第27話 30秒

「くそがぁぁぁぁ!」


 目を血走らせ、亜空喰いを乱用しながら戦うマオ。


 自慢の戦斧は黄金の鎧へと届いている。しかし、刃が通らないほど強固で、火花を散らせ浅い傷を付ける程度に留まってしまっている。


 一方でトラディスガードは自慢の力強さと素早さで、戦斧を振りまわす。風を切り、地を揺らすその破壊力は、マオを苦戦させるのに十分な強さだった。


 力強く振り下ろされるマオの巨大戦斧とトラディスガードの柄の長い戦斧が交差し、互いに言葉を交わし合う。


「無駄だ! アルディートよ! 貴様は我ら先代魔王軍に敵わぬ! この事実、認めるがよい!」


 戦いが長引けば長引くほど、実力の差が露骨に見え始めマオが劣勢になっていく。


 トラディスガードの言っていることは的を得ていた。


 ぶつかり合う武器に力が入ると同時に弾けるように両者が距離を取る。そして互いに一歩身を引く。


 そこに適切な空間ができる。その空間を、トラディスガードは見逃さなかった。


「我が一撃を防げるか!」


 トラディスガードは、柄の先端を持ち、地から空へ向けて戦斧を大きく振るう。


 遠心力をも味方につけたその一撃は、最適な空間も相まって最高の一撃を生み出す。


 マオはその攻撃に対し咄嗟に武器を楯にした。


 ——グッガンッ!


 重く鈍い音が響く。


 最適な距離で破壊力が倍増した一撃は、楯にしたマオの戦斧を叩く。


 同時に衝撃波が戦斧を貫通しマオの体に伝わる。


「がはぁっ!」


 戦斧越しに伝わる衝撃波は、マオの体に傷と鈍痛を与える。


 直接、切り付けられたわけではない。しかし衝撃波による一撃は間接的なものと言えど十分な威力だった。


 マオは、後方に飛ばされ数秒宙を舞う。その間に体勢を立て直し、手と足を地に着けて着地する。


「今の一撃はかなり効いたなぁ! だがこれしき、どうってことねぇ!」


「強がりもそこまでよ。お主の精神がいくら強かろうとも、体は正直なようだぞ」


 マオの口からは血がしたたり落ちていた。


「亜空の力も乱用してきたのだ。体への負担は凄まじいであろうに」


 蓄積した負担と先ほどの一撃で、どこかの臓器がイカれたのだろう。加えて亜空の力の乱用で体にかかる負担。


 体の内側から伝わる鈍痛に、視線を落とし苦悶の表情を浮かべるマオ。すでに彼女の体はボロボロだった。

 

「これ以上、お主たちに構っている時間はない。とどめを刺す」


 冷酷な声音で言うと、トラディスガードは何か呪文のようなもの唱える。すると、黄金の鎧の周りに水色の淡く光る短剣が5本出現する。その矛先は、マオに向いていた。


 マオは苦悶の表情を無理やり抑え込み、強がった笑顔でトラディスガードに視線を向ける。


「魔法『浮遊の短剣』か。確かに凶悪な魔法のひとつだが、アタシにはそんなもん、こけおどしにしかならねぇよ!」


 怒気の籠った言葉共に、マオは戦斧を構えなおす。


「マオ!」


 そこへライピスが武器を構えて後方から駆け寄ってくる。


 マオは負傷したことを悟られないよう、口から出る鮮血を拭う。


「この状況を打開する策がリアンさんにあるようです! 30秒、この場を持たせてください!」


「あぁ!? なんでてめぇがアタシに命令すんだよ! このトラディスガードはアタシが倒すんだよ!」


「リアンさんからのお願いですよ! 好きな匂いの人からのお願いも聞けないのですか!?」


「……っち! わぁったよ! 30秒だな!」


 ふたりは意気込むようにして、再度武器を構えて相手を威嚇する。


「ひとりがふたりになったところで同じこと! 我の前では無力なり!」


 トラディスガードは怒気の籠った言葉を吐き散らし、戦斧を大きく振り上げる。そしてふたりに矛先を向けると、生み出された短剣が牙をむく。


 短剣は、ライピスとマオの周りを囲うように動き回り、隙を突いて襲ってくる。


 牙を向く短剣を避けつつ、ふたりは武器を振るって短剣を叩き落す。しかし、動きを封じ込めようと、地に叩き落しても数秒後には再度宙を舞う。


 そして、1本がライピスの後方死角から襲い掛かり、脇腹をかすめる。


「くっ!」


 大きな傷にはならなかったものの、痛みが動きを阻害してしまう。


「厄介なものですね!」


 飛んでいる短剣の数は5本。すべてを目で追うのは不可能だ。


「何か打開策はないでしょうか。このままでは私たちの身が持ちませんよ!」


「大丈夫だ! アタシに考えがある! ライピス、あたしに捕まれ!」


「捕まれって……! 私よりも身長が低いあなたに捕まるところなんてないでしょう!」


「どうでもいいから捕まれ! 前でも後ろからでも構わないから捕まれ!」


 ライピスは「ああ、もう! 分かりました!」と言い、マオの背中に覆いかぶさるように抱き着いた。


 刹那、マオは戦斧を体の前に差し出し全身を回転させる。


「おっしゃぁ! 喰らいやがれ!」


 するとマオは体を回転させ、遠心力の力で戦斧を振り回す。


 勢いがつき始め、風を切る音が聞こえたところで怒声交じりの声を出す。


「回転亜空喰いだぁ! すべての短剣を亜空に飲み込んでやらぁ!」


 回転の軌道に合わせて、亜空喰いが発動させる。


 するとマオとライピスの周りに亜空の裂け目ができ異空間への入り口がふたりを中心に、ドーナツ状に出現する。


 異空間の中はキラキラと光る星空のような光景。


 その裂け目に5本の短剣を巻き込む。


「すべての短剣を喰ってやるよ!」


 その言葉と同時に、裂け目は布を縫い合わせるようにして消え去った。同時に、裂け目に入り込んでいた短剣5本もすべて消え去っていた。


 短剣が消え去ったことを確認したライピスはマオから降りる。


「こんなことができるなんて……。最初から、この力を使えばトラディスガードも裂け目に!」


「それができたら苦労しねぇ。亜空喰いで作った裂け目は小さい。あんな巨体を飲み込むだなんて——」


 瞬間、マオの背中に衝撃と鈍痛が走った!


「がぁっ!」


「短剣を封じ込めたところで慢心して油断していてはだめではないか。隙だらけであったぞ!」


 トラディスガードの振り下ろされた戦斧に遅れて、マオの背中から鮮血が飛び散る。


「くそがぁ!」

 

 明らかに深い傷だった。マオの背中はぱっくり割れてしまっている。しかし、彼女はその痛みがないかのように戦斧を持ち上げ、トラディスガードに襲い掛かる。


 再び、互いの武器が交差する。


 しかし、深手を負っているマオの力は弱くなっており、弾き飛ばされる。


「アルディートも堕ちたものだ。さて、人間の娘。お主もアルディートに加担した身。敵とみなし、ここで首をはねてやろう」


 力の差は歴然。ライピスひとりではどうにかできる相手ではないことは彼女自身も肌で感じて分かっていた。それでも、彼女は残り何秒かも分からない時間を戦い抜くと決めた。


「死ねぃ! 人間の娘!」


 その言葉と共にトラディスガードは戦斧を振り上げ、ライピス目掛けて一閃させた。


 ライピスは剣を楯にして構えてた。多分防ぎきれない。そうと分かっていても、他に手立てはなかった。


 しかし、一閃されたのにも関わらず、ライピスに傷ひとつ付くことはなかった。


「——ガァッ!」


 ライピス目と鼻の先で鮮血の粒が飛ぶ。


 その光景にライピスは、目を見開いた。


「——マオ!」


 その一閃をマオは仁王立ちしてライピスを守ったのだ。


 それは肉を抉り取るのに十分な一撃。


 体の丈夫なマオと言えど、ただでは済まなされない一撃だった。しかしマオは、仁王立ちを崩さない。


 が……、次第にマオの足取りは不安定なものとなり、そしてその場に崩れ去るように倒れる。


 ライピスは咄嗟にマオの傍へと近寄って、鮮血の出る傷口に手を当て止血しようとする。


「マオ、マオ! しっかり! ほら、私を見て!」


 マオの目は虚ろで、あれだけキラキラしていた目は光を失いつつあった。


「アルディートよ、人間を守るなど愚かな事をしたな。さぞ、お主の父も泣いておろう。人間を守った罪は消えぬ、ならばここで人間の娘もろとも死ぬがよい!」


 トラディスガードはためらうことなく、再度振り上げる。


 その下で、ライピスはマオに覆いかぶさる。


(足手まといで弱い私は死んでもいい! 変わりにマオを守らないと! マオは私よりも強い! だからきっとリアンさんの役に立ってくれるはずだから!)


 そして、二人を巻き込むように戦斧を振り下ろされた。


 


 空を切る音で、戦斧が振り下ろされたと悟ったライピスは死を悟った。



 


 しかし、いつになっても背中に鈍痛が走ることはなかった。


「……?」



 

 

 ライピスが視線を上げた瞬間だった。


 トラディスガードに何かが直撃し同時に爆発。


 トラディスガードは後方へと吹き飛ばされ落馬し地面を転がる。


「30秒の間、よく耐えたな」


 その声のする方へ、視線を向けたライピスは驚きのあまり目を見開く。


 そこに立っていたのはトラディスガードよりも一回り大きな巨大な人型兵器だった。


 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る