラーと似た能力を持っているだと思う」


「正体が分かってねぇってことだな。そんな奴をどうやって見つけるんだ? そもそもどこの世界に移動したか分かんのか?」

 

「それは大丈夫。奴が世界間を移動するときに、特別な魔力の残痕ざんこんが残る。それに触れると次の世界を見ることができるんだ」


 魔力の残痕に触れると、リアンは次の世界を覗き見ることができる。


 魔力という概念が存在しない世界でも、残痕は発生するため足取りを追えるのだ。


「その義眼? でも見えるんですか? 本物の目ではないんですよね」


「身体を強化するために入れた義眼インプラントのことか。確かに本物の目ではないけど、能力は健在だよ」


 今や彼の目は義眼インプラントになり、機械化しているが、残痕を見る能力は健在である。


「ふーん。じゃあ、リアンが今ここにいるのは奴がこの世界のどこかにいるってことか?」


「今回は違う目的でこの世界に来たんだ。この世界の人類が崇める神様『アリアンロッド』に世界を救うようお願いされてね」


 アリアンロッドという名前を口にした途端、ライピスは『えっ!』と驚いた声を出し、大きく目を見開く。


「リアンさん、アリアンロッド様を知っているんですか!」


「うん。実際に対面したから。俺の命の恩人なんだ。まぁその引き換えに、この世界を救うという使命を負わされたけど」


 実際にアリアンロッドを見た人物が目の前にいる。


 その事実だけで、ライピスは目を輝かせた。


「アリアンロッド様はどんな姿でした? どんな雰囲気でした? 皆が崇めるような立派な神様でしたか!」


 神を崇める身として、アリアンロッドが本当に存在していることに、喜びと興奮を覚えたのだろう。


 ライピスは目的地へ進む足をとめ、落ち着きない犬のようにリアンへと迫る。そして捲し立てるように質問攻めにする。


「ち、近いよライピス」


 興奮のあまりリアンの顔が目と鼻の先にあることに気が付かなかったライピスは、「す、すみません!」と言い後ろに一歩下がる。


 食いつくのも無理はない。人類にとって神の存在は、希望の光。


 ほとんど人が過去の偉人や誰かが作った偶像だと思われている。しかし実在していると分かれば、今までの常識は覆り興奮もするだろう。


「まぁ、ライピスや他の人がどういう人物を想像しているか分からないけど、見た目に反してしっかりとした性格の持ち主だと思ったよ。崇拝している人類がいる世界を救いたいって気持ちはあったからね。時折ちゃらんぽらんな行動をして、苛立つようなことを平気で言ってくるところがたまに傷だけど」


 大まかな概要を説明したあと、再び足を進め、アリアンロッドの見た目や性格を伝えていく。


 世間一般的に広まっているアリアンロッドの見た目や性格は、リアンが見たものと一致していたようで、ライピスはどこか納得したような表情を浮かべた。


 人類にこれほど神の容姿や性格が正確に伝わっているのも珍しいものである。


「異世界トラベラーってのは、神の使いってことか?」


 ライピスが嬉しそうにリアンと話していると、突然マオが割って話に入ってくる。


 冷静で不気味な声のトーンで。


「そういうわけじゃないけど……、今回は恩返しというか……」


 いつもとは違うマオに気圧されるリアンだが、普段と同じ口調で質問へと答える。


 すると、マオの雰囲気はどこか恐怖心を湧き立たせるようなものへと変わっていく。


「アタシは魔族だ。神にとって人類は守るべき存在で、魔族は根絶やしにする存在だろ」


 冷静でありながら恐怖心を奮い立たせるような冷たい声。唐突なマオの異変に全員が足を止めた。


「テメェが世界を救うため、いずれアタシも殺すつもりだろ。ワリィがやられる前にやる!」


 マオは怒気を含んだ声音で言い放つと、疑心暗鬼な表情で背中に背負った戦斧に手をかけた。


 リアンは神の依頼でこの世界に降り立った。その依頼が世界を平和を取り戻すこと。


 それはつまり、世界を乱している魔族を討伐し、人類を救うことだと捉えることができるだろう。


 世界平和を取り戻すために、魔族であるマオの討伐も入っているかもしれないと思うと、疑心暗鬼になるのも仕方がないことだ。


「マオ! 俺はマオを殺めようだなんて、そんなつもりはない!」


 戦う意志を見せるマオにリアンは咄嗟に否定をして、闘争本能をたぎらせる彼女を落ち着かせようとする。


 しかし、一度火のついたマオはそう簡単に止まらない。


「アタシら魔族にとって、神は目障りな存在だ。神もアタシらを目障りな存在だと思っているだろうよ」


 落ち着かせようとリアンはライピスと共に説得するが、マオの闘争本能は増していく。


「神がアタシを放っておくはずがねぇ」


 神が世界平和を望んでいるのなら、魔王の娘であるマオを放っておくことはしないだろう。


 何かしらの形で、消しかけにくるとマオは睨んでいた。そしてそれが今なのかもしれないと、考えた。


「確かにリアンは魔族であるアタシを受け入れた。けどな、それはリアンの意思であって、神の意思じゃねぇ。神がアタシを消すよう求めれば、テメェもそうするだろ! なんせ、そうしなければこの世界から出られねぇんだからな!」


 マオの言うことは的を得ていた。


 彼女を受け入れたのはリアンの意思であって、アリアンロッドの意思ではない。


 もしもアリアンロッドが世界平和のためにマオ、もといアルディートを殺せと命令が下ればリアンは従う他ないかもしれない。


 従わなければ、リアンはこの世界から出られず、両親の仇を取ることが叶わないからだ。


 もしもそんな日が訪れた時、リアンはどのような選択をするのか。


「マオ、俺は魔族を根絶やしすることだけが世界平和の条件だとは思わない。俺とマオのように人類と魔族が共存する世界が訪れるときがくれば、それこそ世界平和を確立したことになると思う」


「……」


「万が一、アリアンロッドからそんな命令が下されるようなことがあれば、俺は歯向かうよ。確かに命の恩人だけど、魔族でも人間に友好的な存在もいると説得する」


 答えは決まっていた。


「屁理屈だと言われるかもしれない。けど、誰かが誰かを殺し合う世界よりも、誰もが手を取り合える世界を実現した方が、アリアンロッドも納得してくれる」


 心情が揺れ動き不安を抱いているであろうマオを宥めるように、リアンは優しい声音で説得する。


 しかしマオは黙って聞いているが表情は晴れない。背負った愛武器に手をかけているあたり、まだリアンを信用しきれていないところがあるのだろう。


 このまま互いに信用しきれない状態で旅を続けても、息が詰まるだけだろう。


 これからも、マオの力を借りるなら今ここで信頼を勝ち取らなければならない。


 沈黙が続く中、リアンは口火を切る。


「俺がもしマオを裏切る気でいるなら、異世界トラベラーであることも、アリアンロッドに依頼されてこの地に降り立ったことも話さないと思う。その方が得策だろうし」


「……そうだな」


 マオの曇った表情が少しばかり明るくなる。信頼を勝ち取るまでもう少しだと判断したリアンは最後の一手を放つ。


「それに……、マオだって俺たちを斬りたくないんじゃないか?」


「……なんでそう思う」


「斧を持つ手が少しばかり震えてる」


 出会ってから短い時間を過ごしてきた仲とはいえ、いろいろなことがあり仲間としての意識が芽生えていた。


 魔王城にいる魔族よりも信頼できる仲間であるとマオも思っている。


 家族よりも大事な存在であるリアンたちを簡単に裏切ることができようか。


 魔族でもマオのように、人と通じ合える心を持っている種族はいる。


 人であるリアンとライピスと心が通じ合っている今、裏切ったとしても、マオはきっと彼を傷つけることを躊躇うだろう。


「アタシは……、アタシは弱い魔族だ。たかが人間すら殺せないなんて……」


 マオは戦斧から手を離し、瞳に雫を浮かべる。溢れ出した雫は、頬をつたり落ちていく。


 膝から崩れ、両手を地面に突き、項垂れるマオ。


「マオはとっても優しい魔族だ。裏切られるかもしれない不安を抱えながら、相手を信用しようとするなんてそう簡単にできることじゃないよ」


 リアンの優しい言葉にマオの雫は勢いを増す。


 マオはギュッと両手を握り締め、悔しさをあらわにする。


「すまねぇ、リアン。疑って本当にすまねぇ!」


 幼い見た目をしながらも、大人に負けない思考力を持った魔族、マオ。戦いに優れ、魔王の娘という立場から、魔族たちの前で弱みなど見せられない日々を過ごしてきたのだろう。


 そんな重荷から解放され、今だけは容姿相応のどこにでもいる1人の少女に見えた。



 ――数刻後――


 落ち着きを取り戻したマオは、リアンを信じると決意した。


「リアンはアタシのことを信頼してくれてるのか?」


「もちろん最初から信頼してたよ。いろんな世界でいろんな人を見てきたんだから、信頼できる奴ぐらいなんとなく分かるんだ。そして何よりも……」


「何よりも?」


「一発ヤッた女を信頼しないでどうするって話だ。俺と一発ヤらせてくれた女に悪い奴はいない」


「けっ! 結局はそれかよ。男ってのは股間に脳が付いてるんかね」


「リアンさん……、軽蔑します」


 元気付けるつもりで言った言動で、彼女たちとの心が離れていくのを感じるリアン。


「あ、あれぇ〜……」


 マオだけでなく、ライピスからの信頼も崩れ去りそうになるリアンだった。

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