第29話 異世界の異物

 タイタン・ソルジャー01。


 近距離、中距離に特化した巨大人型兵器ロボットである。


 大きさは、成人男性5人分の高さと、同等の横幅がある。


 リアンが数年前に旅をした異世界でとある依頼の報酬で手に入れた、ロボットである。そして、元人間の人工知能が埋め込まれた人工衛星『ステーション・マリガン』に常時、収納されている。


 ステーション・マリガンには時空の飛び越える力『ワープゲート』が備わっている。つまりリアンがどの世界にいようとも通信さえできれば、どこへでもタイタンを派遣できるのだ。


 タイタンにはタイプが何種類か存在している。ステーション・マリガンで取り扱っているのは、『ソルジャー』タイプと『ロング』タイプである。


 リアンはタイタンの着地地点を青スモークグレネードをなげて誘導する。


 その数秒後、青スモークのはるか上空にワープゲートが出現し、そこからタイタンが出現、轟音と共に地面へと着地した。


 全体的にごつごつとした灰色のタイタン。背中には先端が湾曲した大剣が備え付けられ、右二の腕部分にはガトリング砲が取り付けられている。


 遅れてワープゲートからもうひとつ、何かが降り立ってくる。


 それは円形状のもので、地に降り立つことなく一定の高さで上空に浮かんでいる。側面にはさまざまな武器が埋め込まれた武器ステーション。タイタンに武器の幅を増やすための追加の武器セットとなっている小型ステーションだ。


「マスター。ソルジャー01、いつでも出られます」


 タイタンから発せられた野太い機械音声がリアンに向けて語り掛ける。


「ソルジャー01、彼女らを助け出して、あの金ピカ野郎を叩きのめす」


「マスターの命令を承諾。すぐに搭乗、稼働できます」


 タイタン・ソルジャー01から差し伸べられた手のひらの上にリアンが乗り、そのまま胴体部分の操縦席部分まで腕を持っていくとハッチが開く。


 そしてリアンは操縦席に飛び乗ると、自立モードから操縦モードへ変更し、操縦席内のふたつの操縦桿を握る。


「久しぶりのタイタンだ。ヘマをしないようにしないとな」


 約6年ぶりとなるタイタンへの搭乗。リアンは少しばかり億劫になっていた。


 タイタンは人を簡単に殺せてしまう兵器。一歩間違えばライピスやマオを殺してしまう兵器。


 リアンはハッチを閉じ、閉鎖的な空間でひと呼吸する。そして、気合を入れるように自分の頬を叩いた。


「やってやる! マリガン、サポートを頼む! いつも通りの感じで!」


「分かったわ! まず現状を伝える。トラディスガードとマオの戦いに決着がついて、マオが負けた形になっている。そして、ライピスがマオを助けようとあがいているわ」


 操縦席内に外の映像を映し出す。トラディスガードと戦闘をしていた部分に絞り、視界をズームすると倒れるマオに覆いかぶさるライピスの姿があった。彼女たちの頭上には今にも、トラディスガードの戦斧が振り下ろされようとしていた。


「なら、タイタンの超強力なグレネードランチャーで、攻撃の手を止めさせる! 俺のインプラントのグレネードランチャーとは比にならないほどの強さだ。吹き飛ばすぐらいはできるはず!」


 6年前の記憶を頼りに、操縦桿を握りタイタンの右腕を前に出し、二の腕からグレネードランチャーの銃口を出現させる。機械的なごつごつとした腕から出た銃口は成人の身長の1.5倍はあろうかというほど幅の広い。


 そして、リアンが操縦桿のスイッチを押すと同時に幅広い銃口から巨大な弾丸が発射された。


 それは、緩く弧を描いて飛んでいく。


 そして、黄金の鎧に接触した途端、爆発を起こしトラディスガードは吹き飛ばされ落馬し、地面を転がった。


「リアン、敵はあなたのお仲間もとから吹き飛ぼされた。一時的だけど彼女たちの安全を確保できたわ」


「了解。すぐに彼女たちの元に向かう」


 マオとライピスが危機的状況から脱したことを確認したリアンは操縦桿と足のペダルを扱い、タイタンを動かす。


 ——ゴウン、——ゴウン、という稼働音と地響きを立てながら地面にうずくまるふたりに近づき、タイタンの巨大な手のひらを差し伸べる。


「30秒、よく耐えたな」


「リアンさん……? その姿は……」


 初めて見る巨大な人型の兵器に唖然とするライピス。


 その様子を操縦席のモニター越しから見ていたリアンは、ハッチを開け彼女たちの前に姿を現す。ハッチから飛び降り、ふたりの元へ駆け寄る。


「少し遅くなって悪い……。こいつに関しては後で話す。それよりもライピス、怪我は?」


「わ、私は大丈夫です! だけどマオが! 私を庇って! こんなにも血が出て! どうすれば!」


 鮮血に染まりマオの憔悴しきった姿を前に、ライピスは混乱し精神を乱しているようだった。


「マリガン、マオの容体は?」


「心拍数の低下、血流の低下、体温の低下、一言で言うと死線をさまよっているわ」


 タイタン越しにマオの容体を確認したマリガンはありのままをリアンに伝える。


 こういった世界観の場合、回復魔法やポーションを使って傷を癒すのが一般的だ。


 むやみやたらに別世界のアイテムを使用しては、その世界の技術や伝統、世界観を壊してしまう。


 タイタンを出撃させたところで、もう遅いことなのだが別の世界のアイテムを持ってくるというのは、その世界を壊しかねない行動なのだ。


 別世界のもの扱うにしても必要最低限に留めたり、異世界を認知させる相手をごく少数に絞ったり、その世界に存在するものとして言いくるめたりするのがベストと言えるだろう。


「ライピス、ポーションとか回復魔法の類は使えるか?」


「ポーションも、先の戦闘で使ってしまいました。それに、私は魔法を使えません……」


「……そうか」


 マオの呼吸が徐々に浅くなっていく。


 このままだと、確実に死ぬだろう。


「マオ、悪く言ってごめんなさい……。あなたのことを悪く言うつもりはなかった。けど、リアンさんを取られそうになって少し意地を張ってしまって……。嫌いだと思っていたけど、でもやっぱり短い時間一緒に戦って仲間と思えた。だから死んでほしくないよ! マオ、お願いだから、死なないで……」


 ライピスは涙ながらにマオに贖罪の言葉と感謝と悲しみの感情を伝える。


 どうするべきか。リアンは考えることもなく、マリガンに再度通信を行う。


「マリガン、細胞活性剤と粘着癒合合成皮膚の準備してくれ」


「いいけど、大丈夫? 明らかにこの世界のアイテムとかけ離れた物よ。下手をすれば世界のあらゆるものを壊しかねない。どう説明するつもり?」


「そんなの、どうにでもする。タイタンも出撃させたんだ。今更だろ。それに今は目の前の命を救うのが先決だ。マリガン、君だってその気持ち分かるだろ?」


「……まぁね。私も同じ身だし。分かったわ。武器ステーションから射出させるから受け取って」


 タイタンの後ろに控えていた武器ステーションが三人の近くに移動してくる。そして、武器ステーションからふたつの小袋が射出される。


 どちらも透明な袋に入ったもので中身が透けて見える。


 一方を袋から取り出すと、手のひらで丁度握れるサイズのアイテムが出てきた。全体的に四角く、親指を沿える部分にあるスイッチを押すと先端には注射針が出現する。


 メモリのついた小窓からは中に緑色の液体が入っているのが見える。


「……それは、なんですか?」


「細胞活性剤。治癒能力を一時的に高める回復アイテムだ。こいつをマオの腕に挿す。こいつでマオの細胞を活性化させて、短時間で体の中にできた傷口を塞いで止血する」


 その言葉と同時に、細胞活性剤を打ち込む。すると、中の液体がみるみるマオの中へと注がれていく。


 効果は絶大で、流れ出る鮮血の量が目に見える速さで減っていくのが見て取れた。


 完全に中身が空になったことを確認すると、空の細胞活性剤を放り投げもう一方の袋に手を伸ばす。


 中から出てきたのは、肌色の湿布のようなもの。大きさにして手のひらを横一列に4つ並べたほどもの。両端にはプラスチックの楕円形の穴が空いた取っ手が付いている。


「これは、癒着癒合合成皮膚。大きく開いた傷口を塞いで少しでも早く癒合させるアイテムだ」


 リアンは、癒着癒合合成皮膚を大きく引き伸ばす。すると、リアンの右手から左手まで長く伸びた。


「ライピス、マオの上着を剥いでゆっくりと上半身を起こしてやってくれ」


 言われるがまま、ライピスはボロボロになったマオの服を破り捨て、上半身を下着の姿にする。


 そしてゆっくりと体を起こす。


 するとリアンは先ほど伸ばした癒着癒合合成皮膚をマオの傷口を覆うように体にぐるりと巻き付ける。


 最後まで巻き終えると、取っ手のプラスチックを外す。


 途端、癒着癒合合成皮膚はピタッとマオの体に張り付き、みるみる彼女の体型に合わせるように癒着し、軽く圧迫する。


 そこまで終えると、マオの容体は先ほどとは嘘のように安定し、呼吸も深くゆっくりとするようになっていた。


「リアン!」


「どうしたマリガン!」


「トラディスガードが動き出したわ。タイタンに乗って!」


 分かったと言い、リアンはライピスに視線を向ける。


「ライピス、一時戦線離脱だ。俺はタイタンに乗ってトラディスガードをぶっ飛ばす。ライピスはマオを背負ってこの場から離れるんだ」


「で、でも……」


「今は自分の体と仲間の体を大事するんだ。なーに、トラディスガードに劣らない巨躯を誇るタイタンなら負けない。任せとけ!」


 その言葉に、ライピスの顔からは不安の色が消え、決意の眼差しが見て取れた。


 リアンはタイタンに乗り、ライピスはマオを背負って戦闘が激化するこの場所から離れるように走った。

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