第2話 死の呼び声 2

「グギギギギッ」


 機械的な音を立てながら睨みつけてくる赤光の視覚センサーに、ペスはトドメとばかりに近距離でショットガンを撃ち込んだ。


「これで最後! 大人の魅力を持つ私にこんなチビブロウクラーが敵うわけないでしょ!」


 七体いた小型のブロウクラーはチームサバイバーの連携により意図も容易く、壊滅。チームの全員、大した被害もなく勝利を収めることができた。


「毎度のことながら、スキャンしたブロウクラーが本当に、情報通りか確認するまで気が抜けませんね~」


「そうだな。前に、小型のブロウクラーと思って戦闘を開始したら大型タイプだったもんな」


 今回はスキャン装置の情報通りの相手だったことに安堵するカラメルとリアン。


 フルーは目視できる範囲に敵がいないか警戒している。なにせ、銃声を上げたのだから近くにいるかもしれないブロウクラーが寄ってきてもおかしくないからだ。


 ペスは動かなくなった小型のブロウクラーを踏みつけマウントを取るように、ショットガンを天高く掲げ勝利のポーズをとっている。


「リアン隊長、敵影は確認できません。今のところは安全ですが、付近のブロウクラーが音に寄ってくる可能性があるので早めにこの場を離れましょう」


「そうだな。だが一応、ブロウクラーが何に群がっていたのかだけ確認しておこう。場合によっちゃ、任務の手掛かりになるものかもしれない」


 廃ビルの陰、ブロウクラーたちが群がっていたところへと歩み寄る一同。


「これは……」


 そこにあったのは見るに堪えない光景だった。


「生存確認任務の部隊に所属するフレムか?」


「……はい。チーム『レガシー』に所属していたフレムです」


 一般人には見るに堪えない光景、それはフレムの骸。残骸とも言うべきだろうか。


 右足、左腕は千切れ体内を巡る導線や人間でいう骨の部分にあたる金属パーツ、皮膚の下にある特殊装甲がはみ出している。


 顔の右半分も抉られており、口はむき出し左目の眼球も抜き取られ奥にある赤いパーツが露出していた。


 ブロウクラーはこのフレムから有用なパーツを取り出すべく、解体していたのだろう。


「フレムは対ブロウクラー専用兵器だが、見た目は人間と変わらない。いくら人間ではないとはいえ、見た目が人間と酷似している以上、見るに堪えない光景だ」


「……」


 リアンの言葉もあってかフレムの骸を前に誰も口を開かない。


「カラメル大丈夫か?」


 その中でもカラメルは何かを堪えるように、唇に力を入れ眉を顰め視線を伏せる。


 いつものふんわりとした雰囲気は、今はどこにもなく悲嘆さが感じられた。


「カラメル、大丈夫? 知り合い?」


 いつも揶揄われているペスがカラメルの様子を見て不安に思ったのか、優しく声を掛ける。


 揶揄われて嫌な思いをしている気持ちもあるだろうに、こういったときに慰められるのはチームの絆が結束している証拠と言えるだろう。


「ええ、何度かお酒を飲んだ仲なの」


 ペスはカラメルの背中を優しく摩る。


「そうなのね。フレムは人工知能を搭載した兵器だけど、人間と同じようにコミュニケーションをとって他のフレムと仲良くなっていくものね。たとえそれが、フレムには不要なことであったとしても、同じ杯を交わした仲間を失うのは辛いわよね」


 フレムは人間に酷似した対ブロウクラー兵器。銃を携帯し数少ない生き残りの人間たちを守るため街の外にいるブロウクラーをせん滅する。それが任務であり彼女たちに課せられた使命。


 しかし人工知能を搭載している以上、人間のようにコミュニケーションをとり、仲間や友達という関係を築いていく。

 

 人間でなくともフレムにだって人間と同じように生きる権利はあるのだ。


 カラメルはフレムの骸に近づき、傍で腰を下ろす。欠損した頬に手の甲を軽く当て優しくなでる。そして「友達になってくれて、ありがとう」と小声でつぶやいた。


「ペス、ありがとう~。あなたから元気をもらえて元気になれたわ~。ときには大人っぽさがあふれ出ているペスも悪くないわね~」


「え! えっ! 私、大人っぽかった!? これでこのペス様も大人の魅力を身に着けたってわけね!」


 カラメルに褒められたのが相当嬉しかったのか、頬を赤くしショットガンを肩に掛けて喜ぶペス。


 確かに、カラメルを心配して優しく声を掛けたり背中を摩ったりした姿は、大人の余裕を感じた。


「フルー、リアン隊長、迷惑を掛けました~。私はもう大丈夫ですので、先に進みましょう~」


 気まずい空気を作ってしまったことを謝罪すると、カラメルは目的地に向かって歩き出した。その後ろをペスは犬のようについて歩いていた。


「リアン隊長、私たちも行きましょう。長居は不要です」


 フルーはリアンに視線を送ると、先導するふたりの後を追いかけていった。


「本当に残酷な世界だな。この世界は」


 リアンは死んだフレムが安らかに眠りに着けるよう、近くのがれきに交じって落ちてた布を骸へと掛け、その場を後にした。




「ここが、目的の座標だな」


 リアンの一言で一行は足を止める。


 そこは遮蔽物の少ない砂漠化した地帯だった。人工物と言えるものが看板と謎の平屋が一戸建っているだけで他には何もない。強いて言うなら人がひとり身を隠せるぐらいの地面から突き出た巨大岩が数個ある程度。


 さらさらとした砂が足元を飲み込み動きを阻害する。加えて少し風が吹けば小粒の砂が全身に当たり痛み、視界が遮られる。


「ぱっと見回した限りではフレムの存在は確認できません」


「レガシーのチームメンバーは何人だっけ?」


「4人です。うちひとりは市街地にて骸が発見されたので、この場に来たのは3人かそれ以下の人数かと思われます」


 今回の任務は通信が途絶えたチーム『レガシー』の生存確認。ここで通信が途絶えたとなったのなら、どこかに身を潜めているかあるいは最悪の結果になっているかの二択だ。


「そもそもの話なのですが、市街地でチームメンバーがやられているのに、なぜ撤退せずここまで来たのでしょうか」


「そうなんですよね~。チーム『レガシー』は戦闘に特化した部隊でありながら、チームメンバーがそれぞれを思いやるフレムだと聞かされてました~。仲間を放っておいて先に進むなんて考えにくいです~」


 フレムは兵器と言えど感情を持った兵器だ。チームメンバーがやられれば、修理の施しようがあるうちに撤退し、万全な状態になって出直すのが通例と言えるだろう。


 チームメンバーという仲間を失う悲しみの感情は苦痛以外の何物でもないわけなのだから。


「確かにその通りだな。通信が途絶えるまでの間、仲間がやられたという通信記録はなかったんだよな?」


「その通りです。ですが、不可解な点もすこしあったようで、通信の呼びかけに対し一言二言しか返ってこなかったと聞かされています」


 フルーの報告にリアンは「そうか」と軽く返事をする。


 仲間を失ってもなお進み続けた理由、通信が途絶えた場所へ来てもチーム『レガシー』のフレムらしき面影は見当たらない、謎が深まるばかりだ。


 警戒はサバイバーのフレムたちに任せて、リアンは顎に人差し指と親指を当て今後の行動を考える。


 このまま撤退し、生存は確認できなかったと報告するべきか、このままあたりを散策してレガシーのメンバーを探すか。


「なにをするにしても、一度、状況を整理する必要があるな」


 行動を起こすにしてもまずは状況を整理する必要がある。そのためには、一度この足場の悪い砂漠地帯から身を隠せるところを探さねばならない。


「ねぇねぇ、リアン! あの小屋で一休みしたら?」


 ペスが指をさす方向には、平屋ともいえる小さな小屋があった。


 全面コンクリート壁で作られた長方形の小屋で外壁には小さな亀裂が入っている。かなりの年代物のようだ。


 ペスの提案に賛同したリアンは仲間たちを連れ小屋へと近づく。


 入口には殺風景な鉄のドアがはめ込められており、ドアノブに手をかけまわすとすんなりとドアは開いた。


 吹き荒れる砂粒から逃げるように小屋の中に入る一同。


 扉を閉めると光が全く入らず真っ暗である。


 リアンが手癖でドア横の壁を撫でるように触ると、でこぼことした何かが手に当たる。


 それがスイッチだと分かったリアンは暗闇の中でも手慣れたように手に当たったスイッチをオンにした。


 すると部屋の中央の豆電球に明かりが灯り、部屋全体が照らされる。


 部屋の広さは十四畳ほど。


 外から見た以上になかなかの広さがある。


 部屋の中心には古びたソファーと無数の傷が付いた木のテーブルが置いてあり、部屋の隅には人工的に造れられた観葉植物が殺風景に彩を与えるように置かれている。


「電気が生きているなんて不思議ですね~。電線は通っていなかったと思いましたが~」


「たぶんだが、屋根に電気を発電させる装置が付いているかもしれない。ソーラーパネルとか」


「市街地から離れた場所に自立した建物を作るならそうかもしれませんね」


 さっそく四人はこの後の行動について確認するべく部屋の中心に移動したときだった。


 ドカンッッッ!


 突然、大きな爆発が彼らを襲い入ってきたドアとは反対の壁へと四人は吹き飛ばされる。


 爆発は入り口ドアと付近の外壁を破壊し、外の景色が露になった状態となっていた。


「敵襲! ブロウクラーが外にいます!」


 外から独特の機械音が聞こえる。


 いち早く状況を確認したフルーは咄嗟に起き上がり、小屋にぽっかりと穴の開いたところへ走る。そして、まだ残っている外壁を遮蔽物として外の状況を確認する。


「カラメル! 立ち上がって、前方をスキャンして! 砂嵐で敵が目視出来ない!」


 フルーの奮闘する声にカラメルは体を起こし、スキャン装置を起動する。そのときだった。


 小屋に向かって複数のミサイルが発射され、そして着弾と共に轟音を発した。


「リアン隊長!」


 フルーは爆発の熱から守るようにリアンに覆いかぶさった。


 爆発に巻き込まれたチームサバイバーは灼熱に晒される。


 各々は身を守るため体を丸めたり、手で灼熱を遮ったりして被害を最小限に抑えようとする。


 しかし、小屋が傾き地面に沈み始める。


「小屋が! リアン隊長! 私に捕まっていてください!」


 爆発の勢いで地盤が緩み、やがて小屋が建っている地面に大きな穴が開く。そして一同は小屋ごと地下渓谷へと落ちていった。


 

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