第51話 勝ち目のない戦い


 ――魔都郊外・プロテクトシールド破壊跡地――


「ニードルランチャーが稼働するまで、奴を魔都に近づけさせるな! なんとしてでも足止めをする!」


 赤き鎧を身に纏い、愛用の『紅蓮の槍』を振るう1人の女性戦士。


 巨大な鉄塊を前にしても、怯えることなく勇敢に立ち向かうその姿は、まさしく勇者。


「クイーンガード様に続けぇぇ!」


 その小さくも大きな背中に希望を見出し、番兵たちは武器を手に取り戦い続ける。


 黄金の騎兵団や白銀の騎士団も合流し、まさしく多種族の共同戦線状態となっていた。


「我が戦斧の威力、受けてみよ!」


「後方支援部隊、大弓の一斉射撃用意! 放て!」


「エイリアス! あなたが覚えている魔法の中で、1番最強の魔法をぶつけてやりなさい!」


 各々がサンドワームの動きを観察し、隙を伺いながら随所に攻撃を加えていく。


 鉄塊の長い体側のあらゆる部位で爆発や斬撃、火花が散る。


 しかし鉄塊の装甲はかなり分厚く、全ての攻撃が弾かれる。


「な、何て硬さだ! この場にいる全員の攻撃を諸共しないなんて!」


 番兵たちは攻撃が通じていないことに、表情を歪ませる。


 このままではニードルランチャーが稼働する前に、魔都と共に破壊されてしまう。


 どうすればサンドワームを足止めできるか。


 出ることのない答えを探し番兵たちが固まっていると、鉄塊の体側付近で攻撃していた赤き鎧の女性戦士が番兵たちのもとへ戻ってくる。


「クイーンガード様、奴を止めるにはどうすれば……。私たちの攻撃は全く通じておりません」


「確かにそうだな。私の攻撃も、全く受け付けていない」


 クイーンガードは黄金の騎兵団と共にサンドワームの体側に近づき、得意の槍を振るった。


 どんな敵をも倒してきたクイーンガードの攻撃も、サンドワームはその硬い装甲で攻撃を防ぎ、傷一つ付けさせない。


「この世のあらゆる物質を貫いてきた紅蓮の槍でさえ通用しないなんて、奴の体は一体何でできているのでしょう……」


「分からない。私もサンドワームの体側に初めての感触を覚えた。今まで触れたことのない物質で構成されているようだ」


「ならば、どうすれば……」


「今回の目的はニードルランチャーが稼働するまでの時間稼ぎ。勝つための戦いじゃない」


 クイーンガードは父から譲り受けた尖った耳をピクピクさせる。


「一斉攻撃で、サンドワームを怯ませる。一度にタイミングよく一点に集中して攻撃すれば、動きを阻害する程度の火力は出せるかもしれない」


 言葉を紡いだと同時に、赤き鎧を突き破りクイーンガードの背中から黒い羽が生える。


「父から譲り受けた黒竜の力を使って、サンドワームの体側に傷をつける。そこを狙って一斉に攻撃する」


 弱い攻撃も数が集まれば、強力な攻撃となる。


 そうなることを見越して、クイーンガードは番兵たちに命じる。


「時間を稼げればいい。私が旅立ったら、各々、最大火力の出せる遠距離攻撃を準備するんだ!」


「わ、分かりましたぁ!」


 番兵たちは武器を胸の前に掲げ、敬意を示す。


 話が終わったところで、黄金の騎兵団と白銀の騎士団も合流し、一同が集まった。


 クイーンガードは足を屈伸させ体を縮ませる。そして一気に足を伸ばし、バネの要領で高く飛び上がる。


 最高地点まで飛び上がると、黒い羽を羽ばたかせ、サンドワームへと向かって風を切るように滑空を開始する。


(黒竜の父から譲り受けたこの力を武器に込めれば、分厚い体側に傷を付けられるか……でも、力を使えば、いずれ私も黒竜の力に……)


 黒竜の力を使うことに一瞬躊躇し、表情を歪ませるクイーンガード。


 しかし、後戻りなどできない。


 やるしかない。

 

 皆を救うためだと自分に言い聞かせ、恐怖の根源となる考えを払拭した。


 強力な敵意が近づいてくる。


 サンドワームは身の危険を察したのか、クイーンガードに向けて体側から何かを飛ばす。


 体側から発射したそれは、人の頭部ほどの大きさで、形は四角錐。迫るスピードは恐ろしく早く、直撃すれば確実に肉を抉り、四肢を欠損させる。


 まさしく、弾丸のようなものだ。


「敵も私が危険な存在だって気づいているわけね。本当に不思議で迷惑な兵器を寄越したものだ」


 クイーンガードは飛んでくる発射物を体を翻しながら、避け確実に鉄塊へと近づいていく。


 近づくほど猛攻になっていく攻撃。


 長年培ってきた感覚と、技量、そして勘を頼りに避けながら進み、やがてクイーンガードの間合いに入った。


「ここからなら!」


 クイーンガードは滑空を続けながら、『紅蓮の槍』を握りしめる。


「黒竜の力を、顕現する!」


 そう言葉を発したと同時に、紅蓮の槍に黒いモヤが覆い始める。


 赤色だった紅蓮の槍は彼女の手からペンキのように黒色が広がっていき、やがてその姿を漆黒へと変えた。


 勇者の如く洗練された紅蓮の槍は、闇の力が渦巻き、まさしく邪神の槍と言えるだろう。


「黒竜の力でその鎧を剥ぐ!」


 クイーンガードは滑空の勢いに乗せて、邪神の槍をバツの字に振るった。


 すると、かまいたちの如く半月型の軌道が放たれる。


 赤黒い軌道は目に見える速さでクイーンガードから遠ざかり、やがてサンドワームの体側を捉えて直撃した。


 直撃した途端、黒い光が一瞬発光する。


「傷は付いたか?」


 滑空を続けながら、軌道が直撃したところへ視線を向ける。


 サンドワームの体側には、大きな傷跡ができており、その傷は装甲を破壊し内部を露出させることに成功した。


「これなら――! ぐっ!」


 突如、クイーンガードの表情が歪む。


 胸を抑え、滑空に乱れが生じる。


「力を使いすぎた……。これ以上使えば、呪いに食われる……。でも、役目は果たした。みんなの元へ戻ろう……」


 力を解除し、漆黒から真紅色の槍へ戻すと、急いで翼を羽ばたかせ、魔法を構えるみんなの元へ体を翻した。




「クイーンガード様が傷をつけてくださった! それも分厚い鎧を突き破るほど大きく!」


「これは好機ですぞ! あの印へ魔法を一斉に浴びせれば、体内まで魔法を浸透させることができるかもしれませぬ!」


 サンドワームについた大きな傷に歓喜する、番兵たち。


 クイーンガードが戻ってきたことを合図に、番兵や騎兵団、騎士団はそれぞれ自分が使える最大火力の魔法にさらなる神経を注ぐ。


 そして、サンドワームの動きが一瞬緩やかになった瞬間――。


「放てぇぇ!」


 クイーンガードの号令を合図に、一同はサンドワームの傷の部分へと向かって魔法を一斉発射した。


 様々な属性の魔法がサンドワームの傷口へ飛んでいく。


 その光景は色とりどりで、美しく見応えのあるものである。


 そうして放たれた魔法は強力な攻撃となり、サンドワームにぐんぐんと近づく。


 そして傷口へと着弾した。


 着弾したと同時に、淡く強い光がピカッと顕現する。


 加えて、地を揺らすような唸り声が、サンドワームから放たれ、体制を崩し地面をごろりと転がった。


「――グォォォォォオッ!」


 サンドワームは苦しそうに咆哮を上げる。


 苦しそうにその場で、もがいて見せた。


「サ、サンドワームの足止めに成功した!」


「や、やったぞ! これでニードルランチャーの起動までの時間を確保できるかもしれない」


 作戦が成功したことに歓喜の声を上げる一同。


 もがき苦しむサンドワームを前に、愉悦に浸る。しかし、それも一瞬のうちだった。


「グガァアァァ!」


 サンドワームの咆哮が、変わったかと思うと、円錐の頭部が花のように開き、淡い光を集まり始まる。


 そして次の瞬間――。


 チュドンッ!


 轟音と共にレーザーが放たれた。向かう先は、ニードルランチャーの調整をしていた旧魔王城。


 中心部を攻撃された旧魔王城に大きな風穴があいた。


 やがて外壁がボロボロと剥がれ始め、音を立てて崩壊していく。


 そうして支柱を失った旧魔王城は、大きな音と砂埃を撒き散らしながら、跡形もなく崩れ去ってしまった。


「ニ、ニードルランチャーが!」


 旧魔王城で整備していたニードルランチャーも瓦礫にのまれ失ってしまった。


 愉悦に浸っていた一同は、どん底に落とされたように絶句の表情を浮かべる。


「も、もう一度、一斉に魔法を打ち込めば倒せるかも!」


 番兵の1人がそういい、魔法を唱える準備をした。


 しかし目の前の光景に呪文など唱える気すら失せてしまった。


「サンドワームが……、再び動き出した……」


 あれほど苦しがっていたサンドワームは、何事もなかったかのように体を起こすと、再び進行を始める。


 加えて、クイーンガードが命をかけて負わせた傷口は、完全に塞がっていた。


 傷口のない体側に攻撃を加えても、効果はない。だからと言って、クイーンガードが再び黒竜の力を使えば、呪いが進行するだろう。


 唯一の希望であったニードルランチャーが破壊された今、一同にできることは何もなかった。


 先代魔王軍は、これから魔都が破壊されていく光景を目にすることになる。



 ――誰もがそう思っていた。



 ――チュドンッ!


 あの光を見るまでは――。


 

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