第12話 少女の思いとこの先

「おじさん……」


 少女は多くの死体が転がる中に走り、その中心に倒れる死体の前で立ち止まり座り込む。


 赤いトサカのついた兜を脱がし、露になった男性の顔を抱き寄せ、大粒の涙を頬を伝った。


「大切な人だったのか?」


 リアンが少女の傍に駆け寄り優しく声を掛けると、薄紫色の髪をした少女は涙声で言葉を返した。


「はい……。お父さんのような人でした……。うぅ……」


 おじさんとの思い出が脳裏によみがえったのか、少女はさらに大粒の涙を流す。


 大切な人を失うというのはとても辛いことだ。


 同じ経験をしているリアンもその気持ちは痛いほどよくわかっている。


 そして、少女もまだ若い。子供でもなければまだ立派な大人にもなりきれていない年だろう。


 きっと、この悲しい気持ちをどう消化していいのか分からないだろう。


 ならばと思いリアンは少女の隣に腰を下ろす。そして介抱をするかのように優しく頭を撫でた。


 この行動が正解なのかどうかは、分からない。


 しかし、リアンが同じ立場に立っていたとき、誰かに優しく声を掛けて貰ったり撫でて貰ったりしたいと思ったものだ。


 その経験を少女に反映させ、過去の自分と重ね合わせて優しく接する。


 少女はその優しさに、気持ちがさらに溢れだしたのか、数分間、涙を流し続けた。



「大丈夫か?」


 少女は目を張らせながらも泣き止み、抱き寄せていた男性の頭をそっと地面に下ろす。


 その問いに少女は「大丈夫です」と言い、頬を伝った涙を拭って、リアンに視線を向けて一礼をした。


「助けていただきありがとうございます。私まで死んでしまっていたら、おじさんも安心して成仏できなかったと思います」


 さっきまで涙を流していたのが嘘かのように、少女はハキハキとした声音で言葉を返した。


 幼さが残る見た目に反して、この子は強い心を持っている。


 リアンは直感的にそう思った。


 完全に立ち直ったわけではないだろうが、どこか吹っ切れたという感じだ。


「お礼を言われる事なんて……。俺はただ大きな爆発音がしたから、何かあったのかと思って手助けに入っただけだから」


 少し照れくさそうな表情で、リアンは自身の後頭部に手のひらを沿える。


「お兄さんのお名前、聞かせてもらってもいいですか?」


「そういえば言ってなかったな。『リアン・マティアス』だ。旅人をしている。君の名前は?」


「『ライピス・シュマー』です。この不毛の地に取り残された村人たちを救うために活動しているパトロール隊の一員……でした……」


 言葉の最後の方は尻すぼみして、少し哀し気な表情を見せていた。


 そんな少女の言葉に、リアンは直感を働かせる。


「つまり、ここにいる人たちはみな、ライピスと同じパトロール隊だったってわけか」


「そうです。私たちパトロール隊は村の周辺を警備しつつ、不毛の地から脱出する方法を探すことが目的でした」


「なるほど。でもこのまま、村の外をさまよっていても危ないだろう。一度村に戻るのか?」


 パトロール隊の生き残りは彼女一人。

 

 一人で外を歩くには、リスクがありすぎるだろう。


 村人たちに心配をかけるぐらいなら戻ったほうが良いと、リアンは思う。


 しかし……、少女の目は死んでいなかった。


「いえ、手ぶらで村に戻るわけにはいきません。不毛の地から脱出してどこか人の住める場所を探さないと。村に残された人はそれを希望に私たちの帰りを待っているのですから」


 彼女の目は希望を求めていた。


 負けて帰ってきました、だなんて誰も望んでいない。村人たちもいい顔をしないだろう。


 ならば命を懸けてでも、村の希望になりえる情報を持ち帰るべきだと少女は考える。


 正直リアンとしては、こんなにも若い少女を村の外でうろうろさせるのは忍びないと感じる。


 一度村に戻って、助けを待つべきだと大人として言うべきなのだろうが、自分の過去と照らし合わせるとそうも言えない。


 リアンも自身の親を殺されたとき、同じように行動したのだから。


「そうか。どちらにせよ一度、この場を離れよう。仲間の死体を置き去りにするのは心苦しいかもしれないけど、大きな音に他の敵が寄ってくるかもしれない」


 戦いにおいて、音を立てるのは致命的だ。


 特に自身の陣営の数が少ない状況ではなおさら致命的な状態となる。


 どれだけ危ないことなのか、各世界を回ってきたリアンにとって分かっていた。


「そうですね」


 少女は再度おじさんに視線を向けた。


「おじさん……私、行くね……。みんなの希望を背負って私頑張るから、天国から見守ってて。アリアンロッド様の加護があらんことを」


 再度おじさんの隣にしゃがみ、少女は自身の胸の前で祈りをささげた。


「……」


 アリアンロッド様の加護という少女の言葉を聞いてリアンはこう思った。


 あんな破廉恥女神の加護を祈ったら痴女になっちまうよ……と。


(まぁ、気持ちよさだけは一級品だったけど……)


 あのときの背中に走ったゾワゾワ間を思い出し、リアンの脳は少し蕩けた。

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