第26話 三つ巴

 戦いは激化を極めていた。


 灰鎧・グリズィオンを中心とする魔王軍大規模部隊。


 対するのは、見捨てられた村のパトロール隊の生き残り『ライピス・シュマー』、異世界トラベラー『リアン・マティアス』、匂いの変態『マオ』で構成された三人。


 この二つの勢力による戦いのはずだった。


 そこへ水を差す様に現れた巨大な軍馬にまたがった、三体の魔族・トラディスガード。


 彼らは人間でも分かる言葉をしゃべり、自らを『先代魔王軍』と名乗った。


 そして、先代魔王軍の三体は、灰鎧部隊及びリアン一行に攻撃を仕掛け始めた。


 大規模部隊はリアン一行から先代魔王軍との対峙に力を注ぎ始め、リアンたちには最小の戦力をあてがうようになっていた。


 まさしく、三つ巴状態である。


 リアンたちにとってこの三つ巴の状態は、あまり良い戦況とは言えなかった。


 一時的とはいえ、灰鎧率いる大規模部隊から狙われにくくなった。先代魔王軍を名乗るトラディスガードが異様に強すぎるからだ。


 現に、三体いるトラディスガードの二体は大規模部隊と接敵して戦っている。


 たった二人という戦力なのにもかかわらず、攻めの姿勢を崩さず勝機を見いだいしているかのように怯むことなく突撃していく。


 群がってくる青や赤鎧、紫鎧、黒竜までもが次々と手に持つ柄の長い戦斧で薙ぎ払われ、なぎ倒していっている。


 トラディスガードが柄の長い戦斧を振れば、地を揺らし空気を切り裂く。


 強者であることは、誰の目にも分かるものだった。


 そして残りの一体は、リアン一行の前に立ちはだかっていた。


 三人がかりで対峙するが、苦戦を強いられている。一撃一撃が重く、だからと言って行動が遅いという訳でもなかったからだ。


「ぐッ——きゃっ!」


 トラディスガードの振るった戦斧をまともに喰らったライピスは吹き飛ばされ、宙に二秒ほど浮いた後、地面を転がる。


「ライピス、大丈夫か!」


 リアンはすかさずライピスの元へと駆け寄る。


 ライピスは独り立ちしてからまだ日が浅い。このような強敵に出くわせば苦戦を強いられるのは仕方がないことだ。


「私は大丈夫です。咄嗟に剣で防いだので……。ゲホッ、ゲホッ……。それよりも早くマオの加勢に行ってください!」


 直撃は避けられたものの、剣を貫通して衝撃が伝わったようだ。


 そしてリアンはマオの方へと視線を向ける。


 マオは自慢の巨大な戦斧を振り回し、トラディスガードをリアンの元へと行かせまいと戦っていた。


 リアン一行の中で、マオは相当な実力者だ。リアンやライピスよりも戦いに優れた人物と言える。


 しかし、そんなマオでさえトラディスガードに苦戦を強いられている。


 マオは亜空喰いの力を使って、トラディスガードを翻弄する。しかし、黄金の鎧を纏った魔族はその一手先を読み、柄の長い戦斧を遠心力を武器に振るう。


 一撃が重いトラディスガードの攻撃を喰らえばマオと言えど軽傷ではすまないからだ。


 そのせいで、防戦一方の状態となっている。


「どうした、アルディートよ。我の攻撃に防戦一方ではないか」


「てめぇこそあたしに大したダメージを与えられていねぇじゃねぇか。先代魔王の仕来りを守るガードマンがその程度の実力か?」


「我に全くダメージを与えられていないお主よりも優れた存在だと思うのだかな。加えてアルディートよ、お主の攻撃はすべて見切っている。何をしようとも無駄である」


「そうかよ、ならこれはどうだぁ!」と怒号にも似た声音で地面を蹴る。同時に戦斧を振るって亜空喰いを発動し自身の身体能力の組み合わせでトラディスガードの死角へと素早く入る。そして勢いをつけたまま流れるように戦斧を振り上げる。


 しかし……。


 トラディスガードはその攻撃を既に見切っていたかのように、柄の長い戦斧を頭上で回転させると、戦斧の先端を地面に突き刺した。


 同時にトラディスガードを中心に、衝撃波がドーナッツ状に広がる。


「ぐっ、くそっ!」


 戦斧を一閃させる寸前で、衝撃波により吹き飛ばされたマオは、地面を一度転がった後すかさず受け身を取る。


「残念だなアルディートよ。やはりお主は我ら先代魔王軍の前では弱い」


「そうかよ。だが、あたしばかりに構っていていいのか?」


 その言葉と同時にトラディスガードの後方数メートルに迫っていたリアンは手に何かを握りそれを投げる。


 それは弧を描いて飛び、トラディスガードくっ付いた。


「ぬぅ、我に何をした!」


 何をされたのか分からないトラディスガードは少しばかり冷静さを欠く。


 それには小さなライトが埋め込まれており、くっ付いたと同時に『ピッピッ』っと音を立て始めライトが赤く点滅し始める。


 次第に音の間隔とライトの点滅が早くなり、音と点滅の間隔が0.5秒以下になったとき爆発を引き起こした。


「手製の粘着爆弾だ。俺の攻撃手段はお前が思っている以上に多彩だぞ」


 爆発で黒煙がトラディスガードを包む。やがて、すぐに黒煙は晴れ、自慢の黄金の鎧は背中を中心に黒く焦げていた。


 加えて鎧の背中部分に拳ふたつ分の穴が空き、魔族の姿が少しばかり露になる。


「魔法をも防ぐ我が鎧に穴をあけるとは、お主何者だ?」


「おまえの知らない攻撃手段を数多と持っているただの人間だ」


「ただの人間にしては放っておけぬ存在。この場で始末する!」


 トラディスガードは「カァッー!」っと短く怒気を含んだ息を吐くと、戦斧を頭上で振り回す。


 そして地面に這わせるように戦斧を構えると、巨躯の軍馬を走らせリアンへ襲い掛かる。

 

 地を揺るがすほどの威力を持つトラディスガードの攻撃。リアンは攻撃を防ぐことよりも避けることを選び、相手の攻撃に合わせて横へと飛ぶ。


 避けると同時に地面を転がり体勢を立て直す。そしてエネルギー弾の弾幕を張る。


 しかし……。


「なんという弱く哀れな攻撃手段よ。そのような攻撃で我を倒せると思ってか!」


 鎧に命中するも、弾幕はすべて弾かれてしまう。威力が不足しているようだ。


 トラディスガードはリアンの二倍以上の身の丈を誇る。鎧も大きく、幅も大きい。加えて巨躯な軍馬。こちらもトラディスガードの巨躯を支えるべく大きい。


 軍馬の巨躯に加えトラディスガードの体の大きさを合わせればリアンの三倍はあろうかという身長を誇っている。


 巨人と言っても過言ではないだろう。


 それゆえに、鎧自体も並大抵の攻撃では通じない代物となっているようであった。


 リアンは爆発物なら効果があると思い、サイド攻撃を見切った後、カウンターの如くグレネードランチャーを浴びせる。


 しかし、煙に巻かれるだけで大きな傷が付くことはなかった。


「万策尽きたか、人間。我に攻撃が通じないと知って絶望しておるか?」


「いや、引き出しはいくらでもある」


(って言っても、最初の爆弾は過去に渡った世界で錬金術師から譲り受けた特別な爆弾だったし、もうない。どうするか)


 リアンが次の策を考えていると、トラディスガードの後方から戦斧が振り下ろされる。

 

「亜空喰いでも食らっとけ!」


 マオが不意を突くような形で、トラディスガードの背中を袈裟に一閃したのだ。


「ほう、亜空の力を使って我に傷を負わせようとした算段か。だが無意味。この鎧には亜空の力は通じん」


「亜空の力が通じないだ? そんなことあるわけないだろうが!」


「確かに亜空の力は絶大である。亜空の力を纏った状態で敵を切り裂けば、傷と傷の間に亜空間を作り出し一生塞がらない傷跡を残せる。だがな、先代魔王軍はその力さえも無効にしてしまう技術を有しておるのだ。ゆえに最強と名高い亜空の力などおそるるに足らぬ」


「くそが! ならてめぇを粉々にするまで切り刻むまで!」


「我を倒せるのは絶大な火力のみ。並大抵の力では傷跡すら残せんぞ」


 二人の会話を聞いていたリアンはふと、とある手段を思いつく。


(絶大な火力……。つまり強力な力さえあれば倒せるかもしれないってことだよな。錬金術師が作ってくれた特殊な爆弾も効いてたし。なら、あいつを呼ぶか……。いや、呼べるのか?)


「リアンさん大丈夫ですか?」


 少しボーっとしていたリアンを見かねたライピスが肩に手を置き、心配そうに声を掛ける。


「ああ、少し考え事をしていた」


「そうですか、しかし、マオでも倒せないとなるとここは一旦引いたほうが良いのではないでしょうか」


「それも手だな。だけど、ここで引けば、後に脅威となることは間違いない。ここで倒しておかないと。それに一つだけ勝てるかもしれない方法がある。それを試したい」


 その言葉にライピスは不思議そうな表情を見せる。そして何かを悟ったかのようにライピスは言葉を返す。


「分かりました。勝てるかもしれない方法を実現させるために、時間を稼げばいいのですね」


「そこまで意味を組んでくれるとは、驚いたな。そうだ。30秒の間、あいつの気を俺から逸らしてくれ」


「分かりました。ここはマオと協力してトラディスガードとかいう化け物の気を逸らします!」


「頼んだ」


 ライピスはソードマスターの剣を腰横に構え、マオと対峙しているトラディスガードに斬りかかる。


 最初の一撃は当てられたものの、鎧を撫でる程度で終わった。


 ライピスが加わったことで、トラディスガードも攻撃の手を強める。


 マオとライピスが互いにカバーし合うことで、何とか耐えているが時間の問題だろう。


(頼む、通信できてくれ!)


 リアンは、ライピスとマオが気を引いているうちに、体内に埋め込んである通信インプラントを起動し、空に向かって連絡を試みる。


(頼む、頼む! 繋がってくれ!)


 1コール、2コール、3コール……。


「リアン様、お久しぶりです」


 つながった通信から聞こえてきたのは、機械的な女性の声だった。

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