第7話 アリアンロッドの依頼

「やってほしいこと?」


「せや。やってほしいことがあってあんたをこの世界に呼んだのや」


 アリアンロッドの真剣な眼差し。さっきとは打って変わって、本腰ともとれる雰囲気がふたりの間を漂う。


 態度からして先ほどまでの会話は前座で、こちらが本題なのだろう。リアンもより真剣な態度で応対する。


「断ったら?」


「我の傀儡として一生過ごしてもらう。な~に、悪いようにはせえへんで!」


 アリアンロッドは不敵な笑みを浮かべ、閉じた扇子をリアンへ向ける。


「そもそも、どうして俺なんだ。強い奴なんて他の世界にごまんといるだろ」


「理由は簡単や。あんたは異世界トラベラーであり、実績がある。四つの世界を渡り歩いてきて、二つ目と三つ目の世界に平和を取り戻したやろ?」


 なぜそこまで知っているかと、リアンは驚き目を見開く。


 目の前にいる神はどこまで自分のことを知っているのか、すべてを見透かされているようでリアンは思わず固唾をのむ。


「そう驚くことやない。我は神やで? 人間の生きた過去をみることなんて簡単なんや。まぁ、我の力で見たわけやないけどな」


 弾むような声で、アリアンロッドは笑って見せる。まるでなんでもお見通しと言っているようだ。


 リアンは何を隠しても無駄だと諦め、瞳を伏せてため息を付く。そして嘘をついても無駄だと思い彼女の言うことを認めたうえで口を開く。


「救ったのは『三つの課題』のひとつだったから。成り行きで救っただけだ。だけど勘違いしないでほしい。俺一人の力で救ったわけじゃない。その世界の仲間がいたから救えたんだ」


「そうやったとしても十分な価値のある実績に変わりはないんや」


 玉座に背中を預けると、アリアンロッドは扇子を広げ自らを仰ぐ。


「それにあんたには断る権限なんてないんや。我に貸しがあるやろ?」


「なんのことだ」


「フレムに襲われたときあんたは手首を切り落とされ、死ぬ寸前だった。あのとき我の部下が助けなければ、あんたは目的も果たせずに死んでたやろ」


 傀儡の副作用から力が戻りつつあるリアンは自分の両手首を胸の前に上げ視線を向ける。


「手首を元に戻したのも、神の力やで。感謝せなぁ!」


 確かにあのとき、他のフレムの救助も望めず、絶望的な状況であったことは間違いなかった。誰かが助けに来なければ死んでいただろう。


 神に助けられたのは、ある意味。奇跡とも言えた。


「つまり命の恩人なんだから、今度はそっちが願いを聞く番だと。そう言いたいのか?」


「そうとは言わへんけど、お返しをするのが人間としての礼儀ちゃう?」


 その言葉にリアンは何も言い返せずため息を付き、眉をしかめる。


 正直、アリアンロッドの言っていることは正しい。


 大きな目的を果たせなくなる前に命を失っては元もこうもない。救ってくれたのだからそれ相応のお返しをするというのが、礼儀というものだ。


 リアンだってそれは分かっていた。


 しかし彼にとって、フレムたちは今まで渡り歩いた世界の中でも、興味を持ち度の世界の仲間たちよりも友情を育んだ存在だった。


 今は自分の目的を果たすことよりも、フレムたちの世界を救ってやりたいという気持ちの方が大きくなっていたのだ。


「分かった、話を聞く。けど、あんたの目的を果たしたら俺はフレムたちのところへ戻る」


「それは構わへん。目的を果たした後はあんたの自由やからな。しかしや、戻らん方がええと思うで」


「なんでだ!」


「フレムは所詮、人間もどきやろ? 見た目こそ人間やが、中身は機械。正直と言ってもええ。そんな奴らに執着しとったら『』っちゅう、あんたの目的を果たすのが難しくなるで」


「——ッ!」


 ——鉄くず。


 その言葉に、リアンは力強く自らのこぶしを握り、怒気を含んだ目をアリアンロッドへ向ける。


 しかし、それしかできなかった。ここで反抗をしてもまた、傀儡にされるだけだからだ。


「すまんすまん! あんたのフレムに対する思いを試しただけや。怒らんといて!」


 対照的にアリアンロッドは弾むような声でなだめる。そして閉じた扇子をリアンへ向け、上下に動かし怒りを鎮めるように促す。


 しかし、リアンの怒りは収まらず顔が真っ赤になり爆発寸前だ。


「あんたが、そこまでフレムを大切に思っているなら、我の願いを達成したとき褒美をやる!」


「褒美?」


「せや! あんたのいたチーム『サバイバー』やったか? そこに所属していたフレムの『フルー』、『カラメル』、『ペス』を生き返させたる!」


 その言葉を聞いた途端、リアンの怒りはスーッと静まり、希望に満ちた表情をアリアンロッドへ向けた。


「本当か!?」


 今度は彼の声が弾む。


「約束は守る。我が大切にしていることや。裏切らへん!」


「ありがとう! ならさっそく要件を聞かしてくれ!」


「フレムの命を助けると言った途端、とんだせっかちマンになりおった。まぁ悪いことやないけども」


 ある意味、ちょろすぎるリアンにアリアンロッドはため息を吐き、笑いをこらえるので必死だった。


「頼みたいことっちゅうのは、『惑星ニムン』という世界を救ってほしいのや」


「惑星ニムン? そこはどんな世界なんだ?」


「簡単に言えば、全世界の三割が魔王軍に支配された世界やな。そこでリアン、あんたには魔王軍が世界のすべてを支配する前に、民たちを救ってほしい」


 端的に言えば敵の親玉を倒せということ。依頼内容はいたってシンプルと言える。しかしシンプルであるがゆえに難易度が高い。


「どうしてその世界を救いたいんだ?」


「その世界に住む民が我を信仰をしているからや。民が救いを求めていたら、救いの手を差し伸べるのが神の仕事やろ?」


「なら、アリアンロッド自身が出向けばいいんじゃない? 神が出向けば魔王軍も恐れおののくでしょ」


「それはできひん。考えてみ? 本物のアリアンロッドが民の前に現れたら、どうなると思う?」


「驚いて、腰を抜かす?」


「ちゃう、我の声に魅了された男たちを傀儡としてしまうからや! そして、夫や彼氏を傀儡とされた女たちは我に恨みを持ってしまうやろ!」


 声を弾ませ自画自賛するアリアンロッドの斜め上を行く回答にリアンは言葉を失う。


「それに見てや、我の体。こんなスタイルのいい女が目の前に降り立ったら、男どもは我の胸を揉みしだきたくて仕方がなくなるやろ!」


 天井を突き抜けるほどの予想以上の理由に、どう言葉を返せばいいのか分からず困惑の表情を見せるリアン。


 リアンは改めてアリアンロッドに視線を向ける。


 豊満な胸に引き締まった腰、鷲掴みにしたくなるプルッとしたお尻、そしてムチッとした太もも、真珠のように目立つ白い肌。


 確かに、魅了するには十分な見た目だ。しかし自画自賛しているという点は、どうもポンコツ感が否めない。


 多少引き気味で相槌を打つように笑顔を見せた後、リアンは視線を伏せ大きくため息を付く。そして再度、アリアンロッドに視線を向ける。


「うん……。まぁ、理由は分かったよ。サバイバーを復活させてくれるという褒美も欲しいし、願いを聞き入れる」


 リアンは落としたエネルギーライフルを拾い上げ、背負う。


「そう言うてくれると思うた! なら早速、出発してもらおうか!」


「出発ってどこから?」


「後ろの扉からや!」


 アリアンロッドは扇子を高らかに上げ、振り下ろしたと同時にリアンの後方へと扇子を向ける。


 促されるまま、リアンは振り返ると視線の先には、見慣れた異世界への扉が出現してた。


 その扉は、茶色の朽ちた扉でかなりの年季が入っている。


 扉の上半分の中央には剣と盾の紋章が刻まれている。


「この扉の感じ……、剣と魔法の世界なのか?」


「さすが異世界トラベラーやな。せや、『惑星ニムン』は剣と魔法の世界。あんたの持つエネルギーライフル、腕や目に入れているインプラントは現地の人間にとって、どう思われるやろな」


「そこはうまくやって見せる。それじゃぁ、行ってくる」


「頼んだで~!」


 リアンは扉を開き、光が漏れだす扉の中へと足踏み入れ、惑星ニムンへと降り立って行った。


「……」


 そして扉が消え去るまで、アリアンロッドはじっと扉を見つめていた。


「無事に行ったな。頼んだで、リアン・マティアス」


 扉が消え去った後、アリアンロッドは扇子を右手と左手を高らかに上げ、頭の上で二回パンパンと叩く。


 すると、神殿入り口の扉が開き、リアンを案内してきたアリアンロッドの部下が姿を現した。


「手筈通りうまくいったんやろな?」


「はい。アリアンロッド様。手筈通りでございます」


「なら、至急治癒を開始するんや。何が何でもあの『鉄くず』を復活させてや」


「了解いたしました。至急開始いたします」


 部下は一礼すると、そのまま振り返り神殿を後にした。


「世界のはざまが少し歪んどる。警戒せなあかんな」


 そう言って、アリアンロッドは玉座の背もたれに全体重を乗せた。

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